2-22 おはようの後の屋上特訓
朝の集まりの後、教室に行くとそこにはちゃんとおきの姿があった。
ちょっとどきどきしながらも、
「おはよう、おき」
「おはよう、久遠寺さん」
さっき会ったばかりなのに朝の挨拶なんておかしい感じもしたけど、おきはちゃんと返事をしてくれた。
ちいさく笑いかけてもくれたけど、それでもなんだか距離を感じてしまったのは、わたしの思いこみなのかな?
おきがわたしやゆうの事をどう思ってるのかはわからない。
けど、わたし達を自分の役目から遠ざけようとしているのはわかる。わたし達も『鬼』になることを認めるみたいなことを言ってたけど、結局今までおきがなんとかしていたことの方が多いはず。
気づいたらさっきの授業までいたはずのおきの姿がいなくなっていた。
そして、わたしの身体に鬼脅があらわれたとつげる悪寒がはしる。
けれど、それはすぐになくなってしまう。
それはまた人が鬼脅に変わってしまったものではなかったけれど、わたしはぜんぜん安心なんてできなかった。
それから昼休み。
ゆうと優奈と一緒に言われていたとおりに屋上へとやって来ていた。
黒装束のクロツバメさん――おきにツバメって呼ばれていたあの人はまだいない。それにしても、おきにもあんな呼ばれ方されてるってことはあの服はやっぱりあのクロツバメをモデルにしてるのかも。
だとしたら……すっごく熱い!
そう考えたらひさびさに興奮してきたけど、今は自重自重。
するとフェンスを飛びこえて、クロツバメさんがやって来た。
「そろっているな」
やっぱり無理してだしてるみたいな低い声。それよりも今、フェンスの外から来たよね?
「……今どこから来た?」
この屋上のまわりには落ちたりしないように金網のついたフェンスが張られてる。その向こうは言わなくてもわかるけど、校舎の壁が見えるだけ。のぼってくる階段なんてないはずなんだけど……。
ゆうも同じことを考えて聞いたんだと思う。
「フェンスの外側からだ」
当然みたいに返事をされちゃった。
「お前達は――階段か。何故、階段を使う?」
それから聞かれちゃった。
「普通はそっちだろ」
思わずといった感じのゆうのツッコミにツバメさんはすこしの間、かんがえているみたいに口を閉じる。
「我々は普通ではない」
それから返ってきたのはみじかい答えだった。
「なぜ階段を使う?」
つまり、わたし達にも普通の道なんてないフェンスのむこうから来なさいと言っているみたい。
たしかにわたし達は姿を変えれば、普通では考えられない高さをジャンプしたりできる。
「それにそちらの方が気取られる心配もない」
「……なるほど。確かに、今のようにいちいち扉の鍵を借りに行く必要もないというわけか」
そんなツバメさんの言葉に優奈は納得しちゃったみたいだった。ゆうはまだむずかしい顔してたけど。
それはわかるけど、なんだか自分が人間じゃないみたいな言われ方で、ちょっと嫌だな。
そんな意味じゃないかもしれないけど、気になってしまう。
「時間は少ない。はじめるぞ」
そう言って、ツバメさんは脇にかかえていたなにか――というか誰かをおろす。
そのちっちゃい姿は志穂さん。朝の時からそのままのパジャマの上からジャージを着たまんまの状態だった。
寝ぼけ眼でクロツバメさんにおろされても、どこか夢の中みたいな顔をしている。すごい、立ったまんまねてる人、はじめて見た。
そんな志穂さんの背中に手をおいたツバメさんがその背中をかるく押す。
「おぉ……おはよう」
ちょっとびくっとしながら、志穂さんはわたし達に寝おきの挨拶をしてきた。
なんだろう、今のは気つけってやつなのかな? ツバメさん、やっぱり達人っぽい。
「先程も言ったが時間は少ない。奴らはこちらの準備など待ってはくれない。だから、実践で覚えてもらう」
かぶり物の下の顔はわからないし、話し方もあんまり感情が見えないけど、その言葉はきびしいものだと感じた。
「しかし、まずは確認をする」
そう言ってツバメさんは鬼脅に関して、確認もかねて説明をしてくれた。
それで聞かされた内容はこんな感じ。
鬼脅は『鬼』と呼ばれる力を持った人間もしくは類する存在以外には見ることも触れることもできない。通常では認識ができない存在である。
鬼脅は人の多い場所に出現しやすい。あくまで比率の問題なので、そうでない場合もある。人間が変化したものは当てはまらない。
鬼脅は夜には現れない。
人間が変化した鬼脅はそうでないものよりも強力である場合が多い。元となった人間の性格や姿を色濃く反映している。
人が変化した個体でなくとも取り込むことで同様となることが可能。
出現し時間が経過するほど鬼脅は強力となっていく。
基本、鬼脅になった人間を元に戻すことは不可能。しかし、現在は諏訪、久遠寺の能力により可能な場合もあり。検証は必要。
ざっくりこんな感じ。
難しい言い回しもあったけど、なんとかわたしもおおよそ理解できたと思う。
「はい!」
一通り説明が終わって、わたしは手をあげた。
「質問か。良い声だ」
ほめられた。
「どうして夜にはあらわれないんですか?」
「奴らは人の意識に引かれて現れる」
わたしの質問にツバメさんはすぐに答えを返してくれた。
「夜――といっても皆が寝静まる時間となるから深夜帯になるだろう。奴らは眠っていたり意識を失っている人間を標的にしない。恐らく奴らは無意識の存在に近いと考えられる。自らと同種のものを除外しているのだろう」
む、むずかしい言い方。でも、とにかく夜はみんな眠っているから大丈夫ということはわかった。
「それでは実践に入る。皇、諏訪、お前達は俺が相手をする。朝桐、そちらは任せる」




