第83話 恋模様
年に一度の生放送の歌謡祭。
water(s)は、今年で五度目の出演。
出演者に毎年変化はあるけど……変わらずに出続けているアーティストもいる。
毎回思うけど、重鎮と呼ばれる方や煌びやかな衣装を見にまとったアイドルの人達に混じって、この椅子に腰掛けていると、すごい場違いな気がする……
この番組は、アーティスト通しのコラボレーションが見応えの為、中央のアーティストが座る席の両サイドにステージが設置してある。
「kei、miya、おかえりー」
『ただいまー』
圭介と和也がギターで、他のアーティストの伴奏を務め上げた所だ。五人はいつものようにハイタッチし合うと、円卓に並んだ椅子に腰掛け、次に行われる演奏に視線を移した。
…………豪華だよね。
年に一度しか見れないし……毎回、いい刺激になってる気がする。
彼女はピアノの伴奏に、ギターの弾き語りで、他のアーティストと共演の機会が三回もある。
ピアノの伴奏を終えた彼女は、早くも緊張した面持ちだ。
ピアノは昔からやってるけど、ギターはようやく手に馴染んできた感じで、持ち歌ならいいけど……他のアーティストの曲だと、緊張感が倍増する。
奏がwater(s)の席に視線を向ければ、彼らは小さく手を振ったり、リラックスした様子で微笑んでいる。
いつもの笑顔を彼らに向けると、ギターと、これから一緒に演奏する共演者に、視線を通わせていった。
「スイッチ入ったな」
「あぁー」
彼女はwater(s)の一員として、ステージに立っていた。両サイドで同じくギターの弾き語りをするアーティストと、時折アイコンタクトを取りながら、実に楽し気である。
奏が席に戻ると、メンバーが片手を差し出す。笑顔で応え、ハイタッチを交わす姿は、しっかりとレンズに収まっていた。
「お疲れー!」
「お疲れさまー!」
ホテルの大翔の部屋で乾杯だ。これも歌謡祭後の恒例となりつつあった。
「楽しかったなー」
「あぁー、良い機会だからな」
「うん! 緊張したけど、楽しかったー」
「スギさんは、もう帰宅したでしょ?」
「うん、自宅で優香さんが待ってるからね」
「いいよなー。新婚さん」
「いいだろー?」
「ここにも新婚がいたな。なんかmiya達は学生の頃から知ってるから、熟年夫婦みたいな?」
「まだ二十代だよ」
「keiも彼女いるって、言ってたよな?」
「あーー、別れた」
「えっ?!」 「なんで??」
「うーーん、向こうが社会人になってから……上手くいかなくてかな?」
「そうなんだ……じゃあ、akiは?」
「俺? 俺も今フリーだな。hiroは彼女とまだ続いてるよな?」
「うん、まぁーな。もう四年の付き合いになるな」
「長いよな」
「結婚とか考えてるのか?」
「まぁー、彼女も同い年で二十六だから、最近そういう話はするなー」
「そうなんだ……」
「hanaは、やっぱレストランとか、ちゃんとした所でのプロポーズって嬉しいものか?」
「それは、してくれるなら嬉しいけど……想いが伝わるなら、何でも嬉しいと思うよ?」
「miyaはどんなプロポーズしたんだ?」
「えっ?!」 「そこは聞かなくていいだろ?!」
顔を赤くする宮前夫妻に、笑みが溢れる。
「ほら! 女子はよく三十前に結婚したいとか、区切りがあるとか言うからじゃない?」
「まぁーな。晩婚化が進んでるから、三十過ぎて結婚する人も今は多いけどなー」
「そうそう」
今日の大翔は調子が良いようで、ビール二本では眠くならないようだ。
「結婚なーー……」
「hiroがする事になったら、また演奏するぞ?」
「あれは楽しかったなー」
「hiro、大丈夫か?」
「うん、平気ーー……付き合うのと、夫婦になるってどう違うんだ? なぁー、miya……」
「えっ? 家族になるとか?」
「家族ねーー」
「俺達だけじゃなくて、相手の両親とかも含めてな」
「なるほどねーー……」
語尾が伸びてきたから、これは寝るな……とメンバーが思っていると、そのまま大翔はベッドで眠りについていた。
「ライブの後は酔いがまわるの早いから、二本が限度だな」
「あぁー、三本目も普通に飲んでるから大丈夫なのかと思ったけど、駄目だったな」
