領主からの招待
「では明日の昼過ぎにこちらへ」
「わかりました」
領主に会う予定は意外に早く決まった。
それは良いのだが、交渉に使える材料が思いつかない。
エルフの名前の付け方とかちょっと面白いかと思ったんだが、先祖代々のエルフの名をもらうだけだというから拍子抜けだ。リディの名前も曾婆さんの曾婆さんの姉の名前らしい。何千年前の人なんだという感じだが、一応会ったことがあるという。さすがエルフだ。しかし、こう言う名前の付け方は地球でも一部で見られたので、この世界でもよくあることなんだろうな。
成長に合わせて行う儀礼も聞くだけ聞いてみたが、ただ単に森で獲物を捕らえるとかそう言うのが多く、俺の目から見ても面白みはなかった。
領主がエルフの民俗学者なら興味を引きそうだけど人間よりはるかに長命な種族の民俗学なんて誰が得するんだよって感じだよな。
同じような系統でエルフの料理なんかも考えてみたが、村で食べていたものもこれと言って「エルフっぽい」物は無かった。ロック鳥の肉とかは確かに珍しいかも知れないが、見方を変えればただのトリ肉だからな。あとはハリネズミの姿焼きとか物騒なので却下。
「んー、他に思いつく物……何にも無いわよ」
「あ、アレはどうだ。薬草の探し方とか見分け方」
「良いけど……教えるだけで何年もかかるわよ?」
「ダメだな」
エルフの薬草の知識は交渉材料として悪くないが、教えるだけで年単位は厳しい。それにおそらく彼らの教え方は「実地で学べ」だろう。教えるにしても、探し方が「何となくこの辺にありそう」という感じで、地形や気候、他の植生などからこの薬草があると思われる、なんて系統立った物は無いだろう。
何故断言出来るのかって?簡単な話だ。
基本的にエルフは長命故に、呑気なんだ。何をするにも時間はたっぷりあるのだから焦ってアレコレする必要は無い。薬草の知識だって、森の中を歩き回って「ほら、ここにこれが生えてる」というのをひたすら繰り返していたって時間の無駄にならないどころか、暇つぶしに丁度いいとすら考えているだろう。
人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、何事かをなすにはあまりにも短い、とどこかの作家が述べていたが、エルフの場合は何事かをなすにも長いのだ。
いや、待てよ……
「リディ、ちょいと確認なんだが」
「ん?」
「エルフが人間の街に住むメリットって何だ?」
「んー、あまり思い当たることは……無いかなぁ」
「無いか」
「うん。だって、今までも別に不自由してないし。人間の街の方が便利だなって言うのは……うーん……逆に不便かも。お金とか用意しないとならないし」
「そうか」
「それがどうかしたの?」
「じゃ、逆に……エルフが人間の街や街の近くに住んだ場合、人間にとってのメリットって何だ?」
「なんだろう……うーん……エルフの知識や技能が身近になる……くらいかなぁ。でも気軽に教えられるような物なんて思い当たらないし、どうなんだろうね」
「よし。それじゃ二つ質問」
「う、うん」
「エルフの村って簡単に作れるのか?」
「それはちょっと……ね。いろいろな条件が揃っている土地で、その条件が何十年も続いて、今後もその状態が続くとわかって……そこに村を造ろうってエルフがいれば、作るかも、って感じかな。人間の村だってそんなに簡単にはできないでしょ?」
「ま、そうだな。じゃ二つ目の質問。ヘジの樹ってあんな大木になるのにどのくらいかかるんだ?」
「あんなって……ああ、村の近くにあったあれくらい?」
「ああ」
「そうね、あれくらいだと……最低でも五十年かな。あの樹は確か樹齢百五十年くらいのハズよ」
さすがエルフ。樹の樹齢も正確にわかるのか。
「よし、作戦が決まった」
「うん?」
「リディが嘘を言ったりすること無く」
「うんうん」
「ごまかしたりはぐらかしたりする必要も無く」
「うん」
