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第10話 奪われたリモコン Bパート

アイキャッチ


「神鋼魔像、ブレバティ!」

 それにしても、である。「残念」という言葉が真っ先に出てくるのは、その挙動だけが原因ではない。以前にも見ているのだが、決してフィーア少尉の顔の造作は悪くない。どころか、単純に美醜だけで言うなら、ホムラ様は別格として、クーやリン以上の美少女ではあるのだ。ただ、どう考えても服装が合ってない。本人の醸し出す雰囲気に、非常に…いや、あえてこう書こう。非()なまでに似合っていないのだ。


 特に、その目つき。最初に会った時こそ虚ろだったが、それ以降は常に強い意志力が込められている鋭い目。前に見た軽装鎧姿なら「鋭い目つき」で済んでいたのが、このコスプレ服だと「悪い目つき」にクラスチェンジしてしまっている。…今度、カイにも服装変えるようにアドバイスしてみようかな。あいつの目つきの悪さも服装次第で改善できる可能性があるように思えてきた。


 とにかく、歌姫のコスプレというのが恐ろしく似合わないのである。同じ衣装でも、リンなら耳の形が尖っていようが、それこそピタリと着こなすはずだ。その一方で、クーが着た日には、フィーア少尉以上の違和感だろう。ヒカリ? あいつは着こなすな。自分の雰囲気の方を変えて着こなすくらいの事はやらかすだろう。同じ顔していてもリーベには無理だろうな。それに、マーサさんも似合いそうもないなあ。


 と、そのマーサさんはどうしているかと思って振り返って見たら、案の定というか、眼を見張って硬直していた。さもありなん。と、僕の顔を見て正気を取り戻したらしく眼が動き出したので、僕の方もガラス越しに店内をちらりと見て、奥にある化粧室(トイレ)の方に視線を移す。マーサさんなら理解するだろう。


「あ、ごめんなさい。ちょっと汗で化粧が落ちちゃったから直してくるわね」


 うん、分かってくれたようだ。


「待ってますので、どうぞ、ごゆっくり」


 と席を立ったマーサさんに声をかけてから、フィーア少尉(ツインテール)に向き直って声をかける。


「それは光栄だね。だけど、見ての通り変装しての散策中なんだ。名前は呼ばないでくれるかな?」


「は、はい、わかりました」


「ありがとう。まあ、座ってよ。せっかくだから、少しお話でもしようか」


 残念ツインテールにも席を勧めながら椅子を引く。その時、頭の中に声が聞こえてきた。


『聞こえますか、ノゾミ君?』


『聞こえます。こちらの返事は聞こえますか?』


 マーサさんが店内で念話(テレパシー)の魔法を使ってこちらに連絡してきたのだ。にしても、本当に魔力制御が上手いなあ。この近距離だから魔力感知はできるのに、他の人たちの魔力に紛れて全然目立たない。…そういや、残念ツインテールの方は、魔力隠蔽(シール・マジック)は逆に目立つ可能性が高いから使わないのはともかく、自分の魔力を隠そうともしてないよ。やっぱり潜入工作向きじゃないタイプだな。


『大丈夫、聞こえるわ。それにしても、()()、何を考えているのかしら?』


『見当もつきませんが、ここですぐ捕らえるのは下策かと。しばらく付き合って様子を見るので、マーサさんは父さんか母さんに連絡して、臨戦態勢を取らせてください。休暇中にすみませんけど。あと、デートの続きはまた今度ってことで』


『了解。無理はしないでね。暗殺目的ではないだろうけど』


『アレで暗殺ができると思っているなら、世の中嘗めすぎです。以上(オーバー)


『まったくよね。あ、次回のデートのお誘い、楽しみにしてるわよ。以上(オーバー)


