旨味と苦味
フリーシア王国の北、世界最北部の島の地下施設で一人の漢女が歩いていた。多少服に汚れ等が見受けられるが傷は無く、足取りは普通に目的の部屋へと目指す。
やがて目的の部屋へ着き、ノックも無しに入った。
「レフィト」
薄暗い部屋をコツコツと足音を鳴らしながら、ゴルトラは部屋の主に声を掛けた。
手に入れた邪神の欠片を机に置き、黒髪赤眼の男は声を掛けた人物に目を向けた。
「なんダ?」
「あの子、生きてたわよ?」
「あの子?」
「異世界から来た子よ」
「何?」
異世界から来たと言えば思い当たる人物は一人しかいない。当初は目的の為に利用するつもりだったが、目的を阻む存在であることが判明した為にレフィトの手でその命を奪った筈だ。
「私の手で殺した筈ダ」
「そうは言っても、生きていたのよねえ。あっ、ちゃんと私の手で殺したから安心しなさい」
「......」
「どうしたの?」
「詳しく調べた方ガ、良さそうダ」
「調べるってあの子を?」
「あア」
確認した方が良いだろう。一度殺したにも関わらず生きていたのだ。また生き返っていたとしても不思議ではないのだから。
「キュラス」
「此処に」
黒いフード付きのローブを身に纏った剃髪の男が何処からともなく現れた。
「あら、久しぶりね。元気だったかしら?」
「お久しぶりです、ピンキー様」
「ふふふ、わかってるじゃない」
漢女はゴルトラと呼ばれなかったことに笑みを浮かべた。
それを横目にレフィトはキュラスにユウジのことを伝えた。
「ではキュラス。頼んだゾ」
「承知」
一礼した後、キュラスは忽然と消えた。
キュラスが消えたことで特にすることがなくなったゴルトラは机の上の邪神の欠片を手に取り、口を開いた。
「また一歩近づいたわね」
「あア、もう少しダ。それに実験の方もナ」
「ええ。ただ残りの欠片の内、特に面倒なのがあるわね」
「戦力が集まればどうにかなるものもあるガ、最後の一つハ...」
「どうすれば手に入るのか分からないものね...あの娘は何か視ていないの?」
あの娘とは、彼らの目的に沿う未来を手繰り寄せる為の予知が出来る人物のことだ。彼らは彼女の予知によって今まで数多くのことを成すことが出来た。
「具体的には視えていないようだガ...」
「だが?」
「自ずと手に入ると言っていタ」
レフィトの頭にその予知を視た時の瞳から雫を流し、哀しげな顔をしていた彼女の姿が思い浮かんだ。彼女は何故自分が泣き、哀しい顔をしたのか分かっていなかった。
彼女が訳もわからず哀しむ姿についてレフィトは検討がつかない。一体その時に何が待ち受けているのか。
「そういうことなら他の欠片ね。先ずは戦力の確保かしら?」
ゴルトラの問いでレフィトは意識を戻した。
「あア。出来ることなら戦いは避けたいところだがナ」
「そう?私は楽しみよ。なにせ一度も闘ったことない生物ですもの」
邪神の欠片を机に置き、ゴルトラは「鍛えてくる」と言って部屋をあとにした。
残されたレフィトは置かれた欠片を見つめながら、最善の道を自分達が進めるよう誓った。
スタンピードを終えて数日が経った。亡くなった人々や怪我人、実績を上げた人物達への報奨等が終わり、城内の慌ただしさも消えた。城から出ることを許されていない為に城下ではどうなっているかは見ていないが、普段通りの日常を過ごせていると耳にしていた。
「小僧!考えごとなぞせんと向かってこんか!」
そのお叱りの言葉と共に、俺の目の前に獣の耳を生やしたジジイが現れ、俺を地面に叩きつけた。メキメキと地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、衝撃が俺の全身に伝わった。
叩きつけられた時に出来た怪我が治るのを実感しながら俺は立ち上がり、元凶の人物に目を向けた。
長く伸ばしたその白い髪を後ろで括り、髪と同色の髭を生やしつつ、年齢からは考えられない程の筋肉が服を押し上げるジジイ。その名はグレゴリオ・ライズ・ファシュトリア。フリーシア王国南東部に位置するファシュトリア帝国の先代皇帝だ。
そんな人物が何故ここにいるかといえば、皇帝の座を息子に譲ったことで暇だったジジイがスタンピードで闘うことで暇を潰せると思い、ファシュトリアからの救援と共に来たからだ。
「あー、じい様?」
「なんじゃ?」
「休憩しません?朝からずっと鍛錬してますよ?」
