2-21 助けられてばかりじゃ相棒とは言えないしな
……怒っている。やっぱり怒っている。
母親曰く、俺達や鬼脅の行動は誰にも知られることはないが、その結果に対する辻褄あわせはしないといけない。
昔はただ人を襲った妖怪を巫が退治してくれたくらいで済んだらしいが、今はそういうわけにもいかない。
鬼脅の名前を知る人間が一般にはいなくなり、そんな中突然訳もわからぬ大穴が店の壁にできたとあっては大騒ぎだ。
そういった鬼脅による被害やらを隠すのも巫を名乗る隠塚の役目の一つらしい。
つまり、昨日のあれが運転ミスで店に車が突っ込んだと言うニュースになっていたりしたのは今目の前にいる隠塚のおかげ。
多分、一番最初の駅での時もそうだったのかもしれない。
『隠塚』という家は日本屈指の財閥の長。ついでに目の前にいる隠塚は不特定多数の記憶を別のものに思いこませることができるらしいし。
普通では無理だと思えるようなことも可能にしてしまえるのかもしれない。
「……反省しています」
あらん限りに深々と謝罪の言葉を口にした。
俺のしでかした後始末をしてくれたことにそうする以外に今の俺には手段がない。
「……どうか御自愛を忘れませぬよう」
少しの無言の後に告げられた隠塚の言葉はそれまでの冷たさを感じる声ではなく、どこか俺の身を案じてくれているものに思えた。
「今の貴方様では『鬼』となることを認めるのは不安しかございませぬ」
けれどそれも一瞬で、次には厳しい言葉を投げつけられる。
「ゆうは大丈夫。わたしがいるから。だから、わたしもゆうがいるから大丈夫」
そらがはっきりと答えてくれた。そう言いながらも、ずっと握られた手から内心の不安を感じとれてしまう。
それでもちゃんと目をそらさずに隠塚を見るそらに――やっぱり俺は力になりたい。
助けられてばかりじゃ相棒とは言えないしな。
「ところで」
わずかに緊張が走っていた部屋の中に緊張感のない声が響く。
「どうしてそんなのかぶってるの?」
突っ伏しているのはそのままで、顔だけを隠塚にむけた志穂さんが素朴な疑問とばかりに口にした。
え、聞いちゃうの? しかも今?
「……貴方がそれをおっしゃるのですか?」
底から響くような怒気をはらんだ声。そんな声も出せるのかと驚きつつも、いやマジで怖すぎます。
「そのはなし方もすきじゃない。いつもどおりがいい」
そんなすさまじい迫力を前に向けられる本人はまったく気にする様子もない。
ハラハラする。隣のそらも真っ青になっている。
「あんな大穴を開ける必要があったのですか? 彼を助けるためとはいえ、他にやりようはあったはずです」
隠塚は白布をとることはしなかったが、その口調は少しだけだが、さっきまでの変に丁寧なものではなくなっていた。
「しかたない。あそこにいたらきっとおなじことしてた」
しかし、志穂さんは隠塚が顔を隠したままなのが不満なのか、唇を尖らせながら答えている。変わらず隠塚の圧に怯む様子はない。
さすがあの母親の子供とでも言うべきなのか、いや俺も同じではあるんだけど。
まったく懲りない様子の志穂さんに何を思っているのか、表情はわからないが圧はそのままだ。周りにいる俺達のほうが生きた心地がしない。
「あまり周囲に被害を出さないように注意を忘れないでください」
そして不意に圧が消え、そう口にした。
変わらず不満げではあったが、はーい、とまったくやる気のない返事を志穂さんも返す。
俺とそら、優姉がほっとするように息を吐いたのが重なる。母親と黒装束はここまでまったく気にしてる様子はなかった。黒装束のほうは顔が隠れてるからわからないが。
「諏訪様も忘れませぬように」
そう言われてまた深く頭をさげた。
そうして話も終わったとなったところで
「はい!」
そらが勢いよく手をあげる。
「その、わたし、今日までおきがぜんぜん教室にいないの気になってて。きっとみんなを鬼脅から守ってくれてると思うんだけど、今はわたしとゆう、それに優奈もいるからもっと教室にいても大丈夫っていうか、もっといてほしいっていうか」
うまく言葉にできないのか、それでも隠塚のことを気にかけている事だけは伝わってきた。