大翔が潰れた所で、五人での晩酌はお開きとなり、圭介と明宏は二人でバーに行く事もあれば、大翔が途中で起きるまで酒盛りをしている事もある。
「僕らは、まだ飲んでるけどmiya達は部屋に行くか?」
「そうする」
「うん、おやすみなさい」
「また明日な」
二人は軽く片付けると、部屋に戻っていく。明日も練習はあるのだ。
「ふぁー、久しぶりに飲んだぁー」
ベッドにダイブすると、和也がグラスに注いだミネラルウォーターを差し出した。
「お疲れ」
「ありがとう」
飲み干したグラスをサイドテーブルに置くと、奏は窓辺に立っていた。変わらない綺麗な夜景が、窓の向こうに広がっている。
「綺麗だね……」
「そうだな」
背後から抱きしめられ、窓に映る視線と交わる。
「……hiro、結婚するのかな?」
「あの感じだと、すぐにはなさそうだけどな」
「何で分かるの??」
「hiroは……まだ、迷ってる感じだっただろ?」
「うん……彼女に結婚したいって、言われてるみたいだったよね?」
「あぁー、だから決めかねてるのかもな。俺達の仕事は不安定だからな」
「そう……だね……」
「まぁー、実際はロイヤリティがあるから、ある程度の生活していけると思うけどな」
少し気落ちする様子に、和也はそう付け加えると、浴室へ行くよう促した。
ーーーーーーーー結婚かぁ…………はじめての人が、そのまま結婚相手になるって……きっと稀だよね。
私は和也と出逢えて、幸運だったんだと思う。
付き合いから数えれば、もう七年になるなんて……早いよね…………
和也と、みんなと出逢ってから……はじめての経験をいくつもしているから……
入れ替わりで浴室に入った和也が出てくると、彼女は炭酸水を飲みながら、夜景を眺めていた。
「……和也も飲む?」
「あぁー……」
グラスを受け取り、温まった体を潤すように飲み干した。
「最近、よく飲んでるよな?」
「うん。常温でも美味しいから、お気に入りなの」
「確かに美味しいな」
「でしょー?」
クスクスと笑う彼女の濡れた唇は捉えられ、深くなる口づけに応える。
「んっ……」
彼女の甘い声に彼の理性は剥がされ、交わすキスも触れる身体も熱いものに変わる。
「ーーーー奏……したい……」
「ーーっ……」
「…………いい?」
「……うん」
素肌が触れ合う度、自分でも驚くくらいに鳴ってるけど……何処かで、安心感を覚えているの。
一緒にいる事が当たり前になって、はじめて…………
小さく頷いて応えた彼女は、甘く痺れるような感覚に声を漏らした。二人の隙間がない程に、繋がっていたのだ。
「奏、お待たせー」
「綾ちゃん、久しぶりー」
年が明け、奏は久しぶりに綾子と二人でお茶をしていた。
「十一月に、エンドレのライブで会って以来だよね?」
「うん! 綾ちゃん、元気だった? 最近、お仕事はどう?」
「うん、入社当初は大変だったけど、だいぶ慣れてきたよ。そういえば、樋口が三月いっぱいで退社するって」
「本格的に……エンドレで活動するんだね」
「そうみたい。社内でも、樋口ファンいるみたいだし」
「すごいね」
「……あのね、奏……メールでも話したけど……」
「うん……」
「佐藤が来期っていうか、もう今年だけど……師匠について、フランスに行くって……」
静かに頷き、綾子の言葉を待つ。
「……今までだって、学生の頃のように会えてた訳じゃないけど、外国と日本とじゃ違うよね。時差だってあるし…………奏なら、どうする?」
「……私?」
「うん、もし……ミヤ先輩が遠くに行く事になっても、待っていられる? 遠恋できる?」
ーーーー遠距離恋愛…………和也の隣にいられないなんて、想像もつかないから、分からないけど……
「……分からないけど、待ちたいとは思うかな?」
「そうだよね……その気持ちはあるけど、不安の方が大きいの」
「うん……佐藤は、綾ちゃんに待ってって欲しいって言ったんだよね?」
「そう、プロポーズされたね。そういえば……指揮者として……やっていけるようになったら、区切りがついたら……結婚しようって……」
「……佐藤、頑張ったんだね」
「うん、一応指輪も貰った。いつか本物をくれるって……」
