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君のうた  作者: 川野りこ
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第79話 蜜月

 「風が気持ちいいね」

 「あぁー、そうだな」


 結婚式を終え、新婚旅行先のハワイを訪れていた。トロリーでの移動は風が吹き抜け、心地よい。

 二人はさっそくアラモアナ付近のパンケーキ店に向かうと、クリームが山のように乗ったパンケーキとエッグベネディクトを注文していた。シェアしながら食べる様子からは、時差ボケも無く、食欲もいつも通りのようだ。


 「美味しいな」

 「うん、幸せー」


 都内では行列が出来てるお店だから、行ったことがなくて……ここで、ようやく念願が叶った感じ……

 見た目ほど甘くなくて美味しいし、家でも作れないかなー……


 初めて食べるメニューに、感動していたのだ。


 「この後、ワイキキを散策でしょ?」

 「あぁー、買い物しような?」

 「うん!」


 フリープランの為、事前にガイドブックを読んで行く場所は決定済みだ。ホテルのチェックインを済ませれば、さっそく散策である。


 「和也、日本語通じるって本当だね」

 「まぁー、観光地だからある程度はな」


 先程の店では英語で注文していたが、店員が『美味しい?』等の簡単な日本語で、話しかけてくれていたからだ。

 トロリーで移動すると、有名なワイキキビーチを眺めていた。奏はラフィアハットを、和也はサングラスをかけ、紫外線対策を行なっている。二人に周囲を気にする様子はなく、手を繋いだまま観光名所を回っていた。


 「いい気候だな」

 「うん、蒸し暑くないね」

 「チェックしてたサンダル買いに行くか?」

 「うん!」


 ハワイ製のカラフルなサンダルが並ぶ中、二人が手に取ったのは無難なネイビーだ。


 「サイズは、大丈夫そうだな」

 「うん、創のも買ってくから、和也と同じサイズの黒にしようかな……健人さんにも買っていく?」

 「健人はスーパーに売ってる普通のビーサンが欲しいって、リクエストがあった。めっちゃ安いけど、足が痛くならないから俺達も買うといいって言ってたな」


 兄指定のビーチサンダルの画像を向けられる。


 「じゃあ、行ってみようか?」

 「あぁー」


 迷う事なく辿り着き、お目当ての物がスムーズに買えたようだ。鼻緒がブルーをお土産も含め四足と、ピンクを三足購入していた。ホノルルに着いたばかりだが、食べ物以外のお土産は早くも購入である。時間を有効利用する所は、日本にいる時と変わらないが、木陰を通ると心地よい風が吹き抜けていき、非日常的な場所にいる事を実感していた。


 夕食は予約をしていたステーキ店を訪れていた。ロブスターや牡蠣等の海の幸の後に、肉好きの和也には堪らない熟成肉のステーキが出てきた。


 「美味しいな」

 「はぁー、贅沢だねー」


 ワインと共に食べる料理は、どれも絶品である。


 「日本にもあるんだよな。敷居高そうで、行った事ないけど」

 「確かに……」

 「向こうのバーカウンターだと、ちょっと安いらしいな」

 「うん、オイスターバーもそうだったよね?」

 「あぁー、そうだったな。初めてだからテーブルにしたけど、次回はあっちでビール飲みながらでもいいな」

 「そうだね」


 こういう感覚は、揃って一般的である。


 今、ハワイにいるんだよね。

 和也と手を繋いで歩いたり、個室じゃないお店で食事したり……当たり前のことが出来るって、それだけで……


 ホテルの部屋からは、ダイヤモンドヘッドと海がセットの眺望だ。日が暮れると、山のシルエットが浮かんでいるように見える。


 「……夢みたい」

 「ここにいる事?」

 「うん……」


 キングサイズのベッドの上に、二人は横になっていた。


 「明日は、ダウンタウンの方を観光したら、プールに行かないか?」

 「行くー! 温水プールって、書いてあった!」

 「夜は割と過ごしやすい気温になるよな」

 「うん」

 「……奏のウェディングドレス姿、綺麗だったな」

 「ありがとう……人生初のエステに行ったからね」

 「ん、綺麗だな」


 優しい眼差しを向けられ、頬が染まる奏がいた。




 朝食を食べ終えると、昨夜話していた通りダウンタウン方面を訪れていた。出雲大社で御守りを購入した後、美術館では現代アートを主に鑑賞したり、カメハメハ大王の前でポーズを真似ると、イオラニ宮殿の見学に急遽参加したり、フォトジェニックな外壁のアートと、二人は行く先々で撮影していた。

