4-2 蜜の惑星-1
僕の住む七ノ蘭から電車で一時間程の、京奈草駅のすぐ近くにそれはそびえたっていた。
IS社本社ビルだ。
「でかっ」
第一印象はソレだった。周りを見渡すと他にもビルは建っていたが、一際デカい。
SSLで儲かっているからだろうか。まぁでも、見たことが無い程、ってぐらいでも無い。超高層、と定義される、60m以上のビルだ。七ノ蘭でも見たことはある。
見たことはある、のだけれど入ったことは無い。……こうして実際にその場に入る、となると、その高さが僕を威圧しているように感じて、息苦しい思いがする。
「大丈夫かな……」
正直ちょっとビビっている。就職活動が本格化すれば、こういう場所にも入る機会があるんだろうが……やっぱその時も緊張するんだろうな。
今日着ていく服装にも迷った。やっぱ社長に会うって言うんだからスーツとかの方がいいんだろうか、とか……でも呼んだのは向こうだし、僕はここの社員でも無ければ就職活動に来たわけでも無いし、なんてうだうだ考えて、結局「カジュアルフォーマル」なんて言われるぐらいの恰好でこの場にやってきた。
――しかし「カジュアルフォーマル」ってどういう言葉だよ。よくわからんよね。
……そんなことは今はどうでもいい。
ぎこちない動きでビルの中に入る。キョロキョロと周りを見渡しながらビクビクして歩く自分の姿はさぞ挙動不審だろう。入口付近にある受付を見つけ、おそるおそる、といった様子で近づいて、そこに座る受付嬢の人……三人いるうちの一人に声をかけた。
「あ、あのー……」
「はい、どうされましたか?」
「えっと、えー……わ、ワタクシ、カギノ・ユウヒと申します……本日、その……」
しどろもどろになりながら話す僕を安心させるように、その受付嬢の人はにっこりとほほ笑んだ。
「はい、カギノ様ですね。お待ちしておりました。話は社長の方から聞き及んでおります。私がご案内致します」
どうやら話は通っているらしかった。名前を言っただけで全て理解してくださったようだ。ありがたや……
受付嬢の人に案内されて、エレベーターでビル内を昇って行く。ポーン、という音がして、エレベーターが止まり、さらにそこから少し奥にある部屋に案内された。
「どうぞ、そちらへお座りください」
「は、はい……」
何やら高級感のあるソファーを勧められておっかなびっくり、という様子で座る。庶民の自分にはおっかない(お値段的な意味で)代物にしか見えない。
そんな様子を見た受付嬢の方は、微笑みながら、
「そこまで緊張されなくても大丈夫ですよ。カギノ様はこちらからお呼びさせて頂き、わざわざお越しいただいたお客様です。どうそ、お気を楽になさってください」
「は、はい……」
「社長に対しても、別に重大な商談をする訳でもありませんし、ちょっとお喋りしにきた、ぐらいの気持ちで大丈夫ですよ、ええ!」
「あ、あはは……」
んなこと言われてもなぁ……そう言っている間にてきぱきと何かを準備していた受付嬢の方。
……あ、お茶か。それを目の前に出される。
「申し訳ありませんが社長が来るまでしばらくお待ち頂くことになります。どうぞこちらでもお飲みになって、お待ちください」
「はい……ありがとうございます」
「では、私は失礼致します……ホント、緊張しないで全然大丈夫ですから、ね!」
ニッコリとほほ笑みながら明るくそう言われた。こちらの緊張を感じ取って、ほぐそうとしてくれているのだろう。
その言葉を最後に、受付嬢の人は部屋から出ていった。
緊張するなと言われてもなぁ。ここはこの会社の来客用の部屋なんだろう。なんか良くわからないけれど、周りにあるもの全部が高そうに見えて落ち着かない。僕は一般的な中流階級の家庭に生まれたただの庶民。故にこんな場所では落ち着かない。
……急に喉が渇いたように感じて、お茶の入ったカップを持ち上げ、口に運んだ。
このカップとかお茶も高いやつだったりするんだろうか?