そう言った綾子の左手薬指には、ピンクゴールドの可愛らしいファッションリングが光っている。
「指輪も、話自体も嬉しかったけど、先が見えないのは不安で……今回は、一年で日本に帰ってくるって、決まってる訳じゃないから」
「うん……」
「それに、少し羨ましくもあるの。指揮者になるって夢を、佐藤は叶えてるから……」
話に夢中になっていた為、頼んでいた温かい飲み物は、すっかり冷めてしまった。新しく注文し直すと、学生の頃に戻ったかのように盛り上がっていた。
「ただいまー」
「おかえりー、奏」
「これ、お土産」
「モンブランだ! ここの上手いよな。夕飯の後に食べような?」
私は幸せものだよね。
大切な人が……そばにいるんだから…………
いつも隣にいられる幸せを改めて感じたのだろう。背中から抱きついていた。
「ーーーーいつもありがとう……」
「……どうした? 綾ちゃんと別れて、寂しくなったのか?」
「……私は幸せだなぁーって、思ったの。エプロン姿の和也が見れるし」
「今日は簡単なパスタだけどな」
「わーい! 手洗ってくるね」
向かい合って座るれば。和也の用意したパスタに、彼女が作ったトマトスープとサラダが、ランチョンマットの上に綺麗に並ぶ。
「和也、美味しいー」
「よかった。奏の手料理はいつも美味しいよ?」
「ありがとう」
休日ならワインを飲みたい所だが、三月に控えるライブに向けて日々練習中な事もあり、お酒は控えていた。
「ーーーー奏? 少し、痩せた?」
「ううん、ちょっと……あとで話すよ」
「ん、無理するなよ?」
「うん、ありがとう……」
和也に言ったら、何て言うかな?
それに ……ライブまで体力は持つかな?
そっちの方が心配かも……二日間、歌いきりたいから…………
「奏……話って?」
ソファーに並んで腰掛けている。彼は話の続きが気になって、仕方がなかったようだ。
「ーーーーあのね……赤ちゃんできたよ。今日、病院に行ってきて……」
母子手帳を見せると、和也は驚きと嬉しさが混ざっていた。
「本当に? 体調は大丈夫なのか??」
「うん、今のところは悪阻も酷くないから平気だよ。ただ、ライブの時に…二時間ぶっ続けで動き回れるかは不安だけど……」
「……そうだったな。もう両親には報告した?」
「まだ……午前中に病院に行ってきて……和也に、最初に言いたかったから……」
「そっか……奏の子供か、可愛いだろうな……」
「あとね、双子だって…………だから安定期に入ってから、両親や友達には報告するつもり。メンバーには仕事の事があるから、言ってもいいけど……」
「双子?! 性別は?!」
「まだエコー写真もちっちゃいから、分からないよ。調べたら、大体四ヶ月くらいから判別できるみたいだったよ?」
彼女はそう言って、見た目には変化のないお腹に優しく触れる。
「次はいつ病院に行く? 仕事調整して、ついて行きたい」
「ーーーーありがとう……」
「奏……触ってもいい?」
「うん……」
いつもとは違い遠慮がちに告げた彼の手を取って、お腹に触れる。和也の感動した表情に、彼女も微笑んでいた。
「お疲れ、kei」
「お疲れー、aki。hiroは?」
「遅れて来るって、グループの方にメッセージきてたぞ?」
「あっ、本当だ」
「珍しいよな? レコーディングのビルに、練習以外の用でmiyaが呼び出すとか」
「確かにな。何かあったのかな?」
「まぁー、あったとしたらhana絡みだろ?」
「それは言えてるな。普段は慌てたりしないけど、hanaの事に関しては余裕ないからなー」
「だよな」
二人がキッチンや浴室も完備されている三階のソファーに腰掛けていると、呼び出した本人が顔を出した。
「お疲れー……急に呼び出して、悪い」
「いや、いいよ」
「あぁー。呼び出しって事は、直接言いたかったんだろ?」
「うん……hiroが来たら、言うから」
「じゃあ、お茶淹れてくるね」
「奏は座ってて、俺が淹れてくるから」
和也は立ち上がろうとした彼女をソファーに座らせ、キッチンに向かった。
「hana、体調悪いのか?」
「えっ?」
「俺も思った。顔色悪くないか?」
「あ……ちょっと、車酔いしたみたいで……」
