3-16 帰り道。どうしてそんな顔するの?
どうしよう。
ヤクザさんが狙ってるとか衝撃の事実もたいへんなんだけど、
「今回の一件が落ち着くまで寝泊まりも一緒にしましょう。そらと諏訪君は同じマンションのはずよね? なら、そらとわたしで諏訪君の部屋に行きましょう。朝桐先生、良いですか?」
そんなわたしにとってはもっと上の重大事をさらっと決めてしまった。
「かまわないよ。さっき言った通り、私はしばらくここにいるから私の部屋は好きにすればいい。志穂が良いならそっちでもかまわんさ」
悠子さんはまったく問題ないって感じで、自分の作業に戻ってしまっている。
え、えぇ⁉︎ そんなあっさりで良いの?
「……いや待て。ちょっと待て」
わたしとおなじで驚いてかたまっていたゆうが、やっと口をひらいてくれた。
「なるべく一緒にいたほうが良いのはわかる。うん。その方が安全だと思うし。……けど、何故俺の部屋に泊まるという話に?」
「たとえ同じマンション内といっても万が一もあるわ。なら同じ場所にいた方が互いの安否もわかるし、何かあればすぐに動ける」
ゆうの言葉におきはすぐに答えを返す。それはしごくもっともな言い分なのだけど、なのだけど……。
「だ、だからといって、仮にも男女が一緒に寝泊まりってのは」
「そんなこと言ってる場合じゃないのは諏訪君も理解しているはずよ。それに諏訪君の部屋が良いのには理由がある。諏訪君の部屋なら私達の事情を隠すような相手はいないから、他に気を取られる必要がないわ」
あるよ! 気を取られることある!
「そらは兄と同居しているようだし、何かあった時にそちらに被害がおよぶのも防げるはずよ」
それは、たしかになっちゃんに危険がいかないようにするのは大事なことだけど。
それでも――それでも〜!
ゆうもわたしもおきの隙のない言い分にまったく言い負かせる手段がない。
「……わかった」
結局はゆうが折れてしまって、わたしもおきの言葉にしたがうしかなかった。
それからもう放課後の時間もちかいこともあって、このままマンションへむかうことになった。
ちなみに優奈はそのまま今日は屋敷に泊まって、明日からはツバメさんが優奈の家の近くいることになったらしい。……そういえばツバメさんはどこに住んでるんだろう? 優奈の家の近くってまさか外で寝泊まりするのかな?
と気になることもあるけど、それよりわたしは気が気じゃない。
理由はいろいろあるけど、さっきまで気まずくて内心ではまだどこかで胸がざわついてしまうおきと一緒にお泊まりとか、しかもそれがゆうの部屋でとか、ゆうとっていうか男の子と一緒な場所で寝泊まりとかはじめてとか。
わたしの頭はそっちのことでいっぱいだった。
寝るまでビデオ通話の約束が一気に一緒に寝泊まりにレベルアップしてしまった。
なんだろう、ドキドキしてきた。
どうしよう、大丈夫かな?
思えば友達の部屋に泊まるなんてこともはじめてだ。もちろん寝る部屋はゆうとわたしとおきとで別々ってことにはなったけど。
それはうれしくてワクワクするけど、今はドキドキの方が勝ってしまう。
ちなみに教室においたままだった鞄はおきが持ってきてくれていた。時間も時間だったし悠子さんの研究室に来る前に気をきかせてくれたみたい。
……やっぱりさすがだな。
ざわざわざわ、とまたわたしの中でうごめいている。
「大丈夫か?」
わたしの様子に気づいてくれたのか、ゆうが声をかけてくれた。……ホントにゆうはちゃんと見ててくれるんだな。
「……」
そんなわたし達をおきが見ていた気もしたけど、わたしが見た時には前をむいてたから気のせいかもしれなかった。
それから三人で学校を出て、マンションへの道を歩く。
わたしがまんなかで、おきとゆうがその両隣を歩いていて、なにかあった時に一番運動が苦手なわたしを守れるようにらしい。
たしかにいまだに体力ゼロはぜんぜん良くはなってないけど、なんかいたたまれなくなってきそう。
おきはいたって真剣なんだけど、やっぱり過保護なお母さんみたいになってるかも。
――ちょっとウザい。
ちがうちがうちがう。
おきはわたしの心配をしてくれてるんだ。だから、そんなことを思っちゃいけない。
「どこですか⁉︎」
学校からしばらく来たところで聞きおぼえのある声が聞こえた。
ちょうど住宅街にはいろうとする横断歩道のむこう、そこに目をむけるとこれも見覚えのある――というか知ってる顔がいた。
「おねえちゃーん! どこですかぁ⁉︎」
とこだ。
今日は喫茶店の制服じゃなくて私服みたい。動きやすそうなパーカーとパンツを着てる。ていうか、なんか部屋着みたいにも見えるけど、とこは中学生だしわたし達とおなじでまだ学校にいる時間のはず……。
それに息をきらせてまわりを見ている姿はなにかあったんじゃないかとすぐにわかる。
「あれ、橙子だよな。なんかあったのか?」
ゆうもとこに気づいて、気になってる様子だ。
おきは――、
「そら、諏訪君、行くわよ」
とこのことは気づいていたけど、すぐに行ってしまおうと声をかけてくる。
「で、でも、ほうっていくなんて……」
「そら、私達の状況を忘れないで。不用意に接触したらあの子に危害がおよぶかもしれないわ。あなたも望まないでしょ?」
……それはそうだけど。
やっぱり、おきは冷血なんだ。
ちがうちがうちがうちがう。
これもちゃんととこの身の安全を考えてなんだ。
ただ冷たくしてるわけじゃない。
視線をむけると、とこは必死に誰かを探してるみたいでわたし達がいることにも気づいてないみたいだった。
「俺、行ってくるわ」
そう言ってゆうはわたし達がなにか言う前にとこのところへと走っていってしまう。
「先行っててくれ!」
それだけ言い残しておきが止めるヒマもなかった。
隣でおきがため息をついたのがわかる。
きっと怒ってる。
そう思って、ちらっとおきの方に目だけをむけてみた。
浮かべていたのはちいさな笑顔。
なんで?
なんで、そんな顔してるの?
こまってるみたいな、でもそれがうれしいみたいな。
見たことないやさしい表情。
すぐに目をそらした。
今見たものが意外で、信じられなくて。
あれ? どうしてわたし、こんなドキドキしてるの?
なんで、こんなくるしい、胸の中がいたいような。
「そら」
びくっと自分でも思わず身体が震えた。
わたしを呼んだおきはこっちを見ていなくて、かといってゆうの方を見てるわけでもなく、うつむくみたいに下をむいていた。
「……厳しい言い方をしてしまってごめんなさい。けど、私はあなた達になにか間違いが起きないようにしたいの。あなたや彼になにかあったら――」
みじかいけど、うつむいた顔を見えなくするには十分な長さの髪のせいで、隣にいるわたしからおきの表情はわからない。
それは、それは自分がやらなきゃいけないことにわたし達を巻きこんでしまった責任感? それとも――。
「行きましょう。彼だけ一人にするわけにもいかないわ」
そう言って顔をあげてわたしを見るおきは、わたしの知ってるかすかな笑顔を浮かべていた。
ざわざわざわざわざわ。
わたしの中でうごめいている。
止まらない。
けど、けど、今はガマンしなきゃ。
隠さなきゃ。
おきといっしょにゆうのところへ行こうとして、
「なんだよ、同じ顔が並んでやがる」
不意にわたし達の前にその人は立ちふさがっていた。




