1-22 なんか見られてる? マジか、うりふたつ
そんな会話をかわしたのが二日前。
そして、翌日日曜は特になにもなく、これからの学校生活の前にゆっくり備えておけという母親の言葉に従い、俺はあの汚部屋という名の戦場をひたすらに掃除し続けていた。
苦しく……長い戦いだった。
かたづけてもかたづけても、底が見えなくて、何度くじけそうになったか。
どけたゴミの下から名状しがたい虫達が溢れ出た時は、もう情けないくらいの叫びというか悲鳴が出てしまった。
これから寝起きする場所だ。せめて、生活ができる環境にしないと身がもたない。
「た、大変だったね……」
俺の話を聞いて、そらが若干口をひきつらせながら苦笑いをしている。
聞いていた通り、杜人高校の一年として転校してきたようだが、職員室の扉を開けもせず、立ち止まっている姿を見つけた。
声をかけたら素っ頓狂な声をあげて驚いていたわけだが、たぶん緊張してたな。
変に臆病というか、あぶなっかしいくらいに前向きにつっこんだりするくせに激しく人見知りしたり、自分に自信がないようにふるまう。
うまくは言えないが、とりあえず悪いやつではない。むしろ、良いやつなんだろう。
それも超がつくほどのお人好しだ。
そうして一人でもんもんと立ち止まっていたそらは俺という助けを得て、なんとか職員室にて自分の担任と対面がかなった。
俺は俺で、自分の担任に挨拶をしていたわけだが、その教師の顔は俺が見知った顔のものだった。
夢の中では別のクラスの担当だったが、ちょっとばかり風紀にうるさいが生徒からの評判は悪くない。年齢は二十代後半の男性教師だ。
そんな彼は俺のことを今日はじめて会ったかのように挨拶をし、そして俺のクラスが二ーDであることを教えてくれた。
ひとまず教室まで一緒に案内するので待っていてほしいと言われ、職員室の外に出ることにする。
そらのほうに視線をむけると、あわあわとあちらはあちらでこちらは三十過ぎらしい女性教師と顔合わせをしていた。
……けど、なんだ?
なんとなくだが、他の教師達が変にそらを見ているというか……別に悪意があるというわけでもなさそうだったが、気になる素ぶりを見せていた。
「お前ってさ、なんか有名だったりするか?」
俺の後に職員室を出てきたそらにたずねてみる。
きょとんと俺の質問の意味がわからなそうに見返されてしまった。
「……いや、なんとなくまわりがお前のことを見てるような気がしたからさ」
「ゆうも……そう思ったんだ」
本人も気づいていたようで、それもあってかさっきは緊張のせいでしどろもどろだったらしい。
「わたし別に有名になるようなことないっていうか……前はむしろ、ちょっとひきこもり気味だったっていうか……」
指をあわせながら視線をあさっての方向にそらしている。
本人に覚えがないとすると、他に家族のこととか? 例えばあの美形の兄のこととか。
「なっちゃん、たしかにイケメンだけどそれでわたしが注目されるっておかしくない? しかも先生に」
それはたしかに。
「あ、でもね……なんか、先生だけじゃなくて、学校に来てからここに来るまでもよく見られたっていうか——通りすぎる人にちらちら見られてたような気がしたというか」
生徒達にも? じゃあ、やっぱりなにかあるのだろうか?
「……う〜、やばい〜、緊張が〜、変に意識しちゃうよ〜」
だが、どうして自分が見られているのかの理由よりも見られている本人は他のことが気になってしょうがないらしい。
「俺にはそんな緊張してるわけでもないのに、他はダメなんだな」
「だって……ゆうは、なんていうかもうすごい長いつきあいみたいな感じがするっていうか。……相棒だから、さ」
最後は小さかったがちゃんと聞こえた。
相棒、ね。
たしかに今日までまだ三日とはいえ、だいぶ濃い三日だった気もする。
それにあの姿——鎮鬼と呼ばれる姿になって、俺とそらの感覚はまるで一つになったかのようにつながる。それこそ視覚、聴覚、嗅覚、触覚、五感のすべてを共有している状態だ。
それは、人見知りなんてしなくなるか。
「ところでさ」
とそらしていた視線を俺にもどして口をひらく。
「実は昨日、あの鬼脅ってやつのこと、わたし感じたんだ」
「……本当か?」
「うん。なんか、ふわっといるってわかったっていうか、すぐにゆうにも言わないとって思ってたんだ」
と言うからには問題なかったということなのか?
「なんか、いる!って感じたと思ったら、しゅんって消えちゃって——これってさ、悠子さんが言ってた巫って人がやってくれたんじゃないかな?」
なるほど。たしかに俺も昨日は外に連れ出されることもなく、怪物——鬼脅の話もされることはなかった。
巫。この杜人でずっと昔からあの形の定まらない怪物を倒し続けてきた人間達。
ここまで聞いてきた話から考えれば、きっと何代も人を変えて受け継がれてきた役目なんだろう。
それが果たして一人なのか、それとも複数なのか。
それもふくめて遅かれ早かれ会うことになるのだから、その時にまたたしかめれば良い。
「ま、そのうちわかるだろ」
俺の言葉にそらは少しの間、じっと俺のことを見ていた。
「どうしたよ?」
「ん? ん〜と、ゆうが元気でよかったなって」
にかっと笑って答えた。
「なんだそりゃ。俺はいつでも元気だよ」
「また落ちこんだら手にぎってあげるよ〜?」
からかい混じりの笑みを浮かべながら、そらはのぞきこんでくる。
こいつ、気を許した相手にはとことん気を許すタイプだな?
からかいながら楽しげなそらの後ろで職員室の扉が開く。さっきそらが話していた女性教師だ。
すると途端にそらの表情と動きが固くなる。……極端すぎだろ。
その様子になんだか心配になりながらも俺には見送るしかできない。
……またね、と半泣きにも見えるそらが手をふりながら、女性教師の後をついていったが、まるで今生の別れみたいな悲壮感を見せている。お前がこれから行くのはただの教室だぞ。
いや、あんな調子だ。大勢の前で挨拶とか苦手っぽいだろうし。あながちあんな様子になるのもおかしくないのか。
……がんばれ! 俺には祈ることしかできない。
そうして、ふとそらの向かう先に誰かの姿が見えた。
女子生徒だ。そらと同じ制服を着ていて、一年生とわかる。
そして、その姿と、その顔を見て、俺は思わず目を見張った。
とぼとぼと下を向きがちなそらが顔をあげる。
そして、自分の前を歩き、すれちがっていった女子生徒が視界にはいったはずだ。
すれ違う。
そして、思わずといったように振りかえった。
その目は通り過ぎていった女子生徒の後ろ姿に吸い寄せられるように釘付けだった。
俺も驚きと、そらと同じように離せない視線を向けていた。
短く切られた髪を揺らし、上背のある均整のとれた身体はすっと背筋をのばし凛としたいう表現がはまりすぎるくらいだ。しっかりと正面を向き、歩く姿は堂々としているのにどこか奥ゆかしさも感じさせる。
こちらに近づいてくる。
別に俺に向かってきてるわけではない。ただ、向かっている方向がこちらというだけだ。
だが、通りすぎる一瞬、その瞳が俺を見ていたような気がした。
違うのは髪の長さくらい。
その顔は、すでに通り過ぎて離れたそらと、いや顔だけでなく全身の姿形が、
鏡にうつるみたいにうりふたつだった。