 何をしていても二人でいれば楽しいのだろう。笑顔が途切れないのだ。


 「着いたー!」


 最終的に訪れたのは、海沿いにある魚市場だ。


 「Can I taste this?」

 「Sure」


 海沿いのレストランでは、マグロの味付けがスパイシーな物や日本の漬けのような物まで、種類が豊富に並んでいる。二人は試食をすると、気に入った味のポキ丼を注文した。


 「美味しいね」

 「うん、日本人好みの味だよな」


 好きなものを食べられ、揃って満足気である。


 予定を詰め込み過ぎた感はあるけど、和也と二人きりで出かける事って、そんなにないから嬉しい…………気候もいいし、ご飯も美味しくて……幸せだなぁ。


 トロリーを乗り継いでホテルまで戻ると、部屋でそれぞれ水着に着替えていた。


 「奏、着れたー?」

 「……うん」


 白い花柄レース地のビキニに着替えたはいいが、初めて披露する水着姿に恥ずかし気だ。


 「……どうかな?」

 「可愛い……この間買ったのは、シュノーケリングの時に着るんだろ?」

 「うん」


 彼女は水着の上から白いパーカーとデニム地のショートパンツを履いて、和也はネイビーの海パンに同じ白いパーカーを羽織って、ホテル内のプールに向かった。二人の足元は、昨日購入したばかりのビーチサンダルだ。


 「気持ちいいね」

 「ずっと、入っていられるな」


 目の前には海があり、プールの周りには白いパラソルが点在している。


 久しぶりにプールに入ったけど、気持ちいいし……幸せだなぁ…………


 時折吹き抜ける風が心地よいのだろう。周囲にはパラソルの下で雑誌を読んだり、音楽を聴いたりと、思い思いの時間を過ごしている人達がいる。


 「あ、あの……」


 彼女が振り返ると、日本人のカップルが立っていた。


 「……hanaですよね?」

 「はい……ハネムーンですか?」

 「そうなんです! こんな所で会えるなんて、嬉しいです!」

 「ありがとうございます……」

 「握手、お願い出来ますか?」

 「はい……」


 プールから上がった彼女は、バスタオルで手を拭くと快く手を差し出した。


 「あーー、サイン貰える物持ってくれば良かったな」

 「本当だよー! デビュー当初からCD買ってるんですよ!」

 「ありがとうございます……お二人は、ここで挙式されたんですか?」

 「挙式は日本でしました。“ブルースター”とかwater(s)の曲、使ったんですよー」

 「わぁー、嬉しいです」

 「hana、本当に肌白くて綺麗ですね……」

 「えっ?! そんな……」


 照れたように笑う彼女は自然体だ。ファンにも気さくに応えているし、話しかけやすい雰囲気なのだろう。


 「hana、グラス買ってきたよ?」

 「……miya、ありがとう」

 「えっ?! miya?!」 「本物?!」


 サングラスを取った彼はグラスとペンを渡すと、二人に向けて微笑んだ。


 「あ、あの……お二人も……」

 「同じですね。昨日、来たばっかりですけど」


 その場で二つのグラスにサインを書くと、カップルに手渡す。


 「はい、色紙じゃなくて悪いけど」

 「えっ?! いいんですか?!」

 「はい」

 「一生、大切にします……」 「ありがとうございます」


 彼女は感激のあまり泣き出していた。


 こんな所でファンに会うとは思わなかったけど、日本人の観光客が多いからだよね。

 それにしても……人生の節目で、water(s)の曲を使って貰えるなんて…………


 「こちらこそ、ありがとうございます」


 ファンを見送ると同時に周囲の視線を感じた為、プールでのひと時は早々と終わりになった。


 その夜は金曜日の為、宿泊先とは違うホテルのレストランを訪れていた。時間になりビーチに出ると、目の前で花火が上がる。大きな音を辺りに響かせながら、空に綺麗な花を咲かせていた。


