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1-1 再開の祝杯

 長きに渡り聖なる重言地に巣食い、思うままに奢侈を貪り続ける灼熱の魔王。

それを見かねた月と大地の星界神は自身の名を冠する聖皇国イベルダルクを擁立し、自身の加護を与えた神官達を遣わし、灼熱の魔王を封印する。

灼熱は冷め、この世界は、イベルダルクとその神官達によって平穏を手に入れた。

静かで、慎ましく、飾り気のない平穏を……



雑多な街並み、蒸し暑い風、多くの人々、様々な人種、立ち並ぶ店で売られるみずみずしい野菜、魚の干物、血の滴る獣の肉。

その光景は、様々な足音、香ばしい匂い、商人たちの威勢のいい掛け声に彩られ、活気と言う名の熱となり、街全体を包み込む。


その喧騒の中、若い妊婦が人混みを縫うように、こっそりと道の影を歩いている。

買い物帰りだろうか、大きな袋を抱えている。

深いローブで顔を目深に隠して早足で急ぐように歩く。

「早く帰らないとな……」

そう呟いたその瞬間、その台詞と蒸し暑い空気を裂くように天空から巨大な翼の生えたトカゲが、地響きを鳴らしながら着地。

「キャアアァアッ!!」

腰を抜かす妊婦。

翼長5メートルはあろう翼を埃を払うようにばたつかせると、トカゲは大顎を開け唾液を垂らしながら、妊婦を捕食しようと口を近づける。

「ワイバーン!? こんな所になぜっ!?」

「やばいっ! 魔法使いを呼べっ!」

「間に合わんっ! 誰かせめて時間稼ぎを!」

混乱、絶叫、しかしそこにまるで散歩をするかの如くゆっくりと歩み寄る、ボロ布を纏った旅人一人。

その旅人は静かに魔法の詠唱を始める。

「母の軟肌(やわはだ)泥塗(どろまみ)れ、父の骨と血、雪塗(ゆきまみ)れ、頬伝る涙、凍雨(いてさめ)と流れ、全て冷たく永劫寂寥(えいごうせきりょう)、熱き命の灯火よ、その熱全て、我の追憶で凍え死ね。

銀装死(ぎんそうし) 凍氷纏苦(とうひょうてんく)

旅人がその唄を唱えた瞬間、旅人の正面に魔法陣が展開し辺りを青く照らす、そしてワイバーンはバキバキと胴体から凍りつく。

「アギャアーッ! ゴギャオーッ!」

突然の凍結に混乱し藻掻くワイバーン。

「……ごめんね」

呟く旅人、ワイバーンは抵抗虚しくあっさりと氷漬けとなり絶命した。


氷のオブジェと化したワイバーンと呆然とする妊婦、そして旅人に見物客が集まる。

「魔法使いか……」

「ワイバーンを一撃って……」

「何者なのかしら……」

その見物客を気にすることも無く旅人は妊婦に手を差し伸べる。

「大丈夫ですか」

「あ……ありがとうございます……魔法使い様……もしよろしければ家でお礼を……」

旅人はその青い瞳で笑顔を示しながら言う。

「お気になさらず! 所で、もし代わりと言ってはなんですが、一つ伺いたい事があるのですが……」

「……はい、もちろん……何でしょうか……」

「この街で、人の集まる酒場や宿屋、旅人組合をご存じであれば教えて頂けないでしょうか?」

「あ……それなら……」

彼女はここで旅人組合や宿屋が併設された、一番有名な酒場、マウントアンダーの場所を旅人に教える。

「ありがとうございます! 」

「とんでもございません」

旅人は踵を返し目的地に向かいながら女性に手を振り去って行く。

「お腹の赤ちゃんともどもお大事に!」

ちょっとした祝福の言葉。

「あ…………はい……ありがとう…………ございます……」

しかし彼女は寂しげな表情を浮かべる。

「……?」

旅人は彼女の様子を少しばかり訝しみながらも酒場、マウントアンダーに向かった。





「おーい! どうだい? そこの獅子面のお兄さん! 肉安くしとくぜぇっ!?」

「ははっ! 今は良いよ、ありがとう!」

二メートルはゆうに超える体格、獅子の顔、そして金色の鎧を纏った大男は悠々と歩きながら、朗らかにその肉屋に返事をする。



挿絵(By みてみん)


「そうかい!? 残念だなぁっ?

あんたよく食いそうなのによぉ」

「すまんなっ!」

「気にすんな! 今度来たら買ってけよっ!」

「考えとくよ!」

獅子面はその雑多で賑やかな喧騒に心地良さを感じつつ、その先にある客の溢れる酒場マウントアンダーに立ち入った。

「邪魔するぜ」

「いらっしゃい、獅子面のあんちゃん」

店の奥には短髪の白髪の老人、この店の店主であろう、酒のグラスを布で拭いている。

「あんたの探し人はまだ来てないね」

「そうか、適当に酒と肴をくれ」

獅子面は座席にどかりと腰掛け、深く溜息をつく。

「あいよ、一応知り合いには言っといたんだがねぇ」

「すまねぇな」

「いやいいさ、あんたみたいにガンガンいい酒がぶ飲みしてくれてるヤツは、むしろずっといていいくらいさ」

店主はそう言うと干し肉と琥珀色の酒を獅子男に配膳する。

「これは?」

「ダイナソーピートの十八年さ、いつも通りストレートだ」

「十八年……また高そうな物を押し売りしやがったな」

獅子面は文句を言うフリをしながらグラスを傾け静かに味わう。

「どうだい?」

「…………ああ、とても美味い、きっと作り手はこのクセのあるピートの香りがきっと大好きなんだろう……このくどいようにも感じられるピート香を自然に活かすために、全力で他の部分を調整しているのが解る、うーむ、土地への愛と意地を感じるな……」

