4-2 蜜の惑星-2
IS社本社ビル、その最上階。
エレベーターの扉が開いて、その向こうから飛び込んできた光景に圧倒された。
高さ3m程の、特殊プラスチックで出来ている長方形の箱状のモノ……おそらくアレは、ホロフォの技術を応用した、旧世代の「スーパーコンピューター」よりさらに飛躍的に性能が向上した「スーパーコンピューター・ネクスト」と呼ばれるものだろう。その処理速度はホロフォの数十倍、とも言われるが、現代の情報処理は、基本的にホロフォで充分、と言われるぐらいなので、その姿を目にすることは殆ど無い。オーバースペック過ぎる代物なのだ。
それがここにある。しかも、複数台、壁回りにズラリと並んでいる。その一つ一つのすぐ傍に机と椅子が配置されている。「スーパーコンピューター・ネクスト」を使った作業用であろう。……しかし今はその内二つしか稼働していないようだ。部屋にも僕らが入ってくるまで、その椅子に座って何かの作業をしているのは二人しかいなかった。
その二人が部屋に入ってきた僕らに気付き、顔を向けてくる。
「や。仕事、はかどってますか?」
そうノハナ社長が二人に声をかけた。
「おー、社長。順調ですよー」
「異常無しでーす。……で、その子が例の?」
気楽な感じの返答が返ってくる。社長に話しかけられているというのにこの緊張感の無さは何なんだろう。
しかし、そのことにはノハナ社長は気にしていないようだ。
「そうそう。彼がカギノ君。まぁ、案内はあたしがやるから。きみたち二人は気にしないで仕事に集中、ね」
「はーい」
「りょーかいでーす」
その「スーパーコンピューター・ネクスト」の一つ一つから、コードが伸びて、中央の異様な物体に繋げられていた。
「な、なんだぁ……コレ……」
思わずそう呟いていた。この部屋の中央には……巨大な、台座に乗せられた真っ黄色な水晶玉のような物体が鎮座していた。
「――この大きい水晶玉のようなコレが……『ハニー・プラネット』です」
そう、ノハナ社長が言った。
圧倒的な存在感を醸し出している巨大な真っ黄色な水晶玉に呆気にとられてしまった。
「じゃ、じゃあここに……SSLの全データが……」
「えぇ。先ほども申しました通り、この水晶玉のような物体……『ハニー・プラネット』にはSSLの全てのデータが詰め込まれています。そのデータを、『スーパーコンピューター・ネクスト』を通して、ゲームとして運営、管理しています。『ハニー・プラネット』の情報処理機能は『スーパーコンピューター・ネクスト』の……少なく見積もっても数百倍はある……と思われます」
「す、すうひゃくばい……」
「スーパーコンピューター・ネクスト」がホロフォの数十倍のスペックで、それでも「オーバースペック」なんて言われているのに、その数百倍だって……?
いくらなんでもオーバーテクノロジー過ぎないか。ホロフォの時点で大概SFじみているのに……そんなモノが実際に作れるものなのか……?
「何だか……現実感が無いですよ……」
そう呆然と言葉を漏らすと、それにノハナ社長は頷いた。
「そうですね……現実感が無いですよ、私達にとっても、ね。――カギノさんは姉から私たちの祖父についても聞いているのでしたよね?」
「あ、はい。SSLを作った人だって……」
「その通りです。そして、SSLを作る、ということはすなわち、この『ハニー・プラネット』を作り出すこともその中に含まれていました。……この非現実的な程のスペックの情報処理機器を、祖父は作ってしまったのです」
「……あの、お祖父さんはこういうのがお得意だったんですか……?」
「いいえ。ただの元消防士でした。……だから、コレを実際に見た時は本当に驚いて……信じられませんでした。ですが、実際にあるのですから、認めるしかありませんでした……」
――なんだそりゃ……天才発明家とかそういうのじゃ無かったっていうのか?滅茶苦茶だ……
「――それだけではありません。祖父は、この中にあるSSLに存在する無数のスキル、フィールド、モンスター……それらのデータを、たった一人で制作したのです。その数は……我々にも把握できていません。『ハニー・プラネット』自体の検証を行ったこともありますが……ブラックボックスになっている部分だらけでして……全く底が見えません。例えば、スキルは今まで我々が検証して把握しているものだけで、億を超える数が存在しているようです」
「お、億!?」
今現在、SSLユーザーに発見されたスキルの数は、84000弱程だ。この『ハニー・プラネット』にあるスキルのデータが億を超えるというのなら、まだまだ全然発見されていないスキルが膨大にあることになる。
そんなとんでもない数のデータのゲームをたった一人で作り上げたというのか。
創作物なんかで、オンラインゲーム……MMOを舞台とした物語は多数存在する。
その中には、いやそのほとんどが、何らかのいわゆる非現実的な……ファンタジー要素を含んでいる。
例えば、ログアウトできなくなるとか。
例えば、死の危険があるデスゲームと化しているとか。
例えば、そのゲームの世界にトリップしてしまうとか……
SSLには、そんな事態は今のところ勿論発生していない。しかし……
「とにかくデータの量が膨大である」
その一点だけで、それら創作に並ぶような非現実さを、SSLは纏っていたのだ……
「信じられないです……」
そうコメントするのが精一杯だった。余りにもスケールが多き過ぎる。
今までの話を信じるのならば、ノハナ姉妹の祖父は非現実的なバケモノみたいなものだ。人間業じゃない。
「そうですね……正直、逝ってしまった祖父をひっつかまえて、質問攻めにしたいですよ、私は。何をどうやったらこんな馬鹿みたいなモノが作れるのかって……」
「……その話……聞いては、いなかったんですか?」
悲し気に微笑んでノハナ社長は言葉を吐き出した。
「一応、質問したことはありましたね……まぁ、それもとても信じられないものでしたが……」
「――その話、聞かせて頂いても?」
そう聞くと、ノハナ社長はふぅ、と溜息をついた。
「――ほとんどオカルトですよ。きっと、何かの比喩か何かだったのでしょう……それでも良ければ、一応お話しますが……」
「……よろしくお願いします」
「荒唐無稽極まる話ですよ?」
「もうこの『ハニー・プラネット』の時点で荒唐無稽なんですけど……」
「その『ハニー・プラネット』自体よりもワケがわからない話ですよ……まぁ、お話しますよ、一応。――絶対に、信じられないでしょうけど」
『情報量』というその一点だけで非現実性を持つSSLがどのようにして作られたのか……
ノハナ社長の語るその話は、確かにとても信じられるものでは無かった――