 「……綺麗」

 「あぁー……綺麗だな……」


 およそ四十五分間打ち上げられる花火を、二人は寄り添ったまま眺めていた。

 花火が終わると、多くの見物客が拍手をしたり、声を上げたりと実に陽気である。


 「和也、いつもありがとう」

 「こちらこそ、ありがとう」


 喧騒の中、和也が頬にそっと唇を寄せる。


 「ーーーー和也……」

 「プールでは驚いたけど、嬉しかっただろ?」

 「うん……結婚式で使って貰えてるんだね」

 「あぁー、有り難い事にな」


 彼女はいつかの花火を想い出していたのだ。




 昨日は滞在中のホテルのプールでファンに会って驚いたけど……嬉しかった…………音楽が届いてるんだって実感したの。


 毎週土曜日の午前中に開催されるKCCファーマーズマーケットに朝から訪れていた。


 「Your order?」

 「Two juice of watermelon」

 「Thanks for your business」

 「Thank you」


 スイカジュースを飲みながら、屋台を見て回る。


 「たくさんあるんだねー」

 「迷うなー」

 「ガイドブックで見たグリーントマトフライとピザ食べたい」

 「OK」

 「和也は? 昨日言ってたフォー?」

 「あぁー、フォーとアワビにする。注文してくるよ」

 「じゃあ、私も買ってくるから、レジャーシート渡しとくね」

 「分かった。また後でな」


 買い物を先に終えた和也が空いているスペースに、ビーチで使うように買ったレジャーシートを敷いていると、奏が戻ってきた。

 彼女はジンジャーエールも追加で買っていた。二人は並んで座ると、シェアしながら食べ始まる。


 「奏、はい」

 「……外だよ?」

 「大丈夫だって」


 目の前に差し出されたフォークを、戸惑いながらもそのまま口に運ぶ。


 「美味しいだろ?」

 「うん……」


 カフェテリアで……素で食べた時は、かなり恥ずかしかったけど、ここは日本じゃないし……和也も楽しそうにしてるから、いいかな……


 好みが似ているから、和也が美味しいって食べさせてくれるものは、本当に美味しいんだよね。


 「この後は、オーガニックの店を見るだろ?」

 「うん!」


 二人は手を繋いだまま、オーガニックの食材やコスメを取り揃えたスーパーで買い物を終えると、カイルアビーチまで足を運んだ。


 「ーーーー綺麗……」

 「本当だな……もう少し、歩いてみるか?」

 「うん!」


 ビーチから更に十五分程歩き、高級住宅街の小道を抜けると、目の間にはエメラルドグリーンの海が広がっている。


 「わっ……」

 「……更に綺麗だな」

 「うん……」


 海から空にかけての青のグラデーションが、先程のビーチよりも美しく、まるで写真のような景色である。


 彼女が波打ち際を裸足で歩く姿を、和也は撮っていた。


 「和也もやってみて! 気持ちいいよー」


 彼も同じように歩くと、裸足でも痛くない砂浜に驚く。


 「本当だ……さらさら……」

 「ねっ! こんな綺麗な景色を見てると歌いたくなるよねー」

 「奏らしいな」


 人がまばらな為か、自然と口ずさんでいた。water(s)の曲を。


 和也はうっとりと聴き入りそうになる中、静かに動画に残す。彼もまた彼女の歌声で、新たな曲が浮かんでいたのだ。




 美味しい物を食べて、素敵な景色を見て……それをすきな人と、和也と共有できる時間は特別。

 寝ているのが勿体ないくらい…………


 野生のイルカとウミガメを見るべく、朝からツアーに参加していた。ワイアナエハーバーからクルーズが出発すると、幸運な事に十分程でイルカと遭遇出来た。


 ーーーーすごい……こんな間近を泳いでるなんて……幻想的な海の世界が広がってる。

 イルカは水族館でしか見た事がなかったし、海に行くのも小学生以来で……


