2-26 あいつあんなに強いのか
例えるなら、異常に車輪が肥大したブルドーザーと言えばいいのか。
今までと同様にその姿は巨大で、俺や隠塚の倍以上はある。
その上半身に見える箇所はひょろりと細くしなびた植物みたいに力なく垂れているが、反対に下半身らしい巨大な車輪らしい形をした塊が何個も並ぶそれは下敷きになれば、ひとたまりもなく圧壊されるはずだ。
そのシルエットは姿を変える前の男性にどこか似かよっている。優姉の時は刃物をいくつも生やした姿だった。聞いたとおり元になった人間の姿や内面を引き継いでいるのかもしれない。
とすると、あの校舎裏で出くわした女子生徒のは鳥好きとかだったのかも。
『ゆう!』
そんなこと考えていると、そらの声が響く。
予想通り、下半身の塊達を高速に回転させ、それをタイヤにして――車鬼脅とでも呼ぶべきか、奴は猛烈な勢いで突っ込んでくる。
受け止めるか?
だが、そうするには相手はあまりに巨大で勢いもすごい。しかし、避ければ周囲への被害はひどいことになるのは目に見えている。今もレンガを模した地面を削りとるように進み、その重みもあってか破片が飛び散っている。
隠塚の動きは速かった。どう動くか俺達が迷っている間に瞬く間に相手の懐へと潜り込む。
まさか真正面からぶつかるつもりかと驚いたが、ひらりと舞うように車鬼脅への横手へと回りこむ。
そして、二度目の驚き。
相手の左側面に流れるような動きで回りこんだ隠塚が、その勢いのまま高速に回転する車輪へと掌底を打ち込む。
瞬間、爆裂するように車輪が弾け飛んだ。それは一つだけでなく連鎖するように隣にならんだ車輪にも、その向こうの逆側へも衝撃が伝わっていく。
まったく声もでなかった。
ただの一撃であの巨大な、しかもあんな凄まじい勢いで回転する車輪をほぼすべて破壊してしまったのだ。
驚くなというほうが無理だ。
『……おき、すごい』
俺の中でそらも同じく言葉がないといった感じだ。
しかも当の本人は今、黒い相貌で表情はわからないがまったくの余裕といった様子だ。
……優姉、あんな奴を相手にしてたのか。
あの時に見せていたのはほんの一端。目の前の隠塚の底の知れなさに思わず身が震えるようだった。
側面からすさまじい衝撃に勢いも殺されたのか、車鬼脅は隠塚に打ち出された方向にしばらくすべり、動きをとめる。
隠塚は動きを止めることなく、車鬼脅へと駆けていく。
トドメをさすつもりか⁉︎
『だめ! おき!』
『またすぐに元に戻ります。こちらで動きを止めます故、人に戻すというなら御早く』
俺の中のそらに答えるように隠塚の声も俺の感覚に響いてくる。
今のは――。
『ゆう、行こ!』
とにかく俺達も向かう。
ああ言ってくれてるんだ。なら、俺達は期待に応えるまで!
隠塚の言葉通り、車鬼脅の破壊された車輪はゆっくりとではあるが元の形へ戻ろうとしている。今までと同じく再生するのは皆同じらしい。
しかし、それを許さないと隠塚の今度は勢いをつけた蹴りが流れるように車輪達へと叩き込まれ、その悉くが破壊されていく。
そして、遮るものもなく、俺達は下半身の勢いに飛ばされそうにもなっていた上半身側へと一気に近づく。
こいつから後は鬼脅の穢れを引き剥がす!
触れようとした時、その振り回されるだけだった力ない上半身がまるで粘り気のある液体のように形をなくし、間近に迫っていた俺の身体へとからみつく。
「なんだ――こいつ!」
引き剥がそうとするがぬるぬるとつかむとこのできないそれはどんどん俺の身体をつつんでいき、
「――がぁ⁉︎」
そして潰そうとするように圧をかけはじめてくる。
思わず息を吐き出す声と締めつけられる苦しさが同時にやって来る。
それと同時に、そのぬめった粘液がまるで俺の内側へと染み込んでくるような不快感。
まるで俺という存在を侵し、喰らおうとするような根源的な否定。
その感覚は心臓であるそらへも伝わり、その声のない悲鳴が感じとれた。
『自分を強く保って! あなた達を守る強い盾のイメージを!』
隠塚の声が聞こえたが、それも遠くなりかける。
……くそ!
どうにかしようにも身体も、意識も、動くことができない。
『そら‼︎』
初めてだった。
隠塚が、そらの名前を、『久遠寺』ではなく、名前を口にした。
必死に呼びかけるような――。
まるで俺を覆い守るような強固な外殻。
そんな感覚を感じるとともに、俺達を侵そうとしていた不快感が一気になくなっていく。
内側に染み込んでいた拒絶の意思はもうそらの覆った意識の盾に阻まれている。
『ゆう!』
そらの声に応えるように、俺はその粘液になった上半身が生えている下半身との繋ぎ目に腕をつっこむ。
「やれ、そら!」
俺の呼びかけと同時に、そらの意識が穢れに飲み込まれた男性の意思をひろいあげる。
そして、バキンと音が鳴ったように思えた時にはすでにひび割れた鬼脅の身体から意識を失った男性が転がり出ていた。
男性という核を失った本体が形を持たないぼんやりとした不定形の姿に変わる。
今度は前のようにはさせない。
俺達を守るように覆っていた意識の盾が今度は全身を巡り、一気に力が溢れてくる。
それをそらの意識が束ね、俺の片腕へと集めていく。
「こいつで終わりだ!」
そして、その集まり収束した意思のエネルギーを俺が全力で不定形の怪物へと叩きこむ。
音もなく鬼脅の存在は塵となって、それも完全に消え去っていく。
『や』
や?
『やったぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ‼︎』




