第64話 ブルースター
「えっ?! おめでとう!」
「スギさん、おめでとう!!」
フェスティバルやレコーディングが終わり、奏達の夏季休暇も残すところ一週間程となった頃、杉本から結婚の報告を受けた。
「籍だけはもう入れてて、十月に結婚式を身内だけでする事になったから一応報告ね」
「わぁー、おめでとうございます! お祝いしなきゃですね!」
「そうだな!」
「スギさん、写真撮ったら送って下さいよ」
「うん……皆、ありがとう」
「奥さんの名前、どういう風に書くんですか?」
「優しいに香るって書いて、優香だよ」
「いつプロポーズしたんですか?」
色々と聞きたい事はあるが、撮影の時間になった為、話は一度切り上げられた。
ーーーー結婚かぁ…………優香さんに実際に会った事はないけど、写真で見る限り可愛い人だったよね。
それに、スギさんがとても幸せそうで……
揃って幸せそうな笑みを浮かべながら、ジャケット撮影に挑む姿があった。
「皆、今日は心なしか笑顔が割増だった気がするわねー」
カメラマンに頷いて応えた彼女は、今も嬉しそうな笑みを浮かべている。
「幸せのお裾分けをして貰ったので」
「あら、スギさんの?」
「はい! 菅原さん、知ってたんですか?」
「それはhana達よりも、長い付き合いだからって、言いたい所だけど……聞いたのはさっきよ? きっと関係者では、皆に最初に伝えたかったのね」
「ーーーースギさん、らしいですね……」
彼女だけでなく、杉本の人柄に納得のメンバーである。
撮影自体はスムーズに進み、帰りの車内で質問攻めに合う杉本がいたのは言うまでもない。
「スギさんにサプライズしたいよなー」
「そうだよね」
急遽、いつもの喫茶店で作戦会議だ。
「身内と数名の友人を呼ぶって言ってたから、電報は送ってもいいよな?」
「あぁー、お祝いの品は後日でもいいから渡したいよな?」
「そうだな。あとはー……俺達っぽいのだと、曲をプレゼントするとか?」
『それだーー!』
和也の意見に全員一致である。
「そしたら、スギさんと優香さんの為だけに曲を作りたいな……」
「そうだな、リリース抜きで作りたいよな。楽曲もヴァイオリンとかチェロ入れて、レストランウェディングに合う感じにしてさ」
一瞬で曲のイメージが湧き、頭に鳴るメロディーがあるようだ。
「……メインはいつも通り奏で、アレンジは皆で、って感じで作ってみるか?」
上手くまとめた圭介に、頷いて応える。
ヴァイオリンにチェロ……弦の音色を想像すると、曲のイメージが膨らんでいく。
結婚をテーマにした曲を作った事はないけど、スギさんと優香さんの記念に残るような音にしたいな……
こうして、water(s)がサプライズを密かに企画している間も、結婚式の準備に励む杉本がいた。
「miya、今いい?」
『あぁー、カフェテリアにいるよ。hanaは?』
「私もいるんだけど、どの辺りにいる? お昼、一緒してもいいかな?」
僅かに混ざる声色を彼が逃すはずがない。
『もしかして、出来たのか?』
「うん!」
『あっ…』
通話が途切れ、周囲を見渡せば、窓際の四人掛けの席に一人で座る彼が目に入る。
「hana、こっちー」
「うん」
席を立って呼びかける和也に駆け寄ると、奏は隣の席に腰掛けた。差し出された手とほぼ同時に、譜面を手渡すが、昼食よりも反応が気になるのだろう。うどんに箸をつけずに彼の言葉を待つ。
ーーーーこの瞬間は、いつも緊張する…………大まかな曲も出来てるから……譜面も見て貰っているんだけど……
「…………なぁー、hana……このタイトルの“ブルースター”って花?」
「うん、そうだよ。ブルースターは、涼しげな青い花だよ? 花嫁が青いものを見につけると幸せになるって、ジンクスにぴったりでしょ?」
そう言って、検索した携帯画面を和也に見せる。
「へぇー、いいな……テンポはやっぱ、アンダンテくらいかー……」
「そうだね。イメージでは、こんな感じ……」
大きな声を発した訳ではない。ただ声を出しただけだが、思わず振り返り、足を止める生徒が続出だ。その歌声を聴きたさに、いつもは騒がしいカフェテリアに一瞬で静寂が訪れていた。
サビの部分を歌う彼女は、ここが大学のカフェテリアだという事を忘れていたのだろう。
歌い終わった直後に気づき、みるみるうちに真っ赤に染まる。
「……ふっ、hanaらしいな」
「ちょっ! miya、気づいてたなら止めてよ」
「その前に歌い出したから仕方ないだろ?」
微笑みながら、彼女の頭に優しく触れると、昼食を取るように促した。珍しく二人とも麺類だった為、少し伸びていると、見た目からも分かる。
ーーーー和也といると、つい油断しちゃう…………気づかずに歌うとか、恥ずかしすぎるけど……スギさんに、届くといいな……
うどんは伸びちゃってるけど、和也と食べているからか美味しく感じる……曲ができた達成感も、あるかもしれないけど…………
並んだまま昼食を取り、それぞれの講義に分かれていく。
