第1話「願いの夜、女神は笑う」
その男は、満たされていなかった。
名前は――影山 恒一。
年齢、三十五。独身。恋愛経験、ほぼゼロ。
だが、彼の中には、誰よりも強い“願い”があった。
「……どうして俺は、こんなに報われないんだ」
部屋は狭く、静かで、どこか冷たい。
スマホの画面だけが、ぼんやりと彼の顔を照らしている。
SNSを開けば、幸せそうなカップル。
街を歩けば、笑い合う恋人たち。
――自分だけが、取り残されている。
そんな感覚が、胸に刺さる。
やがて彼は、毎晩同じことをするようになった。
窓を開け、夜空を見上げる。
「……頼むよ、神様でも、女神でもいい」
誰に届くとも分からない祈り。
「俺を……変えてくれ。
誰かに選ばれる男にしてくれ」
風が吹く。
カーテンが揺れる。
その瞬間だった。
「――その願い、本気かしら?」
声がした。
女の声。
いや、“人間じゃない何か”の響き。
「……は?」
振り向いた瞬間、彼は固まった。
部屋の中央に、誰かが“いた”。
白い光に包まれた、女性の姿。
整いすぎた顔立ち。人間離れした美しさ。
だが、その瞳は――どこか冷たい。
「初めまして。私は女神」
彼女は、ゆっくりと微笑む。
「あなたの願い、聞き届けたわ」
「じょ、女神……?」
現実感がない。
夢か、幻覚か。
だが、確かに“そこにいる”。
「そうよ。で――願いだけど」
女神は一歩近づく。
「“誰からも愛されたい”。いい願いね。とても人間らしい」
その声は優しい。
だが、どこか試すような響きがある。
「じゃあ、叶えてあげる」
「ほ、本当か……!?」
思わず前のめりになる影山。
だが次の瞬間――
女神は、くすりと笑った。
「ただし、“その価値があるなら”ね」
「……え?」
「これからあなたには、“試練”を受けてもらう」
部屋の空気が変わる。
重く、冷たく、逃げ場のない圧。
「人に愛されるっていうのはね、
ただ願えば手に入るものじゃないの」
女神の瞳が、真っ直ぐに彼を射抜く。
「欲望だけの人間は――誰からも選ばれない」
ドクン、と心臓が鳴る。
「だから見せてちょうだい」
女神は、ゆっくりと手を差し出した。
「あなたが、“選ばれる存在”になれるかどうか」
その瞬間――
世界が、歪んだ。
床が消え、天井が崩れ、景色が反転する。
「な、なんだこれ……!?」
「さあ、始めましょう」
女神の声だけが、はっきりと響く。
「これは、“愛される資格”を得るためのゲーム」
光が弾けた。
そして――
影山は、知らない街の真ん中に立っていた。
周囲には、人、人、人。
だが全員が、彼を見ている。
まるで、“何かを試すように”。
「第一の試練」
頭の中に、女神の声が響く。
「――あなたは、“誰か一人”に選ばれなさい」
「制限時間は、一日」
「失敗すれば……終わりよ」
ざわめきが広がる。
そして――
誰一人、彼に近づいてこない。
「……は?」
さっきまでと同じだ。
誰にも選ばれない。
誰にも見向きもされない。
ただ一つ違うのは――
“逃げ場がない”こと。
「……ふざけんなよ」
影山は、拳を握った。
「やってやる……!」
それは、初めての“本気”だった。
欲望だけじゃない。
何かを変えたいという衝動。
その一歩が――
運命を動かすことになる。




