2-27 喜び束の間。あれ、たぶん照れ隠しだ
俺の内側でそらの鼓膜をふるわすような叫びが響く、感覚の中だから耳も鼓膜もないがキーンと響いてくるのは不思議だ。
『やった! やったね! ちゃんとわたし達でできたよ!』
はしゃぐようなそらの声。たしかに前の二回は最後の最後は助けられてばかりだったから、俺達自身の手で人が姿を変えた鬼脅に決着をつけるのは初めてだ。
喜ぶのも無理はない。
けど途中、隠塚の声がなかったら危なかった。あの声のおかげで俺達は助かったに等しい。
『おき、ありがと』
それをそらもわかっていたのか、隠塚に感謝するように口にする。
というかさっきもそうだが、俺の中にいるのに隠塚に声が聞こえてるのか?
「意思を伝える術を学ばれたのですね。とはいえ、彼女の事です。学ばせるというよりは無理矢理覚えさせるといったものであったのでしょうが」
あ、そういえばとそらも言っていたところに隠塚が先回りするように答えを口にする。
どうやら俺があのツバメとやらにボコボコにされている間、そらはそらで志穂さんからなにかを教わっていたらしい。
「いずれは離れた相手に意思を伝えること、特定のものを感じとることも手に取るように行えましょう。しかし、それは過度に用いてはなりませぬ。本来の人の汲み取れる範疇を超え続ければ、いずれは戻れなくなるやもしれませぬ」
同時に警告を口にする隠塚。だが、今までそうしてきたはずの隠塚はどうなのか?
どれくらいの期間、巫としての役目を担ってきたかはわからないが、力を使い続けてきた隠塚自身はその範疇を超えてはいないのか?
「……おきはどうなの?」
気づけば姿を元に戻し、俺から離れていたそらが隠塚の前に歩みよる。
「私のことをお考えになる必要はございません。私は――」
「そんなの考えるに決まってるじゃん!」
そらの言葉に姿を戻さず答える隠塚。だが、それは重なるようなそらの声に止められてしまう。
「いっしょのクラスで、いっしょにご飯食べて、まだそんなにいっしょにいたわけじゃないけど……でも、それでも――!」
そらの声は半分泣いているように聞こえた。
背中越しで、その顔は見えないが、きっとそこにはまっすぐで真剣な表情があるはず。
すごい人見知りをするくせに、知りもしない誰かを助けようとしたり、まだ会って間もない誰かが苦しんでいるのを見てられない。
あいつはそういう奴で、だからこそ俺も今ここにいられる。
「おきのこと、友達って思ってるから!」
感情がたかぶって、声が震えていた。
「だから……だから、わたし……」
その時には隠塚は元の姿に戻っていた。背後にはあの塊みたいなものは浮いていなかったが、その顔は白布に覆われたままだ。
だが、それをそらが勢いよく無理矢理引っ張りとる。
突然のことに隠塚もされるがまま、覆われていた顔を見せる。そらとまったく同じ、長さだけが違う髪がふわりと揺れた。
そこには予想外だったのか、驚いているような、初めてみる表情があった。
「おきがどうしても捨てられない役目があるのはわかる。でも、せめてわたしには顔を隠したり、変な話し方しないで。それから――どれだけおきが嫌だって言っても、わたしおきの力になれるようがんばるから!」
隠塚の目には今のそらがどう映っているのか、少し離れた場所にいる俺からはわからない。だが、じっとその真剣な声から目が離せないように、その場から立ち去るようなことはしなかった。
「だから――だから覚悟してね!」
そう言ってそらは言葉をしめる。
覚悟って、今の流れをそれでしめるのか?
そらも言ってから気づいたみたいで、背中越しでもあわあわしているのがわかる。
「え、えっと覚悟っていうのは、わたしがすごいがんばるから、おきもやることなくなっちゃうっていうか、その――」
何を言いたいのか端で聞いてる俺もわからない。
「――ふふ」
不意に、かすかな小さい笑い声。
必死に言葉を重ねるもやっぱり何が言いたいのかわからないそらに思わずといった感じだった。
「覚悟しろって――訳がわからないわ。どうして、力になるって言ってるのに、私が覚悟するの?」
おもしろくて仕方がないと、くすくすと笑みを浮かべている。けど、それは悪意があるものではなくて、ただただおかしくて仕方がないといった無邪気な笑顔。
初めて見たな、隠塚が笑ってるとこ。
そんな隠塚を前に余計に慌てるそらの様子がやはり背中を向けていてもわかる。
それもまたツボにはいったのか、余計に隠塚は笑みを浮かべて、その声も楽しげなものだった。
「そら」
そして、ひとしきり笑った後、隠塚はそらの両手をとる。
「私は隠塚の巫。その役目は私のもので誰にも譲ることはできない」
だが、発せられた言葉は先程と同じ。けれど、その声と口調はまったく違う穏やかなものだ。
それにちゃんとそらを名前で呼んでいる。
「けれど私一人では限界があって、ツバメ達の力をこれまで借りてきたのもたしかなこと」
そこにはかすかな自嘲がにじんでいる。
「そして、あなたが思っていた通り、私は何人も姿を変えた人間をこの手にかけてきた」
それはまるで自分の罪を告白するように。
「それはどれだけ時間が過ぎたとしても許されることじゃない。それでも、穢れが他の誰かを消し去らないようにするためには必要なことだった」
例え、多くの誰かを救うためには必要であったとしても、そのために奪わざるを得なかった命は隠塚に重くのしかかってきたはず。
それは、一体どれだけの数なのか。
「それでも、たくさんの命を奪ってきた私の力になりたいというの?」
「もちろん」
そらの答えははっきりとしていて、単純で、だからこそ力強かった。
その一瞬、隠塚の顔はまるで泣くのを我慢しているように見えた。
そんな表情はしていないはずなのに、今にもこぼれそうになる涙をこらえているような。
そして、なんで俺はその顔が懐かしいと感じたんだろう。
「……ありがとう」
隠塚は目を閉じて、感謝を口にする。
その胸中がなにを思っているんだろうか。
けど、少なくとも以前までの冷たさは感じられなくなっていた。
「じゃあ――」
そらの声が明るくなる。
閉じていた目を開き、隠塚がまっすぐにそらを見ていた。
「だめよ」
しかし、その口から出たのは変わらない否定の言葉だった。
そらが身を固くするのがわかる。
「私は巫。その役目と姿勢を崩すことは許されない」
ここまできてもやっぱりまだ駄目なのか?
黙っていようと思っていたが、駄目だ。
「けれど――」
思わず口をはさみそうになった時だった。
「私もまだ未熟。だから、自分でも思わず崩れてしまうこともある。――今みたいに」
そうつげて、隠塚はそらの手を離す。そして、踵を返して歩きはじめた。
今のはつまり――。
なにもできずにいた俺だが、固まったままのそらに気づき近づいてみる。
すると勢いよくこちらを振り返ったそらは、
「今のってどういうことぉ?」
半泣きで俺に問いかけてきた。
どうにも展開に頭がついていけてないらしい。ちょうど昨日の俺みたいだ。
「あぁ〜、なんだ、あれは多分……照れ隠しだ」




