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1-16 このままだとたくさん喰われて消えてしまうな

 持っていたミネラルウォーターの小さいペットボトルを思わずといった様子で落とし、自分の両腕で身体をぎゅっと抱きしめている。

「……どうした?」

 明らかに普通ではないそらの様子に思わず、声が出る。

「……わかんない。けど、なにこれ?……すごく、イヤな感じ。これ、知ってる。知ってるわたし」

 わずかに身体を震わせながら、突然そらは振り返り、空を見上げた。

 俺もつられてそらの向けた視線の先を見る。



 そこに浮いていた。不定形の浮遊体が。



 言葉が出ない。

 なぜ? どうして?

 とりとめもない思考が頭の中を流れていく。

 どうして、今ここにあれがいる?

 そこにいたのは昨日、俺とそらが出会したあの形のはっきりとわからない不定形の怪物だった。

「ああ、もしかしているのか?」

 俺とそらの様子を見ながら、母親が口を開いた。何事もないようにコーヒーを飲んでいる。

「すまないね、悪いが私にはわからないんだ。たぶん、見ている方向からこのコンビニの上あたりだとは思うんだが……うん、やっぱりだ。なにもいない」

 俺とそらの見上げる方向を同じように見上げ、困ったかのように肩をすくめた。

 今はそんな場合じゃない。

「さて、それじゃあ昨日の続きに入ろうか」

 そんなことを口にしながら、母親は懐からなにかを取り出し、耳にとりつけた。それは小さなケーブルのない無線のイヤホンだった。

 そして、自分のスマホをとりだしながら、それを操作するように車にもたれる自分の前に置く。

「さっそくで悪いんだが、まずは目の前にいるそれをなんとかしてもらえるか?」

 そして、さも簡単な用事を頼むように俺とそらにつげた。

「……なんとかって」

「できるだろ。実際、昨日はできたはずだ」

 俺の困惑につきはなつような母親の言葉。

「……でも、どうしたらいいかなんて、わたし達わからない」

「それはなんとかしてもらうしかないな。私もどういった方法で行われるのかはわからないからな」

 そらの懇願のような問いかけも一蹴されてしまう。

 そんな間にも浮遊体はふらふらと眼前の上空、ちょうどコンビニの少し上あたりから徐々に移動しはじめている。

 その方向には休日に出歩く多くの人の姿があった。

 やばい。

 このままだと、確実にあれとぶつかる。

 あれの標的にされて、つぶされる。

「そうか、あっちに向かってるのか。それはまずい。けっこうたくさんいるからな。休日で人の出も多い」



 このままだと、たくさん喰われて、消えてしまうな。



 その言葉に思わず、母親の腕をつかむ。

 まるでそのことをなにひとつ感じることのないかのような言葉に、つかむ手の力が強くなる。

「今、敵意をむけるのはわたしじゃないだろ?」

 それでも余裕の態度をくずさない母親。そして、その言葉が事実であることをいくら血がのぼったとはいえ、俺もすぐに理解できた。

 無言で手をはなす。

 そらは変わらず、浮遊体を見ている。

「なんとかしなきゃ……でも、どうやって? あの時みたいにするって、どうしたら?」

 1人でつぶやきながら、必死に考えている様子だった。

 そうだな……今やるべきはそっちだ。


「こいこがれしけがれをまとう」


 母親が不意につぶやいた。

 俺とそらが同時に振り向く。

「昔話の一説だ。


 我ら巫に問う。

 汝、いかにして『鬼』となりしか。

 我ら、けがれを纏うものなり。

 けがれより申し給う声ありて、我ら自らを『鬼』とするものなり。

 こい、こがれし、けがれ、まとう。



 後は考えろ」

 語り終えて、母親は再びコーヒーを口にする。

 そんなもので、なにをわかれっていうんだ。

 焦りだけが、増してゆく。

「声……そうだ、声。聞いたよ、わたし」

 そらが俺を見て口にする。

「ゆうも聞かなかった? あの時、わたしを守ろとしてくれたゆうの力になりたって思った時——いきなりゆうの中に吸い込まれるような感じがして、その時に聞こえた」

 声? あのモールで無我夢中だった時、あの黒い姿になった時……声なんて……ただあの時はとにかく必死で、そらを守ろうと。

 わからない。

 俺は……声なんて聞いていない。

 ただ、ひとつ試してみたいことはできた。

「そら、今から俺があれの気をひく」

「な……なに言ってるの⁉」

 俺の言葉にそらが驚く。それはまぁ当然だろうな。

「とにかく今のままだと、あれはあっちの人通りにぶつかる。それで今までの話どおりなら、たくさんの人がやられる。それは……ダメだ」

「だからって……そんななにもわからないのに言ってもやられるだけだよ!」

「だから、お前は俺の力になりたいって思うんだ。悪いが、俺は昨日、声を聞いたなんて覚えてない。けど、今のお前の話だと、俺がやられそうになった時にお前が俺を助けたいって思ってくれたから、あの姿になれたんだろ? なら、同じことをしてみる」

 止めようとするそらの制止をきかず、俺は足を前に出す。

 ふよふよと浮きながら、果たして意識的なのか向かっている人通りとの間になるように進んでいく。

 今は迷っている暇はない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昔話になぞらえて、けがれを纏って鬼になるとか、いかにもオカルト伝奇ぽくて胸熱です!
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