番外編
1
「リジー!」
低く穏やかな声が、私の背後から響いた。私が振り向くと、陛下がこちらへ小走りにやって来るのが見えた。
「リジー、散歩ですか?…私もご一緒にしていいですか?」
陛下は、遠慮気味に言った。
「はい。もちろんです」
私が微笑みながら言うと、陛下の表情が一気にぱあっと明るくなり、嬉しそうに私の片腕を取り、自身の腕に掛けさせた。
「では、行きましょう」
陛下は、優しく私の掛けさせた片手に手を重ね、そっと私の歩幅に合わせて歩き始めた。
ー想いが通じ合ってから、こうして公務の合間に二人で、毎日庭園を散歩することが、日課となっていた。
ただ、何の言葉も発せず、静かに庭園を散歩するだけなのだが、私はこの時間が好きだ。今までの、ギクシャクしていたあの頃よりは、さらに関係が縮まった気がする。
私は、庭園の中の、マリーゴールドを見詰めた。
「…マリーゴールドが好きなのですか?リジー」
陛下は、私の視線の先にあるマリーゴールドを見詰めながら尋ねた。
「…はい。ですが、今はもう好きではありません…」
「え?何故?」
「…ふふ」
「???」
私がクスクス笑うと、陛下は首を傾げ不思議そうに私を見る。
「今の私には、もう当てはまらないからです」
「当てはまらない?」
「はい。…今は、カリンという花が好きです」
私は、マリーゴールドの奥に咲いているカリンの所へ、陛下を連れて行く。
「これが、カリン。可愛らしいですね…まるで、あなたのような花だ」
「え」
陛下は、サラッと言うが、私の心臓はいとも簡単に暴れ始める。
「素直ではなく、意地っ張りで寂しがり…けれど、可愛らしくいじらしい、あなたのようです」
陛下の言葉に、私はボンっと真っ赤になり、陛下の瞳を見詰めた。陛下も、愛しげに目を細めながら、私を見下ろし、空いていた片手を私の頬に添える。
ゆっくりと上下に動き、時に耳を掠め、首筋を辿る。私は、ドクンドクンと鼓動が早まるのを感じ、ただ陛下の細められた目を見詰めることしか出来なかった。
「リジー……愛している。やっと、あなたに想いを告げることができて嬉しいです。これからも共に、私といてくれますか?」
陛下は、私の顎に指を添えて軽く上向かせ、目線を合わせて言った。
「……もちろんです」
私は、少し涙を浮かべ震える声を絞り出す。
「リジー……名前を呼んで」
陛下は、ぎゅうっと私を抱き寄せて耳元の近くで囁く。
「…………テオ」
「リジー…あなたに名前を呼ばれると気が狂いそうだ…」
陛下は、何かを我慢するように声を抑え、代わりに私を強く抱き締める。
「テオ…テオ……テオ…」
私は、テオを求めるように抱き締め返し、何度も名前を呼ぶ。愛しさが込み上げてくるように、感情が止まらない。
「あまり、私を煽るな…あなたを大切にしたいから、無理強いはしたくない…」
「……っ…好き…だから、大丈夫…」
私がテオの胸元で囁くと、テオの体がピクッと反応し、私の顎を少し強引に持ち上げ、苦しそうに眉を寄せたお顔が眼前に迫る。
「何を言っているのか分かっている?これでも、必死に我慢しているんだ…私は、独占欲が強い。あなたを壊してしまうかもしれないんだ…」
テオは、ほの暗い感情を漂わせ、私を抱き寄せていた腰を撫で、顎に添えていた指を唇に添えなぞる。
私は、ゾクッと体を震わせ、テオの胸元を両手でぎゅっと掴み、顔に熱が上がるのが分かり、涙を滲ませた瞳でテオを仰ぎ見る。
「っ!もう知らないからな…」
テオは、私の背中と膝裏にたくましい腕を掛け、抱き上げた。急な浮遊感に悲鳴を上げることも出来ず、私はテオの首に慌てて両手を回す。
テオは、急ぎ足で王宮の中に入って行き、強引な仕草なのに私を抱える腕は、守るようにテオの胸元に寄せられる。
私は、ドクンドクンと心臓が狂ったように動くのが分かるが、同時にテオの胸元からも、ドクンドクンと鼓動が早まるのを感じた。
(テオも私と同じように、早い…)
テオは、私を抱えたまま今まで使用したことのない夫婦の寝室へ入る。一直線にベッドへ向かい、私をそうっと優しくベッドの上に寝かせた。
仰向けに寝た私の上に、テオは覆い被さり、体重は掛けずに両腕に力を込めているのが分かった。
「…」
「…」
どちらも無言で、お互いの目を見詰めている。
しばらくすると、テオは私の髪を一房持ち上げ、指を通した。そして、口付けを落とす。
「テオ……」
「リジー…愛している……ずっとこうしたかった…」
テオは私の髪、頬、額、鼻、首筋に口付けを落とす。
そして、再び耳元で愛していると囁かれ、私は涙が滲みテオの首に両腕を回した。
テオも私の体に両腕を回し、ぎゅうっと抱き締めてきた。お互いの存在を強く確かめるために、強く強く抱き締め合う。
そして、テオは私の瞳を覗き込み、唇に視線を注ぎながらゆっくり距離を縮める。テオの端正なお顔が、鼻先まで近付き息遣いがかかったと思うと、唇が重なった。
柔らかく、温かく、じんわりとした熱が私の体を包み込む。少し、唇を離し再び重ねられることを何度も繰り返される。
テオは、次第に余裕がなくなってきたのか、しっかりと唇を重ね、自分の存在を私に分からせようと深く深く唇を重ねる。