 次のスポットに着くと、カラフルな熱帯魚やウミガメが近くを通り過ぎていく。


 シュノーケリングを終えるのが、寂しくなってしまうほど……ずっと、見ていられるような世界が広がってる。


 初めて見る世界に、子供のように瞳を輝かせていた。

 ホテルに戻り、シャワーを浴びて着替えると、チーズケーキの有名な店に向かった。料理のサイズが大きい為、シェアをしながら昼食を楽しむと、再び街を散策である。


 ショップは人が多かったりするけど、周囲を気にしないで歩けるのは快適。

 プールでファンに会って以来、日本人に声をかけられる事はないし……本当にハネムーンで、和也と来てるんだよね。


 朝からアクティブに動いた二人は、ホテルのテラスから沈んでいく夕日を眺めていた。


 「……綺麗」


 ーーーー何か……綺麗ばっかり言ってる気がするけど、他に言葉が出てこない。

 何処までも広がっている海も、気持ちのいい気候に咲く見た事のない花も、日本人のリピーターが多いっていうのも分かる気がする。


 「奏、今日も楽しかったな」

 「うん、イルカもウミガメも見れてよかったね」

 「予定結構詰め込んだけど、大丈夫か?」

 「うん、楽しいから……和也は大丈夫?」

 「俺も平気だよ」

 「あっ、沈んじゃう……」


 旅行も残す所、後一日半くらい。

 早かったな……


 「あっという間だったな……」

 「うん……」

 「そろそろ行くか?」


 和也の手を取って椅子から立ち上がると、二人は手を繋いだまま、ホテル内にある樹齢百年を越すキアヴェの下を訪れていた。

 毎夜行われるハワイアンミュージックとフラダンスを鑑賞しながら、夜は更けていった。




 翌朝はパンケーキを食べに移動していた。フルーツがたっぷりと乗ったふわふわのパンケーキで腹ごしらえをすると、家族や友人へのお土産を購入である。


 チョコレートやパイナップル型のクッキーに、コナコーヒー、パンケーキミックス……上げたらきりが無いけど、ハネムーンで来ているから誰に何を買って帰るかはリストにしてきたんだよね。

 スーツケースは、お土産で埋まりそう……


 「結構買ったけど、買い忘れないか?」


 携帯電話のメモを確認して応える。


 「うん、大丈夫だよ」

 「そしたら一回ホテルに戻ってから、奏と行きたい所があるんだけど」

 

 和也が連れてきたのは、意外にも免税店だった。


 「買い物?」

 「そう。せっかくだから、奏の物を買いたい。お土産ばっかり買ってただろ?」

 「うん……じゃあ、和也の買い物もしようね?」

 「あぁー、ここ見たら向かいの建物な?」


 四つ葉のクローバーモチーフのネックレスやブレスレット。日本で買うよりも安いマスカラやリップ、オーガニックシャンプー等のコスメに、スマイルペンダント……と、ほぼ彼女の買い物を和也がしている。彼の表情からも、彼女の物を選ぶのは楽しいようだ。


 「和也! ストップ! 自分の物を見ようよ。メンズのショップに行くよ?」


 今度は奏が和也の手を引っ張るようにして、メンズショップを回っていく。


 「長く愛用出来る物だよね……アクセサリーはピアスくらいだし」

 「そうだな。時計は奏に貰ったし、これと言ってないんだよな」

 「うーーん、鞄か洋服かな? コーディネートするから立って?」


 和也の顔写りを見て、ポロシャツやTシャツ、ボトムスと、服を選んでいく。


 「洋服はこれくらいで、あとは鞄ね!」


 奏も負けず劣らず、彼の物を購入していた。


 「レザーのリュックにする?」

 「あぁー、黒にする」

 「OK」


 彼女の勢いに負け、和也の買い物も終えると、荷物を置きにホテルへと戻り、最後の夜をレストランで迎える事になった。

 ホテルの一階にある店内からは、美しい海とダイヤモンドヘッドが一望出来る。ドレスアップした二人は夕暮れをテラス席で眺めながら、ワインと共にアメリカ料理を楽しんでいた。