「hiroが来るまで横になってるか?」
「う、うん……ありがとう……」
促されるままソファーに横になっていると、そのまま眠りについていた。
「あれ? 奏、寝たの?」
「何か具合悪そうだったから、横にならせたら寝ちゃったな」
「あぁー。でも、さっきより顔色マシになったな。hanaが車酔いって珍しいよな?」
「あぁー」
和也が淹れてきたコーヒーをテーブルに並べていると、ちょうど大翔が入ってきた。
「ごめん! 遅くなった!」
『しーーっ!!』
三人から言われ、奥のソファーに目を向けると奏が寝ていたのだ。
「悪い……で、話って進んでるのか?」
「これから話すところ。hiroも今日オフなのに来てくれて、ありがとう」
「いいや、何かあったんだろ?」
長年一緒にいるからか、大翔も圭介達と同じ反応である。
「えーーっと……個人的な事なんだけど、子供ができました」
「おめでとう!」
「そうじゃないかって思ってた。珍しくhana、マスクしてるし」
「お祝いしなきゃだなー」
「ありがとう……それで、次のライブの事なんだけどさ」
和也がテーブルに進行表を広げると、それは予定していたものに若干変更を加えたものになっていた。
「トークが基本なしなのは変えたくないから、間に懐メロのアコースティックバージョンを入れて、奏が座って披露できるようにしたい」
「それだけで、大丈夫なのか?」
「あぁー、てっきりライブ日数を二日から一日だけにするとかかと思った」
「そこは、奏が譲らなかったな。チケットを買ってくれた人に申し訳ないって……」
「hanaらしいな」
「そうだな。アコースティック演るのドームで初めてだし、いい案じゃん」
「あぁー、二人で決めたのか?」
「そう。みんなには悪いけど、スタッフには連絡済み」
「OK。許可貰ってるなら、そのままいけるな」
「あぁー、あとはhanaの悪阻が、少しでも和らぐといいよなー」
「だよなー、飲み物もカフェインレスの今度から置いとかないとな」
「ありがとう……」
着実にライブに向けて進んで行く中、彼女は悪阻と向き合っているのであった。
「この間はhanaに何かあったのかと思ったけど、大丈夫そうで良かったな」
「確かにな。そういえばhiro、結婚するのか?」
「それがさー……喧嘩した」
「喧嘩って?」
「何つーか、四年付き合ってるし。そう言う話も出るって言ったじゃん?」
「あぁー」
「彼女の周りで結婚してる子がいるから、羨ましいらしくて……そんなに結婚したいなら、そういう相手探せば? って、言っちゃって」
「それはキレるわ」
「だよな……ちょうど、疲れてた時と被ってたからって、言い訳にしかならないけどさ」
「hiroの事だから、すぐに謝ったんだろ?」
「そうだけど、明日が久々に会う日だから緊張」
「頑張れ」
「aki、心がこもってない」
「高校の同級生だし、hiroは何だかんだ言っても彼女と仲良いみたいだしな」
「そこは、まぁー……否定はしないけどさ。久々の大きな喧嘩と言うか、俺がやらかしたって感じだな」
「正直な話、迷ってるって事だろ?」
「そうだな。すぐには、考えられないかな……」
今日は午後から音合わせなのだが、ライブ前の為か午前中からスタジオに三人とも入り浸っていた為、昼休憩中である。
「そういう二人は、どうなんだよ? keiはちょっと前に別れたって言ってたけどさ」
「それは彼女と遠恋してたからかな。僕じゃ無理だったって話」
「えーーっ! kei、優しいのに!」
「本当だよな。勿体無い事するよな」
「で、akiは?」
「ーーーー俺は……相変わらずだよ」
「へぇー、長期戦ですか」
「hiro、長期戦って……」
「まぁー、そんな感じだよな。相手にされてないけど」
「……何かたまに思うよ。miyaみたく……一途に想えたら、いいんだけどなって」
「あぁー、それは分かる」
「二人を見てると、結婚も良いな……とは思うよな」
男三人でそんな話をしていると、午後一時半になり奏と和也が差し入れを持って顔を出した。
揃って地下のスタジオにこもれば、ライブに向けての調整を進めていくのであった。