 マーサさんが化粧室内に消えるのを視界の端で確認しながら、手でウェイターを呼ぶ。


「せっかくだから、飲み物くらいはおごるよ。ところで、名前を教えて貰ってもいいかな?」


 普通のファンに向けるサービス用の笑顔をまといながら問う。結構練習したんだよ。前世の某ハンバーガーショップじゃないけど、0円(タダ)笑顔(スマイル)味方(ファン)を増やせるなら、これ以上効率的な事はないからね。今回は相手こそアレだけど、同じようなシチュエーションは既に何回か経験してる。さすがに毎回飲み物をおごったりはしないけど。


「フィ、フィーナと申しますっ!」


 顔を真っ赤にして恥じらいながら答える少尉。あれ? 大根かと思ってたんだけど、これは随分上手に演じてるな。それにしても、偽名になってないよ。いや、呼ばれた時に咄嗟に反応しやすいのは本名に似ている名前というのは分かるんだけどね。


「いい名前だね。僕の知り合いにも似たような名前の人がいるんだけど」


 もちろん皮肉であるが、口調と雰囲気はファン向けの柔らかいモードで言う。


「そ、そうですか、ぐ、偶然、ですね」


「そんなに緊張しないでよ。あ、何を飲むかな?」


「い、い、い、いえ、き、き、緊張なんて、し、し、してま、せんよ。オオォオレンジジジュース、いいいですか?」


「オレンジジュース2つ追加ね」


 ウェイターに追加オーダーを頼む。それにしても、大根というか緊張過多というか、この様子を見るだけでも、どう考えても潜入工作向きじゃないだろう、こいつは。誰だ、こんな妙な人選をしたのは? …1人しかいないな。リヒトがこんな事をさせるとは思えないんだから、今の()()()()しかいないだろう。


 にしても、ちょっと僕が笑顔を向けるだけで、顔を真っ赤にして恥じらうのはなぜだ? さっきから見てるお化け大根な演技力からすると、これは素の反応のはずだ。今の僕は、ちょっと女顔ではあるものの、外見上からも優良物件であることは確かではある。だが、一般人を陥落させるのはともかく、明確に()であるこいつに効くほどとは思えない。第一、この顔によく似た顔なんか、2人の上司で見慣れているはず…あ!!


 それか! リヒトのことだから常に仮面かぶってるかもしれないが、それでも部下にくらいは素顔を見せたことがあるはず。こいつ、リヒトに惚れてるのか。明確に恋愛感情までは行かなくても、憧れくらいはあるはずだ。それで、よく似た顔の僕の笑顔にやられているんだな、きっと。


 …もう1人の方の上司に百合な恋愛感情を抱いてるわけじゃないよね? ()()()は、ノーマルな恋愛物も好きなくせに、腐ってる所もあるからなあ。この世界の腐り物は騎士団か修道院が鉄板~というのを他ならぬ ()()()のコレクションで知った~なんだが、 ()()()は修道女の百合物まで好物にしてるんだから、部下に百合的好意を寄せられたりしたら、平然と食っちゃったりするんじゃなかろうか?


「ごめんなさい、お待たせして」


 思わず、怖い考えになりかけた時に、マーサさんが戻ってきてくれた。


「いや、いいですよ。こちらは、フィーナさんです。こちらは僕の同僚のマーサさん」


「はじめまして、フィーナさん」


「は、はじめまして」


 一応同席するので紹介したのだが、マーサさんに対しても挙動不審な残念ツインテール。お前、潜入工作するなら、もう少し演技力を磨け。


「あ、さっきのお誘いなんだけど、ごめんなさいね。実はクラリッサと映画の約束をしてたのよ。もうすぐ待ち合わせの時間だから、そろそろ失礼するわね。ごちそうさま。おいしいお店を紹介してくれてありがとう」


 おっと、残念ツインテールに声をかけられる直前に誘ってたんだった。それを断ってこの場から去るための適当な言い訳を考えてくれたらしい。なお、動画の録画魔道具が存在するこの世界では、当然映画も存在し、標準的な娯楽として楽しまれている。


「そうですか、残念ですね。おいしかったなら何よりですよ。クラリッサさんにもよろしく」


「それじゃ、またね」


 さわやかな笑顔と共に歩み去るマーサさん。ちくしょー、午後もデートしたかったなあ。何でこんな残念ツインテールのために、せっかくの休日デートを潰さなくちゃいけないんだ!?