一気にカップの半分くらいを飲み干したが、味はほとんどわからなかった。
そうやってそわそわしていると、不意にコンコン、というノックの音が聞こえた。
「は、はい!」
返事をしながら椅子から飛び上がるように立ち上がる。直立不動の姿勢である。
部屋の扉が開くと――
そこに立っていたのは、きっちりと切りそろえたショートカットで、ビシッとスーツを着こなした女性だった。そして、その顔を見た瞬間、あっ、と思った。
鋭い印象の目つき。この目つきは以前見たことがある。ノハナ・サエさんだ。その目を見た時、この人が誰か、というのはその人が自己紹介をする前からわかった。
ニコリ、とほほ笑みながら、彼女は口を開いた。
「始めまして。私が、ここIS社の社長の、ノハナ・ミリです。本日はよろしくお願い致します」
そう言い、すっ、と落ち着いたお辞儀をしてきたので、慌ててこっちも
「は、初めまして!カギノ・ユウヒです!」
と慌ただしいお辞儀を返した。
一目で緊張しきっているとわかったに違いない……
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ?私のお姉ちゃんにはもう会ったんでしょう?私は確かにここの社長でもありますけれど、同時に、ノハナ・サエのただの妹でもあります。お姉ちゃんの時と同じように、気楽に接して頂いて結構ですから。ね?」
そう言ってニヤリ、と悪戯っぽく笑いかけてくれる。
正直、貴方のお姉さんの時も気楽ではいられませんでしたけど、なんて思ったけれど、言葉を飲み込んだ。
この人なりに、こっちの緊張をほぐそうとしてくれているのだろうから。
お姉ちゃん、なんて表現をしたのもそういう意図があるんだと思う。
「えーごほん。カギノ・ユウヒさん、あなたは今、SSLであの……[極死の太陽]……特別極まりないそれを偶然にも手に入れてしまったことで、色々なトラブルに巻き込まれていらっしゃいますよね。こちらでもそれは把握しているつもりです。……恐らく、その中のほんの少し、でしょうが」
「い、いや、トラブルなんて……掲示板にこっぴどく書かれたり、変なダイレクトメッセージもらったりするぐらいですから……」
「それに、うちの姉に呼び出されたり、でしょう?……その節は本当にご迷惑をおかけしました。姉に代わり、謝罪させて頂きます」
「いやそんな……別に迷惑なんてかけられてません……逆にお話したくないだろうこともお話しさせてしまって……こちらこそ、申し訳ないなって……」
「……そんな話をして、気に病ませるなんて、やっぱり「迷惑をかけた」って感じですよ、こっちとしては。まったく……お姉ちゃんったら……何というか、カギノさんにあの人は期待しているんですよ、自分の、SSLでのライバルになってくれないかなーなんて……そんな期待を勝手にされても、迷惑じゃないですか?」
「――そ、そんなことは……」
即答できなかった。[極死の太陽]を手に入れたことによる他プレイヤーからの誹謗中傷……正直、辞めればいいじゃん?と思ったことは何度もあるし、最近は特にそう思うけれど、それでも辞めることを決断しきれないのは、やっぱり一番サエさんの話があるからだと思う……
あの時、サエさんと会わなければ……今頃さっさとSSLを辞めてしまって、一々悩まずに済んだのかも……サエさんに悪いと思いつつも、そんな考えがよぎってしまう。
それに、どうやらSSLが原因で、アリマ……友人との繋がりも消えてしまったようだし……
そんな思いが頭をぐるぐる回っていた。
「ノハナ・サエの妹として言わせて頂きますが……姉のあの話を聞いたからと言って、SSLを無理矢理続ける必要なんてありません。ですが……その前に。見ていただきたいものがあるんです。その為に、今日はわざわざここまでお越し頂くことになったのです」
「見せたいもの、ですか……?」
IS社本社で無いと見られないもの、ということだろうか。それは一体……?
「――SSLの全てのデータが詰め込まれている装置……『ハニー・プラネット』です。SSLの産んだトラブルに巻き込まれた貴方には、見る権利があると思います。……というより、是非お見せしたい。――結局、私も姉と同じなのかも知れませんね。自分の都合の為だけに、貴方にお手数をかけている……それはわかっているつもりです。だから、もうSSLに関わるのはやめにしたい、とおっしゃるのならば、ここでお帰りになっても勿論結構です」
「……ここまで来て何も見ないで帰るのも……」
「……ふふふ、まぁそうですけど。ただ、貴方の自由意志に完全にお任せする、ということはお伝えしたかったのです」
SSLの全てのデータが詰め込まれている装置、「ハニー・プラネット」……そりゃ、大層凄いものなんだろう。
「SSLの産んだトラブルに巻き込まれた僕にそれを見る資格がある」という文脈は正直よくわからないが……
――ここで引き返したってしょうがない。見させてもらおうじゃないか。
「……お願いします。その……『ハニー・プラネット』……見せてください」
「わかりました。もちろん、お見せするだけでは無くて、その詳細もお話させて頂きます。――こちらがわかっている限りの情報、ですが」
「……?」
その言い方に妙な印象を感じた。自分の会社が持っているものに関して、わからないことがある、なんてことがあるのだろうか?
とにかく、見てみないと何もわからない。僕とノハナ社長は部屋を出て、エレベーターに乗り込んだ。
目的の「ハニー・プラネット」は、このビルの最上階にあるらしい……




