3−10 理不尽を叩き潰せ
漆黒のドラゴンは息切れしながらも勝利を確信した様子で、ゆっくり、その傷だらけの身体を引きずりながら五人にゆっくりとにじり寄る。
ガス爆発で起きた陽炎に揺らめきながら自身に迫る巨大な影、自身の弱さ故にボロボロになり倒れ伏す四人、申し訳なさ、自分の情けなさ、深い絶望に震えるメグミ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私が弱いから……」
「……ま……だだよ……」
その震えすら止まった手にネモが優しく手を添える。その手は血と砂煙でボロボロだ。
「あの夜といまは違う。今は――ひとりじゃない」
血を吐きながらしかし存外にも力強い声でネモはメグミに語りかける。
「でも……でも、私はもう……」
「まだ……絶望するには速すぎる……まだ、貴方は終わって……ないはずだ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
がむしゃらに謝罪を繰り返すメグミ。
「ムカつくなぁ……」
「えっ……」
ネモの纏う空気が変わる。
強烈な怒気、イラつきは陽炎すら沈める程に辺りの空気を凍りつかせた。
その迫力はドラゴンすらも怯ませる。
「メグミさんっ! 違うだろ!!」
ネモはメグミの胸ぐらを、乱暴に掴む。
「ひぃ……ごめんなさい、ごめ」
また謝罪を繰り返そうとするメグミの言葉を遮りネモは叫ぶ。
「なんで貴方が謝る必要があるっ! この状況、貴方のせいか? 違うだろうがっ!」
「あのカスの性根のドラゴンと! 薄汚れた市政の政務官共と!! 無茶やらせた僕たちのせいだろう!!」
「貴方はただただ、自分の限界まで頑張ってただけだっ!」
「は……え?」
予想だにしないネモの台詞に困惑を隠せないメグミ。
それを気にせずネモは続ける。
「メグミさん、いっつも人のせいで苦労するハメになったときにも、いっつも自戒してばっかだ」
「正しい世の中でそれは正しいよっ、僕も小さい頃はそう思ってた……でもね、この正しくはない世界でそれを貫き続けたら、ボロボロになっちゃうよ! それこそ今のメグミさんみたいにねっ!」
「その結果どうだよ、笑ってるのはカスで強欲な奴らだけだ」
「そんなんでいいのか? 怒りたくならないのか? 貴方は正しく生き続けて来たのにそんな目にあって憤りはないのか? メソメソ謝ってる場合じゃあない! いま貴方に足りないのは謝罪なんかじゃあない!心の強さなんかでもない! カスみたいな奴らが押し付ける理不尽にブチ切れる怒りの心だっ!」
「あ……」
メグミの目にほんの少しだけ光が戻る。
ネモはそれを見てさらに続ける。
「自分をよくよく見てみろよっ! もっとカスみたいな矜持を振り回して馬鹿みたいに生きてるくせに、怒りを振り回してる奴なんて沢山いる! そんな奴らよりも! 今まで我慢を重ねてきた貴方は今ここで身勝手に、思うままに我儘ブチ切れる権利があるっ! 膝を付いてる場合じゃないだろ! あのドラゴンに、貴方が蓋をしてきた怒りをぶつけたくならないのかっ!」
ネモの演説を聞いたメグミの瞳はさらに光を取り戻す。
そして今迄の自分の人生を逡巡する。
確かに我慢ばかりしてきた、弟を助けられなかった自責の心のせいだろうか、そもそも自身の性根のせいだろうか、弟を亡くした親に強い背中を見せたかったからだろうか、よくは分からないが、取り敢えず、私は只々正しく生きようとしてきた。
だが、なんだこの世間の私への態度は、人に苦難を押し付け私腹を肥やし、自身の快楽のために他の命をもて遊ぶ。
自分が完全に正しいとは思わない、しかしまああんまりじゃないか。
多少は私も報われても良いんじゃないか?
なんでこのカスドラゴンとバカの政務官は笑ってるのに、私は心を締めつけながら絞り出した申し訳なさを抱えて死んだ方が良いなんて思っているんだ?
「逆なんじゃあないのか……」
膨らみ始めた心の声がそのまま口から徐々に漏れ出す。
「……なんで私がこんな目にあわなきゃいけないんだ?」
沸騰する湯気の如く怒りの思いが奮い立つ。
なんで私が謝罪しなきゃ駄目なんだ? 何で私が膝を震わして赦しを請わなきゃいけないんだ? てめえらが好き勝手やったからだろうがっ! −なんで私がっ!!−
初めて理解したその理不尽を吐き出すようにメグミは敵に向かって咆哮する。
「膝をガクガクさせて、申し訳なさで死んだ方が良いのはてめえだこのカスドラゴンっ! 私の弟を殺して! 私の心を狂わせて! あげくの果てには大切な友である四人をひどい目に合わせて、いちいちいちいち、なんなんだよてめえはよぉっっ!!」
メグミは勢いよく立ち上がり、倒れ伏す四人とドラゴンの間に立ちふさがる。
「……叩きのめしてやる……私のこのくだらないトラウマごと……」
先程まで恐怖で震えていた手は、今は怒りで震えている。
メグミのその目はいつもの優しく、人を慮ることを忘れない知性を感じさせる瞳ではなく、理想の為に、納得のいかぬ理不尽を叩き潰そうと燃え猛る一人のエゴイストの瞳であった。




