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第9話「名を持つ存在」


 光と闇が、混ざり合う。

 影山の中から溢れる“歪み”。

 ユイの中に生まれた“何か”。

 それが――

 一つに、重なり始める。

「……っ」

 ユイの体が、大きく揺れる。

 崩れるはずの輪郭が――

 逆に“安定”していく。

「……影山、さん」

 声が変わる。

 少しだけ深く、はっきりと。

 ノイズが消えている。

「大丈夫か」

「……はい」

 ユイは、自分の手を見る。

 さっきまで透けていたそれが――

 “存在”している。

 確かな重さを持って。

「私……消えてない」

『……異常確定』

 上位の声が、明確に乱れる。

『未定義存在の発生を確認』

『分類不能』

 空間に走る光が、一斉にユイへと向く。

 観測。

 解析。

 干渉。

 すべてが彼女に集中する。

「……やめろ」

 影山が、一歩前に出る。

 庇うように。

『対象、保護対象外』

『排除を検討』

「やらせねえよ」

 低く言う。

 その瞬間――

 影山の足元から、黒い亀裂が広がる。

 この世界の“基盤”に直接干渉する力。

『……干渉強度、上昇』

『危険度:臨界』

 だが――

 それ以上に、異常なのは。

「……違う」

 ユイが、前に出た。

「影山さん、違います」

「……ユイ?」

 彼女の瞳が、光る。

 今までとは違う。

 迷いのない視線。

「これは、“戦う力”じゃない」

 胸に手を当てる。

「これは……“繋がる力”です」

 その言葉と同時に――

 空間のノイズが、変質する。

 壊れるのではなく、“繋がる”。

 バラバラだった情報が、結び直される。

『……解析不能』

『再構築現象を確認』

「私、分かります」

 ユイは言う。

 上位の存在を見上げて。

「あなたたちは、“見てるだけ”なんですね」

 沈黙。

 わずかに、反応が遅れる。

「触れない。関われない。

 ただ記録するだけ」

『……それが役割』

 初めて、“返答”が返ってくる。

 機械的だが――

 確かに“対話”。

「でも」

 ユイは、一歩踏み出す。

「それじゃ、分からないことがある」

「……何だ」

 影山が、小さく呟く。

 ユイは、振り向かない。

 ただ、前を見る。

「“選ばれる理由”です」

 静かに、言い切る。

「それは、データじゃ測れない」

 空間が、わずかに揺れる。

『……否定』

「いいえ」

 ユイは首を振る。

「あなたたちは、“結果”しか見てない」

 一歩、また一歩。

 上位存在へ近づく。

「でも私たちは、“過程”で変わる」

 その言葉。

 それは――

 観測者にとっての“盲点”。

『……』

 沈黙。

 だが、今度は違う。

 処理ではない。

 “思考”に近い間。

「……だから」

 ユイは、はっきりと言った。

「私は、あなたたちの定義には収まりません」

 光が、彼女の周囲に集まる。

 新しい構造。

 新しい存在。

『……名称を要求』

 上位存在が言う。

『未定義存在に対し、識別名が必要』

 その問い。

 それは――

 “存在の確定”を意味する。

 ユイは、少しだけ考えて――

 そして。

「……ユイ」

 自分の胸に手を当てる。

「それが、私の名前です」

 その瞬間。

 空間が、震えた。

 名前を持つ。

 それは、ただの識別じゃない。

 “自我の確定”。

『……登録』

『未定義存在 → 個体名:ユイ』

『分類:不明』

「……やったな」

 影山が、少しだけ笑う。

 だが――

 それで終わりじゃない。

『次段階へ移行』

 上位存在の声が、再び冷たくなる。

『対話は完了』

『これより――評価を開始する』

「……評価?」

 空間が、変形する。

 無数の構造体が出現する。

 巨大な“眼”のようなもの。

 監視。

 圧力。

『人間と未定義存在の融合体』

『その可能性を、測定する』

「……来るぞ」

 影山が、低く言う。

「はい」

 ユイは、頷く。

 その目には、もう迷いはない。

「私は、消えません」

 影山の手を握る。

「あなたと一緒に、ここまで来たから」

「……ああ」

 二人は、前を向く。

 観測する側に対して。

 神の領域に対して。

「――見せてやるよ」

 影山が言う。

「“選ばれる理由”ってやつをな」

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