1-21 家に帰ってきたけど帰った気がしない
二度目の戦いをまたもしのいだ後、またしても俺の身体はすさまじい疲労に襲われていた。まるで鉛になったかのような、というのはこういうことだろう。
そらと別れ、車に揺られるがまま、ここまで来た俺だが正直やはり複雑な心境はなくせない。
「家に帰るぞ」
と言われ着いた場所に、どうしても違和感をぬぐえなかった。
……夢であったとしても、俺の家はあの皇の家だ。
けれどもう帰ることもできない場所を思い返しても、しょうがない。
「ともかく今日はここまでだ」
ひとまず話すべきことは全部話したと言わんばかりの母親の言葉に、俺もそらも従うだけだったが正直納得いかないことはまだある。
例えば、昔の俺の記憶がほぼないこと。
今までの記憶が夢だった——というのは、まぁ、いい。だとしてもその夢を見る前、あの怪物——鬼脅に襲われる前の記憶を思い出せないのはなぜなのか?
それに、鬼脅に襲われた人間が消え去ってしまうのだとしたら、同じように襲われた俺がなぜ今ここにいるのか。
「それに関してはすまないが、私には答えようがない。先に伝えたように私はその時、お前の側にはいなかったし、お前のことを知ったのもすでに意識を失った後だった。当時の状況を聞こうにも、その場にいた人間はもうすでにいない」
「いない?」
「ああ。私が聞いたところによれば、お前はその時の巫に助けられたらしい。だが、すでにお前はほぼ喰われかけていて、それを巫が文字通り命がけで助け出した。私が聞いているのはそこまでだ」
「命がけ、っていうことは……」
「ああ。その時、お前を助けたその巫はそこで亡くなったそうだ。……一言、息子を助けてくれた礼を伝えてはおきたかったな」
言葉がでなくなる。
……覚えてもいない。そんな、俺のために命をはってくれた人のことを。
「そう暗くなるな。今、お前はこうして生きて、そして目を覚ました。ならお前がすべきはなんだ?」
「……言われなくても」
わかってる。そんなこと。
「ならいい。私もお前とこうして話すことができて嬉しいよ。本当だぞ」
そうして連れてこられた部屋はそれはまあ惨憺たる状態だった。
母親に連れられやってきたのは杜人市街の中心近いところにあるマンションの一室。それなりに広い家族向けのものらしいそこには、俺達以外にも連れ立って出入りする姿が見えた。
その五階。角部屋だから隣室の音は気にならないぞ、と得意気に語る背を追って、入ったそこは本当に筆舌に尽くしがたかった。
なにをどうしたらこうなる?
いや、俺もそこまで部屋がきれいだったかと言われると、そうでもないが、いやあれは夢だったとかそんなことはどうでもいい、とにかく、とにかくだ。
「きったな……!」
「こら、久しぶりの母と帰った自宅での一言目がそれか」
そんなこと言われても、汚いものは汚い。
放り放題にシャツやらズボンやら——おい下着まであるぞ——くっちゃくっちゃの衣服はまだ序の口だ。
キッチンにはなんでここまで放置したとつっこみたくなる洗わず放置された食器達。おいおい、この牛乳……固まってるぞ。
それにゴミも転がり放題。衛生観念? そんなものは丸めてプレス機で粉砕したと言わんばかりの惨状だ。
……まじか。…………まじか。
「それでだ、お前の今後のことだが、とりあえず学校に行ってもらうぞ。いろいろ戸惑ってはいるとは思うが、社会復帰の第一歩としてまずは復学だ。ちょうど年齢的にもお前は高校生で問題ないしな」
なにか大事なことを言われているが、目の前の惨状のほうがまずは重大事だ。
部屋の扉さえ超えて、ちらかりまくりのここがこれからの我が家になるとか……マジか?
「それと合わせて、例の巫と会えるよう手筈を整えておく。そこで改めて決めればいい」
「……決める?」
「お前がどう関わっていくかをだよ。鬼脅と、お前自身の役目とね」




