1-2 怪異と棺と二日酔い
薄く涼しい暗がり、騒ぐ鳥の鳴き声、薄雲に反射する朝日の気配。
これからの喧騒に備えるように、静かに朝が訪れる。
「頭痛いよぉー……」
「飲み過ぎだって言っただろ……」
ベッドの上で寝間着姿で悶絶するネモ。
「楽しくてつい……」
「それと教えてやるが日付が変わる頃にはお前、隣の宴会に乗り込んで小躍りしてたぞ」
椅子に腰掛けて熱い茶を優雅に楽しみつつ、ジェラルドはネモに追い打ちをかける。
「覚えてないよっ! 思い出したく無いよ! 止めてよっ!」
「止めたのに振り払って突撃したのはお前だ、ちなみに大好評だったぞ、流石だな」
「やめてえぇ、聞きたくないよぉー」
羞恥に転がりまわるネモ、それを横目に溜息をつきながらジェラルドは宿の簡易焜炉に火を付け直す。
(まぁ、昼から飲ました俺も悪いか……楽しくてついっ……てのは俺も一緒だったしなぁ……)
ジェラルドは小鍋に水を入れ、火を起こす。
そして沸騰した湯に市場で買ったティーパックを入れて煮出し始める。
「恥ずかしいよぉーっ!」
「隣の人に迷惑だから静かに呻け」
「あ、はい……」
あえて長く煮出して茶の成分を丁寧に抽出する。
「全く、ほら飲め、何回も言っているが、二日酔いには水分と栄養だ」
申し訳無さそうにそのカップを受け取るネモ。
「…………ありがと……」
おずおずとカップに口を付け、一口茶をすする。
「ごめんね……やっぱさ、ずっと気ぃ張ってて……それで…………タガ外れちゃってさ……」
悲しげに深く俯く。
「言い訳にならないか……」
消沈するネモ。
「いいさ、気にすんな、たまにはハメ外すのも良いことさ」
「……うん……」
再度俯くネモ。
そんな様子をジェラルドは笑い飛ばす。
「ハハッ! 気にすんなって言ってるだろ? お前がしょうも無い奴なのは知ってるからよ!」
「えぇっ!? しょうもないって……そんな言い方無いよ!!」
突然の暴言に頬を膨らますネモ。
「冗談だよ、そんな事少ししか思ってないさ」
「少しは思ってんだ」
「まあな」
「否定してよ」
「めんどくせぇなお前」
「何だと」
少しの喧嘩、暫しの談笑。
二人は楽しそうに語り合う。
外が少し活気づき、朝日がネモの頬を照らす。
外を見るネモ、灼熱の太陽がその青い瞳を眩ませる。
「………………ジェラルド……昨日は聞きたくなかったし、聞なかったけどさ……棺、何個集められた?」
唐突に、寂しげに、ネモは尋ねる。
「俺は三つだ……」
「…………僕も三つ……それに一回は死にかけた」
胸に手を当て物憂げな表情のネモ。
「少し……甘く見てたよね」
「あぁ……流石に、我が王の力とは言えここまで厄介とは思わなかった」
少しの沈黙。
「でも」
「だが」
2人の声が合わさる。
「例え魂一つとなっても、私は理想を諦めない」
「ふふふっ、だから合流したんだしね!」
ネモは口元を緩め、ジェラルドを見上げる。
「ああ、こっからだ……」
2人は拳を合わせる。
「それに」
ネモは笑いを浮かべながらジェラルドに語りかける。
「あてが有るからこの街を集合場所にしたんだよね?」
「感づいてたか」
嬉しそうな顔をするネモ。
その無邪気な顔は少しばかりの妖艶さと邪悪さを帯びる。
「獅子軍神ジェラルド・ハンマーロック様は特に理由もなく、このアクセスの悪い町を集合場所にする人じゃないってのは、よぉく……知ってるからね」
「…………ああ、話が早くて助かるよ、白雪姫ネモ・アイソリテュード……」
少しの沈黙、二人が纏う気配がほんの一瞬だけ強烈な覇気を帯びる。
その瞬間、周辺の騒ぐ鳥の鳴き声が止まり、朝焼けと共に静かに騒ぎ出した街の空気は一瞬止まる。
まるで天災の前兆。
「ふふっ」
「ハハッ」
しかしその気配は二人の少しの嗤いで一瞬で綻び、鳥と人々はまた喧騒に溶け動き出す。
「ところでさー……………………その二つ名、もう広まっちゃったから仕方ないんだけど……やっぱやだなー、やっぱ、もっとジェラルドみたいな雄々しいヤツのが良かったよー」