その批評に嬉しそうに笑う店主。

「あんちゃんやっぱいい舌してるぜ、その干し肉も自家製でそいつに合うように作ってるんだぜ、是非食ってくれ」

「そいつはありがたい、最高だ……今日も暇になりそうだし、ゆっくり楽しませて貰うとしよう……」

獅子男がグラスを再度傾けようとしたその時。

カランカランと店に来客を告げる鈴が鳴る。

「お邪魔しますー」

瞬間、その開いた玄関から冷気が流れ込み、蒸し暑い店の空気が一気に冷え込んだ。

店に居た全員が驚き、その来訪者に注目した。

挿絵(By みてみん)

「あ、あれ? 僕、なんか場違いでした?」

氷で出来た鈴のように美しい声、水色のショートボブに青い瞳と青い鎧、大振りなサファイアのピアス。


そして『容姿端麗』という言葉では足りないほどの美貌、来訪者は店の全ての人間の視線を掻っ攫う。

沈黙する店内。

周りに居る全ての人間が言葉を失い来訪者に魅入られる。

「いや……あの……すいません……出直してきますっ!」

来訪者は恥ずかしそうにそそくさと退散しようとする。

しかしそこに走る雄叫び一つ。

「ネモ!」

「えっ?」

店の奥に座っていた獅子男が来訪者を呼び止める。

「フハハッ! 冷気垂れ流しながら来店したらそら注目される、天然なのは治らんもんだな」

「あっ……」

ネモと呼ばれた者は不安げな顔から徐々に顔が綻んでいく。

そして……

「ジェラルドぉーっ!! 会いたかったよぉーっ!」

モラルも何もなく物凄い勢いで疾走しその獅子男に飛びつく。

その勢いをものともせずに抱きとめ獅子男はその水色の髪をわしわしと撫でまわす。

「うぇえーん、大変だったんだよぉーっ!? 死ぬかと思ったよー!」

半泣きになりながら、その獅子男、ジェラルドにすがりながら顔を擦り付ける。

「よしよし、落ち着け落ち着け、皆見てっからよ、まずお前が冷房代わりに撒き散らしてるその魔法を解除しようか」

「あっ……ごめんっ……」

やってしまった、そんな顔をしながらその来訪者、ネモと呼ばれた者は何もない背後に振り返り語りかける。

「ここまで一緒に来てくれてありがとう、助かったよレイナさん、また今度デートしようね」

見えない淑女の手の甲に優雅にキスをするような仕草。

その瞬間、店の冷気は失せ消える、途端に玄関から、窓から、蒸し暑い空気がなだれ込む、周りの客は訝しがりながらも徐々に元の喧騒に戻っていった。




「ごめん、出会い頭早々に目立っちゃって……」

もじもじしながらネモはジェラルドに謝罪する。

「全然いいさ、それより座りな、再会の祝杯をあげよう」

そう言うとジェラルドは店主に目配せする。

「あんたが旦那の待ち人かい? あれは……精霊魔法か? びっくりしたぜ」

「はいっ! いきなりお騒がせしてすいませんでしたぁっ!」

テーブルに額をぶつける勢い、いや、勢いでぶつけながらネモは店主に頭を下げる。

「ハハハッ……いいさ、旦那に続き、また面白いヤツを見れたからな、そんな事より再会の祝杯だ、お前さんは酒は何が好きかな?」

「あ……はい……すいません……赤ワイン……ですかね……」

「そうか……」

店主はおもむろにワインのボトルを開け、グラスに注ぐ。

静かな音をたてながら、香しい煉瓦色の液体が徐々に満たされていく。

「えぇ、これ……ちょっと高い奴では?」

すこしドギマギしながらネモは店主に尋ねる。

「お目が高いね、寒く乾いた土地で念入りに手入れした極上の葡萄で造り、選別された樽でベストな状態まで熟成させた高級赤ワインだ、でも気にすんな、旦那の奢りだからな」

ニヤリとしながら店主はジェラルドに視線を向ける

「……おいまじかよ」

「やったー! じゃあ今日はいっぱい飲んじゃうかな!」

「お前相変わらず遠慮ねぇな」

「えへへ、だって美味しそうなんだもん!」

「……ったく」

呆れるジェラルド、しかし久々に会う相棒の笑顔を眺めながら溜息をつき、一瞬想いにふける。

(しかし、まぁ……よく笑うようになったもんだな)

「しゃあねえなぁ……わかったよ、今回だけだぞ?」

そう言うと、ジェラルドはゆっくり自分のグラスを持ち上げる。

ネモはそれに、赤ワインがたっぷりと満たされたグラスをカチンと合わせる。

「ふふっ、再会に乾杯ー」

「乾杯」

昼から酒を酌み交わす、変わり者の二人組。

この二人の目的が、平穏と言う何かに染められた、この世界をひっくり返す事、というのは、まだ誰も知らない秘密である。


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