今日まで俺達が学校にいる時も隠塚や黒装束は鬼脅と戦っていたはずだ。黒装束のほうは普段何をしてるか知らないが、隠塚はほとんど教室にいないと同じクラスのそらから聞いている。
そして、それをなんとかしたいとそらは考えている。なら相棒である俺はそれに手をかすつもりだ。
「それはできません」
だが、隠塚の答えはわかってはいたがはっきりとしたものだった。
「御役目は何よりも優先されること。それを捨て置くわけにはいきません」
「だから、もうわたし達が――」
「貴方方は『鬼』となれますが、御役目はあくまでも『巫』である私のもの。それを譲るわけにはいかないのです」
そう言って立ち上がり、
「ツバメ、後を頼みます」
そのまま部屋から立ち去っていった。
気まずい沈黙が続く。
「あいかわらずガンコ」
そんな中、隠塚の出ていった扉に目を向けながら、志穂さんがつぶやく。
「おきはずっとあんな感じ?」
そらは暗い表情をしていたものの、うつむくことはしなかった。前とは少し変わったように思える。
「ん。ずっと自分でやらないとって意地はってる」
「古くからの家の役目だ。責任を感じるのは仕方がないんだろうな。……とはいっても私の知る隠塚という人間からするとらしくないとは感じる」
そういえば優姉は隠塚と知り合いっぽい感じだったな。
「前々から生徒会に来ないかと声をかけていたんだ。彼女は容量も器量も良い。だから、会長や副会長でなくとも次の中心メンバーとして入ってほしかったんだ。実際、『隠塚』という名前に尻込みする人間は多いが、彼女自身を悪く言う人間はいないしな」
俺は夢の中で会った記憶もなく、あの巫としての隠塚しか知らないからなんと言えないが、悪い奴ではないということだけはわかる。
「……そうだよね。やっぱりそう思うよね。――わたし、おきが一人でしょいこもうとしてるのなんとかしたい。でも、今のままじゃ聞いてもらえない。だから、わたし達でおきがやらなくてもいいくらいに鬼脅をなんとかすれば良いと思うの。だから! だから、手伝ってください!」
身をのりだすように、周りにいる俺達に頭をさげるそら。
「そんなことしなくたって。俺はお前がやるっていうなら嫌でもついてくことになる」
相棒だからな。とは照れくさくて口にはしなかった。
「もちろんだ。いろいろとありはしたが、私も彼女だけが背負いこもうとしている今の状況は良くないと感じる。それにせっかくの縁だ。もっと親しくもなりたいしな」
優姉もそらの言葉に同意してくれる。
後の三人は――。
「いいよ」
相変わらずの緊張感のない声と、
「元よりお前達に助力しろと言われている。異存はない」
低い声の黒装束の答え。
「私はそこまで力になれることはないよ。そっちに関してはお前達に任せる」
母親は肩をすくめていた。
だが、皆そらの意思に添うことは拒まなかった。
まだ会って数日。そんな人間のために、ここまで言えるそらはやっぱりすごい。
たぶん、そらの好きな特撮ヒーロー達のようにそら自身が今なっている。
「でも、おきってどうやって鬼脅見つけてるんだろう? まずはおきより先に鬼脅を見つけないと」
「基本はお前と同じ気配を感じているはずだ。だが、あいつは先の気配を感じとることもできる」
そらの疑問に答えたのは黒装束――ツバメだった。
「先の気配?」
「あらわれる前のやつを見てる。それでその場所にさきまわり」
それって予知ってことか? そらの問いかけにツバメに代わって答えた志穂さんの言葉に驚く。
「そうじゃない。あれがでてくる前にでてくるーってやつを感じてる」
わからん。昨日から相変わらず言葉使いが独特すぎて意味をくみとれない。
「言葉で伝えるよりも実践したほうが良い。――昼になったらそちらの校舎の屋上に来い」
それだけを告げると、黒装束ことツバメは窓から身を投げ、立ち去っていった。……一応ここ二階だよな。
「話はまとまったか? じゃあ、そろそろ行きなさい。遅れるぞ」
そう言われて見ると、朝の始業も間近に迫っていた。ちょっと急がないと遅れてしまう時間だ。
俺とそら、優姉は急ぎ気味に部屋を出た。
志穂さんはというと、また机の上で寝はじめていて、
「がんばれ〜」
気の抜けた声援が背中から聞こえてきた。