 「最後の夜だね」

 「あぁー、また来たいな」

 「そうだね。行きたい所、たくさんあったもんね」

 「明日も朝から動くけどな?」

 「うん、楽しみだね」


 二人の間に話は尽きない。


 「ーーーー奏はさ……ソロで歌いたいって、思った事ある?」

 「ないよ」


 即答する彼女に微笑む。


 「言うと思った……」

 「だって……みんなの音が一番だから」

 「だよな……」


 いつの間にか空には月が出て、夜空を優しく照らしている。彼もデビューが決まった日の事を想い返しているようだ。


 ーーーーーーーーあの日も月が出ていた。

 和也と一緒に暮らし始めて、もう少しで一年経つ。

 water(s)になった……あの日から…………


 彼女がバスルームから出ると、和也はテラスに出てワインを飲んでいた。


 「お先しました……」

 「うん」

 「海、見てたの?」

 「あぁー……夜の海って、吸い込まれそうだよな」

 「分かる……真っ暗だもんね」


 月の光が綺麗に反射するほどに、漆黒の世界が広がっているのだ。


 「……和也はソロでやってみたいの?」

 「あぁー、さっきの気にしてたのか? 言い方が悪かったな……俺もwater(s)が一番だよ。個人的な依頼は、これからも引き受けてるけどな」

 「作曲とかプロデューサー業だよね? 圭介達も個人的な依頼、受けてるもんね」

 「そう、有り難い話だよな」

 「うん」

 「ーーーー俺が今まで曲を作る時…………たとえば、自分が消えてなくなっても、この曲が残ってくれてたらいいんだ……」


 熱のこもった言葉に頷く。


 「……何十年経っても、ずっと誰かが口ずさんでくれたら、聴いてくれていたら……これ程、嬉しいことはないだろ?」

 「うん……いつか、叶うかな?」

 「当たり前だろ? water(s)の曲を、hanaの歌を……世界中何処にいても聴こえるようにする!」


 はっきりと宣言する和也に、羨望の眼差しを向ける。


 「……夢見草を観客が歌った時、奏なら出来るって確信したんだよ」

 「……和也、ありがとう」


 本音を伝え、照れくさくなったのか彼女の頭を優しく撫でるとバスルームへ行ってしまった。


 ーーーー和也が言うと、本当に……私にも出来る気がしてくるから不思議。

 何十年経っても、ずっと誰かが口ずさんでくれていたら、聴いてくれていたら……これ程、嬉しいことはない。

 それは……私がずっと想い描いていた事でもあるから…………和也は、いつも私の道しるべで、夢を叶えていける人……


 「……さっき言ったのは、俺の願望だよ」


 濡れた髪を拭きながら、ベッドに腰掛ける彼女に告げる。


 「必ず叶えるけどな」

 「世界中……何処にいても聴こえるようにする……私も……少しでも近づけるように、歌っていくね」


 一瞬、表情を崩した彼から返答はない。


 「和也? ちゃんと乾かさないと風邪ひくよ?」


 髪を拭く手が止まっていた為、乾かそうすると、ベッドに倒れ込んでいた。


 「……っ、和也?」

 「……奏は本当、裏切らないよな」

 「えっ?」

 「……すきだよ」

 「……誤魔化した?」

 「んーー、それよりいいの?」

 「……っ!」


 バスローブから露わになった、太ももに手が触れる。唇が重なったかと思えば、胸元や手首、太ももと、上から下へと移動していく。

 そのまま二人は重なり、和也に身をゆだねる。甘い声をあげる彼女の耳元で囁いていた。


 「……すきだよ」

 「……っ」


 涙目になりながらも抱きつく。彼に愛されていると実感している彼女は、言葉でも返していた。


 「……すき」




 帰国日の早朝は、ジーパンに帽子やサングラスに、スニーカーと、歩きやすい格好をして、ダイヤモンドヘッドに向かった。最初は緩やかな舗装された道が続いているが、登るにつれてデコボコ道や急な階段と、難易度は上がっていく。狭い通路を抜けると、絶景が広がっていた。ちょっとした山登りを乗り越えれば、ワイキキの街や美しい海が一望出来るのだ。


 「登ってきた甲斐があったな」

 「うん……綺麗……」


 知らなかった景色を見るたびに、想い浮かぶ。

 歌にしたい曲が、流れてくるの。


 彼女は昨日の誓いを胸に抱き、その日の朝日に願っていた。


 必ず……何処にいても聴こえるように、ずっと聴いてくれる人がいるように、そんな歌をこれから……もっと作っていく。

 和也と、water(s)と共に……


 朝日を眺める彼女の横顔に、彼も同じ事を考えていたのだろう。その瞳は、同じような色をしていた。


 旅の最後は、樹齢百年以上のハウツリーの下でエッグベネディクトの朝食。

 朝から動いたから、こんな素敵な朝食が食べれるなんて……また格別。

 お店によって味が違うし、贅沢な時間だよね。

 和也と二人で、いろんな場所を見て回れたんだもの……楽しい事ばかりだったから、また来たいな……

 これからも……同じモノを見て、一緒に感じていきたい。

 今までがそうであったように、これからも……


 五泊七日の新婚旅行が終わりを告げる頃、パラパラと雨が降り始めた。二人がチェックアウトを済ませると、晴れた空には虹が出ていた。


 「和也、見て! 虹ー!」

 「本当だ……」

 「綺麗だね」

 「あぁー、綺麗だな……」


 空に架かる橋に想いを馳せ、いつもの日常へと戻っていくのであった。

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