俺は目の前の先代皇帝から直接指導を受けている。指導といってもひたすら俺がボコボコにされ、時折反撃に打って出ればボコボコにされるだけだ。そして今日に至っては明け方に叩き起こされ、そのまま日が真上に来た今までずっと休憩も無しにボコボコにされていた。
幸いと言っていいかは分からないが、傷を癒やすと同時に腹も減らず喉も乾かない。しかし、流石に延々と続けられると精神的に参る。自分が人であるという実感が湧いてこなくなるのだ。
「ふむ」
目の前のジジイは空を見上げ「確かに日が高くなった」と言うと、休憩にすると言ってくれた。
ようやく得られた休憩に心の中で喜びながら、「飯にするか」と言ったジジイと共に演習場をあとにして食事が用意されている場所へと向かう。
「小僧、自分が狙われる身だと分かっておるのか?」
「分かってますよ」
黄色い瞳で見られながら、俺は答えた。
「それにしては全く進歩しておらんぞ?」
「俺には闘う才能が無いかもしれませんね」
「魔力もほぼすっからかんじゃしな。闘えるようにする為、直々にボコボコにしておるのに...」
ジジイ以外のファシュトリアから来た人々は殆どが帰ったにも関わらず、未だにケモノ耳ジジイが何故この国にいるかといえば、折角来たにも関わらずスタンピードが早々に解決したことで、存分に闘うことが出来ずに不完全燃焼で終わったジジイがこの国に居れば俺を狙う者達と闘えると考えたからだ。
因みに俺を闘えるようにすると言っているが、壊れない俺という玩具で遊んでいるだけだ。数日間関わって分かったが、ジジイの頭の中には闘うことと食うことぐらいしか頭にない。
「今日も肉じゃな」
「じい様がそうしろって言ったんじゃないですか」
演習場横の俺達専用に置かれたテーブルには氷漬けにされた肉塊が置かれていた。勿論このまま食べる訳ではなく、側に控えている料理人が料理してくれる。
「今日はなんの肉ですか?」
「フォレストボアの熟成肉になります」
「おお〜」
フォレストボアは四足歩行の魔物で、人を襲いはするが喰うことはしない為、食用として出回る魔物らしい。因みに人を喰らう魔物を食べることは禁止されている。倫理的な観点という理由もあるが、人を喰らった魔物を食べると早い人では半年から2年程で確実に死んでしまうらしい。理由としてはある種の共食い状態になるからだとされている。その為、人を喰らう魔物を討伐した場合は魔石以外を燃やして灰にし、肥料とするらしい。
「では、焼いていきます」
料理人の手によって氷が溶かされていき、赤い肉が露わになる。それを切り分け、魔道具によって熱せられた鉄板の上で焼かれていく。肉の焼ける音と匂いが五感をくすぐる。
「良い匂いじゃ」
目の前で座るジジイがケモノ耳をピクピク動かしながら、嬉しいそうに言った。厳つい爺さんのケモノ耳が動く様子は需要があるのだろうか。
ある程度焼き色がついた後、一口サイズに更に切られ焼かれていく。
焼き上がり、皿に盛り付けられ、事前に用意されたソースをかけられる。皿の脇に申し訳程度の野菜が乗せられた後、目の前に置かれた。
「おかわりはありますので、申し付けください」
「おかわり」
「はえーなじい様」
早々に一皿目を食べ終わったジジイに呆れつつ、俺も肉を食べた。しっかりと処理されている為に臭みが無く、旨味が口に広がる。香味野菜をベースに作られたソースが更に美味しさを引き上げていた。
「今日も美味しいです」
「お口に合いなによりです」
その後、俺は三回目のおかわりで食べるのを止め、食後のコーヒーを飲んでいた。元々コーヒー豆を使った飲料はあったそうだがあまり普及されていなかったらしく、それを昔の異世界人が嗜好品として広めたらしい。
「ふう。食った食った」
満足そうに腹をさすりながら、ジジイが感想を漏らした。
「休憩の後はまたやるかの」
「分かりました」
「なんとなくじゃが、小僧を本当に殺す気でやった方が良いかもしれんな」
「......」
「なんじゃその顔は?」
「安全な場所でそんなこと言われたらこうなりますよ...」
「まあ安心せい、ワシの準...小僧の身のためじゃ」
準備運動って言いそうになったな、このジジイ。
暫く休憩した後に行われたジジイの準備運動は、俺の首を引きちぎるといった治癒するか分からない攻撃はしないが、幾ら死なないとはいえ周りで修練に励んでいた騎士の皆さんが決死の覚悟で止めに入る程に酷いものだったらしい。
因みに俺にその時の記憶はない、あるのは昼食のフォレストボアの旨味と食後のコーヒーの苦味だけだ。




