――1章5節 作り物の星空
その夜、三人は「ノア・ドーム」に集まった。中央の電波タワーを囲んで商業エリアが広がる、エデンの象徴だ。
「うおっ、見ろよ! 全部リニューアルされてる!」
リョウが駆け出しそうな勢いで周囲を見回す。ドームの中心では、三百六十度のスクリーンが幻想的なホログラムを映し出していた。
「ほんとだ。前より全然豪華」
アイリも目を細める。
まずはリラクゼーションエリアへ。植物に囲まれた特製のチェアに身を沈めると、安らぎの波が全身を包んだ。
「はー……これこれ。極楽」
「リョウ、三秒で溶けたわね」
「人間、力を抜くのも才能なんだぜ?」
「その才能だけは、世界一ね」
真弦はくすりと笑いながら、目を閉じた。心地よさの中で、それでも胸の奥の小さな空白だけは、消えてくれない。
「……どうした、真弦。考え込んでるだろ」
リョウが片目を開けて言った。こういうところは、意外と鋭い。
「いや。こんなに楽しいのに、どうして満たされないのかな、って」
アイリが、静かに言葉を添えた。
「満足なんて、追いかけたらきりがないよ。どんなに恵まれてても、心のどこかが空くときはある」
「……アイリは、空くことあるのか?」
彼女は少し驚いたように真弦を見て、それからふっと笑った。
「あるよ。だから本を整理してるのかも。誰かの言葉で、その隙間を埋めてるのかもね」
その横顔に、真弦は少しだけ救われた気がした。
「お、湿っぽくなってきたぞ! 次行こう次、VRエリア!」
リョウの声に引っ張られるように、三人は立ち上がる。
ホログラムフィールドでは、宙を舞うボールを追ってリョウが派手に転び、アイリに容赦なく突っ込まれ、真弦は腹を抱えて笑った。
甘く光るデジタルスイーツを分け合い、気づけば夜は深くなっていた。
広場のベンチで、三人は一日を締めくくる。
「今日も最高だったな。好きなもん食って、好きに遊んで」
リョウが満足げに伸びをする。
「うん。……ありがとう、二人とも」
「真弦はいつも固いんだよ。たまにはこうやってだらけろって」
リョウが肩を叩いて、笑いながら去っていく。アイリも「また集まろうね、おやすみ」と手を振った。
二人の背を見送ると、広場には真弦と、ホログラムの星空だけが残された。
「トワ。この星空、どう思う?」
「視覚データとしては、ほぼ完璧に再現されています。……ですが」
「ですが?」
「本物の夜空には、その場でしか感じられない温度や、音や、匂いがあります。それを完全に再現することは、できません」
真弦は、ふっと息を吐いた。
「……だよな。やっぱり、何かが違う」
楽しかった一日の余韻が、潮のように引いていく。
胸の奥のかすかな不協和音を抱えたまま、彼は都市の夜に溶けるように歩き出した。




