2-11 この後ヒマか? 寄り道しよう
なんというか、どっと疲れた気分だった。
俺はただ見ているだけだったが、正直生きた心地がしなかった。
あんな本気の殺し合いを見せられたら、誰だってこうなる。
巫――隠塚はどうかわからないが、少なくとも優姉は本気の本気だった。あれは冗談抜きに相手を殺しにかかっていた目と迫力だった。
自分の記憶をいじくられたことに頭に来ていたというのもあるだろうけど、多分加減できるほどに余裕がなかったのが本当なんだろう。
それほどまでに隠塚は圧倒的だった。
正直その道のプロでもなんでもなく、勢いだけでやってきた俺とは天と地――いやアリと月くらいの違いのはずだ。
そうして敵わないなりにも顔をおおっていた白布を斬りとばした優姉は一矢報いたというのか、どこかすっきりしたような顔をしていた。
さっきまでの目だけで殺しかねない気迫はもうない。
隠塚が立ち去り、俺達もそのままいるわけにもいかないのでひとまず高校側の校舎に戻ることにした。
とりあえずははだしで動きまわって汚れた優姉の足裏を手当するため保健室へ向かう。
本人は大丈夫と言っていて、実際見せられた足の裏は目立った怪我があるようは見えなかった。元々、稽古とかでなれていたのかもしれないが、それでも固いアスファルトの上をあんな激しく動きまわったんだ。念のためだ。
汚れた足のまま靴をはかせるのもと思い、俺がおぶっていくことになる。相変わらず軽い。
「優姉、ちゃんと食ってるか?」
「食べてる。お前も昼一緒にいただろう」
見た目のわりによく食う優姉だが、そのカロリーは普段の鍛錬や生徒会、ついでにやけに育った身体の一部にまわっているのかもしれない。
口にしたら首をへし折られかねないので、その言葉は内にだけしまっておく。本人としては背丈にまわってほしいと嘆きもするだろうし。
そうして、差し出した俺の背にやたら上機嫌におぶさってきた優姉を運びながら大学側から高校の校舎へと向かっていく。
俺やそらと同様に優姉も同じ力を手にしたと目前にして実感する。
どういう理屈かはわからないが、優姉は自分の身体を刃物に変える。それこそ自分の身体ならどこでもだ。指の先から毛先まで、本人曰くやろうと思えば全身を変えれそうな気もするとのことだった。
姿を変えるというのは俺やそらと同じ。けれど、それぞれ系統みたいなのが違うのだろうか。
とはいえ、先日姿を見た隠塚の『鬼』の姿は俺とそらが変わった姿と似ているように思える。
違っても似たタイプ、みたいなものか?
考えてもわからないのでそれはとりあえず置いておく。それより問題は隣のそらだ。
巫が隠塚だとわかってから、ずっとうつむきがちの暗い表情。俺や優姉の言葉に曖昧な返事だけ返して、一言もしゃべらない。
――クラスメイトが実はあの巫だったとなったら、こうなるのも仕方ないか。
しかも、先日あんな啖呵をきった相手だ。どんな顔で会えばいいという話ではある。
だが、今のそらの様子からはそれだけではない気もした。
……まぁ、おおよその見当はついてるけど。
母親に一応事の成り行きを連絡しておくと、
『はいはい』
実に緊張感のない返事がスマホの通知欄に返ってきた。
あの二人がやり合う原因のひとつを作ったはずなんだが、まったくどこ吹く風って感じだ。
そして、保健室について本人の言うとおりたいした怪我ではないものの多少のすり傷があったりしたので、洗って絆創膏を貼ったりしておいた。
ついでに制服についていた汚れをはらう優姉をよそに、そらの様子はあい変わらずだった。
……どうしたもんか。
この後はひとまず帰るだけだ。今のところ、鬼脅が現れる様子もなさそうだし――いつどこに現れるかわからない奴らにそんな予測、意味はないかもしれないがともかく時間はある。
「この後、ヒマか?」
俺の急な問いかけに、それまで暗い表情だったそらが少し驚いた様子で顔をあげる。
「優姉も時間あるなら帰りにちょっと寄り道してかないか」
「寄り道?」
きれいにした足に靴下をはきながら、優姉が聞いてくる。
「ちょっと疲れたし、うまいもん食うか飲むかしたいと思ってさ。ちょうど良いとこ知ってるんだ」