「hana、また後でな」
「うん!」
珍しいツーショットに周囲が色めき立っていたが、いつもと変わらずにいる二人がいた。
ーーーー歌詞が出来たから、元々スタジオで練習の予定だったけど……急遽、曲作りに取り掛かる事になった。
どんな曲に仕上がるか……今から楽しみだけど……
「奏が歌う所、見たかったなー」
「あぁー」
「ちょっ! 和也?!」
昼間の出来事を聞いたようで、笑いを堪えた顔が並ぶ。
「悪い、悪い。じゃあ、奏のイメージで弾いてみて?」
もう……絶対悪いって、思ってない。
でも……そんな顔されたら、何も言えなくなるよ。
和也に手を引かれ、ピアノの前に座る。その瞳は、これからの音に期待する眼差しだ。
奏は瞼を閉じて一呼吸置くと、鍵盤に指を滑らせていった。
いつも私達の側で……応援してくれるスギさんに、この幸せがずっと……永遠に続くようにと、願って描いた曲。
どんな曲に仕上がるかは、楽しみだけど……緊張する。
みんなの前で披露する瞬間が一番するけど、少しでも……幸せな時間に、色を添えられるような曲にしたい。
歩くようなテンポに乗せて歌う姿を、和也が愛おしそうに見つめていると、メンバーには分かっていた。彼女の紡ぎ出した歌詞に、歌に、その音色に、魅せられていたのは、彼だけではないのだ。
「…………どうかな?」
歌っている時とは別人のような緊張感が伝わり、頬が緩む。四人は顔を見合わせると、いつものようにサインを出した。
杉本に贈る曲として決定する中、細かなアレンジを五人で進める事となるが、アイディアは尽きないのであった。
杉本は優香のウェディングドレス姿に、笑みが溢れていた。
挙式を終えた二人は、表参道駅から程近いレストランで披露宴を行なっていた。それぞれの親族に、数名の友人を招いたレストランウェディングは、綺麗な花々に囲まれ、終始和やかな雰囲気だ。
water(s)の送った電報が司会者から読み上げられると、杉本は優香と顔を見合わせ、喜び合っていた。
フルコースを食べ終え、宴も終盤になる頃、佐々木が司会者からマイクを受け取った。
「……昇さん?」
「俊彦くんの友人の佐々木と申します。最後に、私達から二人に贈ります……」
佐々木の合図で会場の扉が開き、曲が流れる。
圭介のヴァイオリンと明宏のチェロに乗せて歌う姿に歓声が上がる。よく見れば扉を開けたのはスタッフではなく和也と大翔だ。
「ーーっ、すごい……」
優香から涙が溢れていた。彼らの音色に、その歌声に、感動していたのだ。
『俊彦さん、優香さん、この度はご結婚おめでとうございます!』
揃って告げられ、杉本も視界が滲んでいく。五人が綺麗に一礼すると、佐々木も幸せそうな笑みを浮かべていた。
「二人とも結婚おめでとう……」
杉本と優香は涙を拭い、揃って笑顔で応えていた。
こうして、water(s)が招待客の佐々木プロデューサーを巻き込んで企画したサプライズは、大成功に終わったのだ。
「緊張したねー」
「そうか?」
「もう、みんな心臓強いから」
「hanaには言われたくないなー」 「hanaには負けるよ」
「うっ、何でよ?」
「今日はなかったけど、ステージであんなに動き回って歌うのhanaくらいだからな」
「あぁー」 「確かにな」
「ちょっと!」
みんなにだけは、心臓強いって言われたくない。
でも……歌ってる時は夢中になるから、否定はしにくいけど……
「スギさんが喜んでたみたいだから、良かったって事で」
「さすがkei」
「ほら、帰るだろ?」
五人とも結婚式に合わせ、ドレスアップした装いだ。この後の予定はなく、そのまま解散する流れかと思いきや、徐ろに手が挙がった。
「はーい、何か食べて帰りたい」
「hiro、この格好で?」
「この格好だから、良いんじゃん。普段行かないような所に行けるだろ?」
「そうだけどさ」
「akiはチェロがあるけど、大丈夫?」
「あぁー、平気。タクシー使うんだろ?」
「当然。使わないとスギさんに言われるじゃん」
「そうだね」
「hiro、何処か行きたい所があるのか?」
「六本木のステーキ」
「行く」
「miya……」 「……反応良すぎ」 「即答かよ」
肉好きの和也の反応に、笑って応える。音楽活動でない所でも、団結力の良さを発揮していた。
楽器がある為、奏の乗ったタクシーには和也と大翔の三人だ。同じタイミングで携帯電話のバイブ音が鳴ると、杉本よりメッセージが届いていた。
「わぁー……」
感嘆の声を漏らした彼女は、杉本と優香のツーショット写真とメッセージを幸せそうに見つめていた。
「喜んでくれたみたいで、よかったな」
「うん!」
「幸せそうだよな」
「うん、優香さん綺麗だねー」
「お似合いだよな」
「何か雰囲気似てるよなー」
「うん……」
結婚なんて、まだ想像すらつかないけど……すきな人と、ずっと一緒にいられるなんて……
彼からのメッセージには『みんな、ありがとう!』と、可愛らしいスタンプ付きで書かれているのであった。