「しかも誰も責任を取る必要も無い」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
リディに領主との話の進め方を伝える。
「それは……確かに私が嘘をついたり、ごまかしたりしてないし、責任を感じたりもしないけど……いいのかな」
「大丈夫だろ。それに、他に話すネタを考えるような時間も無いし」
「まあね」
「決まりだな」
あとは明日、リディが不自然に口ごもったりしなければ大丈夫のハズだ。
「なかなか立派な馬車ですね」
「領主様の馬車ですからね」
ギルド職員に見送られながら馬車に乗る。
今までにも行商人の護衛なんかで馬車に乗ったことはあるが、ほとんどが荷馬車に乗っているだけなので揺れがすごかったのだが、これはちゃんと人が乗るための馬車だし高級な作りなので揺れも少なく快適そのもの。と言っても、俺はリディが首から提げている袋の中にいることが多いから揺れとかどうでも良いんだけどな。
やがて馬車が領主の館の玄関先に停まり、執事が開けた大きなドアから中へ入る。
「へえ……」
「これは……」
館を外から見たときも思ったのだが、大きな建物の割に飾り気がない。そしてそれは中も同じで、それなりの装飾はされているが、なんて言うか「少しは飾らないと殺風景すぎるし、他の貴族に舐められるから仕方なく飾ってます」みたいな感じ。これが全てにおいて徹底しているとしたら、この領主は相当な倹約家で質実剛健を是としているなかなかの人物と言うことになる。現代日本じゃ貴族なんて存在しないからよくわからんが、だいたい庶民を見下して贅の限りを尽くすクズの集団だと思っていたのに……って、さすがにそれは偏見が過ぎるか。
そして所々に壺や絵画や彫刻が飾られているが、どれも芸術にそれほど興味の無かった俺から見ても素人が頑張って作りましたという感じの品ばかり。と言う表現をすると酷い物が並んでいるように聞こえるが、細かいところが雑だったりする程度で、それほど酷い物というわけでもない。むしろ頑張って作りました、という素朴な品々にも見える。領民が作った物をそのまま飾っているんだろうな。事前に集めていた情報通りか。
「こちらでございます」
執事に通された部屋はこれまたそこかしこに手作り美術品が飾られているが、やや暗い色合いで統一しているせいか、落ち着いた感じの応接間。と言うか、壁、絨毯、ソファの色合いなどに、並々ならぬセンスを感じる。実際リディも「ほぇ……」と感心している。
ソファで待っていると、ドアが開き男が入ってきた。
「ようこそお越し下さいました。お初にお目にかかります……」
自己紹介してきたコイツが領主か。体格は……普通だな。ぶよぶよに太っているとかもなく、ほどよく引き締まっているのは日々の節制か鍛錬か。服装はシンプルで、そこらの住民と変わらないようにも見えるが、生地の質が全然違うのが一目でわかる。ゴテゴテ飾り立てず、見る人が見れば一級品とわかる物を身につける。本当の金持ちってそう言う物だって聞いたことがあるような無いような。
そんな観察をしていたモンだから名前を聞き忘れた。まあ良いか。
「えっと……それで、その……」
紅茶を飲んで落ち着いたところでリディが切り出す。
「何故ここに呼ばれたのか、教えていただいても?」
「ええもちろん。ああ、安心して下さい。別に何か酷い事をしようとか無茶な頼みをしようとかそう言うわけでは無いんです」
「はあ……」
「いえね……ここ数日、この街のことを聞き回っていると耳にしまして。それで……その……エルフであるリディさんがこの街に住もうとしているのではないかと。いえいえ、住んではいけないと言うことではありません。むしろ歓迎します。ですが、何故我が領内に?と。こう言っては何ですが、特に目立った名産品もありませんし、交易の拠点でもない。ダンジョンが多くて冒険者が活発というわけでもなく、せいぜい私の祖父の代からコツコツと積み上げた領民との信頼関係くらいしか誇れる物はありません」
いや、それ充分に誇って良いことだと思うぞ。