ネモは若干不服そうに腕を組んで溜息をつく。
「まあ、どう見たってお前のあの姿は女性にしか見えなかっただろうし素のお前も男か女かわかんねぇしなぁ……」
「うーん、納得いかない……そこんとこ意識してさ、闘う時はわざと荒々しく振る舞ってたのに……」
「意識してたのかお前……全然だったぞ……」
「えぇっ!? かなり頑張ってたよ!? 少し怒り肩にしてみたり……伝わって無かったのっ!?」
「いや……うぅん……まぁ……その……そんな感じは……シテタヨウナソウデモナイヨウナ……」
口籠るジェラルド、少し不満げなネモ。
「……まあいいか……そこに関しては時間ある時に詰めようか……イロイロコマカクトイツメタイシ…………よしっ! 話戻そっ! なんで棺がここにあると思ったの?」
ジェラルドは椅子に深く座り直し、冷めかけた茶をすするとネモに質問する。
「ネモ、お前この町に来て妙な事に気付かなかったか?」
意味深な質問、突然の謎かけにネモは頭を捻る。
「えぇ? うーん…………わかんないなぁ」
「まあ分からん前提の質問さ……気楽に答えな、ちょっとした違和感でいい」
「えぇ……」
この町に来て丸二日、自身の記憶をたどってゆく。
「なんか……やたら妊婦さんが多かった様な?」
「そうだな……」
「私があちこち探し回ってたのもあるけど、この1日半で四人くらい見たような……あとなんか……その人達、とても物悲しい感じしてたような……まあそんなの関係ないかなー」
「そう、それだ」
「それなんだ」
ジェラルドは人差し指でネモを指さす。
「棺を追って奇妙な事件を探してる内に、ここの奇妙な噂を知った訳だ、お前と合流ついでにもし、棺があれば奪い返してやろうと思ったわけさ」
ジェラルドは続ける。
「おおよそ1年半前からこの近辺で起こってる異変でな、独身の女性が身に覚えの無い妊娠をしてしまうっていう事が多発しているらしい」
「男遊びしたのを隠してるんじゃなくて?」
ネモはそう言いながら茶をすする。
「普通はそう思うだろうが明らかに数が異常だし女性の層も様々、町の人達は頭を抱えているらしい」
「ふーん……一年半前かぁ……」
「で、お前を待つ間、こっそりその女性たちの共通点を使い魔なりなんなりで調べてみたら、ある宗教施設に仕事なり奉公なりで出入りしてることまで突き止めた」
「まさかさぁ……その宗教施設ってさぁ……」
ネモの眉間にシワが寄る。
「お察しの通り、イベルダルクの教会堂だ」
「あいつら、ホントにろくなことしないよね!」
「まあまあ落ち着け、そこを糸口に突き詰めて行ったらな、今回はイベルダルクがってぇよりはそこの最高神官が怪しいんだ」
「一緒じゃん?」
「いやそうだけども、ちょっとベクトルが違うというか……そこの最高神官はよ、調べてみたら二年前はそこの中年無能の三級神官だったんだわ」
「すっごい鬼出世だ、確実に悪いことして……」
ネモは手をポンと叩く。
「あぁ……なるほどね」
「そう、イベルダルク最高神官、地方とは言えそこに上り詰めるにはかなりの修練が必要だ、何せ聖皇国の旗持ちみたいなもんだからな、そんな大役に二年そこらで上り詰め、権力を手に入れた」
「仮にそれが棺の力だったとしたら、中身は無能三級神官のままだよね、古今東西そんな奴が調子乗った挙句やるようなことは……」
ネモは大きくため息を付く。
「力を使った気色悪い女遊びかな」
「まあそんな所だ」
「棺と魔法の知識があれば、言霊の弱い人の記憶なんてどうとでもなるもんね」
ネモはここに来るまでの道中に出会った妊婦の事を思い出す。
そそくさと、人目につかないように、びくびくしていたことはそれが理由かと理解する。
そこの土地の道徳観や民族性にも寄るだろうが父の分からぬ子を宿した女性の扱いは想像に難くない。
−お腹の赤ちゃんともどもお大事に−
自身の発したその言葉を思い出し布団のシーツを握りしめ小さく呟く。
「悪いこと……言っちゃったかな……」
「どうした?」
「何でもない……でも……その推理が合ってるなら、尚の事やる気でてきたかな。」