 しかし、こいつの狙いが分からない以上、手を抜くワケにはいかないのだ。さっきマーサさん用に立案したデートプランのうち、今度はこいつ向きのプランはどれか検討する。とは言えど、プライベートな好みはよく分からないのだから、無難系でまとめるしかないか。


「残念、ふられちゃったよ。代わりに、と言うと失礼だろうけど、もし暇なら一緒にどこかに行かない?」


 うおぉ、自分で言ってて嫌になるくらい、ただの軽薄ナンパ男だよ! 普通なら絶対についてこないぞ、こんな手抜きのお誘い。まあ、今回は任務上絶対についてくると分かってるからこそ、ここまで手を抜いたお誘いができるワケだけど。


「よ、喜んで!!」


 声の調子が内容を裏切ってるよ。デートのお誘いじゃなくて果たし合いを受ける時みたいな顔になってるし…いや、()()を考えれば間違いでもないのか。ハニートラップのつもりなら、表情は無理でも、せめて声だけでも嬉しそうにして欲しいモンだけど、この残念ツインテールにそれを期待するのが間違いだろう。


「どこか行きたいところはあるかな?」


「え、ええと…」


「特に無いなら遊園地でもどう?」


「そ、それでいいです」


「それじゃあ、ジュースを飲んだら行こうか」


 ちょうどウェイターが持ってきたオレンジジュースを取って、片方を彼女に渡し、もう片方は自分で口をつける。僕の方も少しは緊張してたようで、乾き気味だった喉には少し酸味の効いた100%オレンジジュースが心地よい。


 さてさて、今回の茶番はどういうオチがつくのかね?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「きゃーっっ!!」


「…楽しいかい?」


「とってもっ!!」


 ううむ、予想外だった。こいつ、素で楽しんでやがる。意外に大物なのか?


 イモータル市観光歓楽街の外れには、大きな遊園地がある。前世の富士山麓にある地元鉄道直営の高原(ハイランド)遊園地を思い出す規模のものだ。遊具も似たようなもので、魔道具のジェットコースターだの観覧車だの立体映像シアターだのがある。コーヒーカップみたいな遊具も前世とまったく変わらないし。


 で、まずはつかみに宙返りジェットコースターに乗ってみたんだけど、残念ツインテールがこれを非常に楽しんでしまったのだ。いや、普通のデートなら大成功なんだろうけど、これって何か違うんじゃね? 君、自分の任務を忘れてないかい?


「うっわー、たっかーい!! 町があんなに小さく見える!!」


「そうだね、人がまるでゴ…マ粒みたいだ」


 …あのう、さっきまでの大根さんはどこに行きましたか? ただの大観覧車でこのテンションの高さは何ですか? あまりの変貌ぶりに、思わず前世の空飛ぶ島の悪役ネタのギャグを飛ばしそうになって、慌てて自制する。


「きゃはははっ、速い速いっ! 回る回るっ!!」


「コーヒーカップは、こんなに速く回すモンじゃあ…がッ」


 まるで耐G訓練のごとく猛烈な高速でコーヒーカップを回す残念ツインテール。この程度で眼を回すほどヤワじゃないけど、舌かんだよ…。


「次は、あれやろっ!」


 残念ツインテールに手を引かれて、引きずり回されている。ふ、普通だ。フツーのデートっぽい。目つきこそ多少悪いものの、可愛くてワガママな女の子に振り回されているだけのフツーのデートではないか!


 なぜだ!?


 坊やだからさ…僕が。


 …失礼、つい脳内の現実逃避に前世の大人気ロボットアニメの独裁者演説ネタを使ってしまった。「なぜだ!?」と聞いたら「坊やだからさ」と答えるのが正しい係り結び(←あきらかな誤用)というものだろう。


 なぜ現実逃避かって? はなはだ、非常に、誠に、不本意ながら…楽しいんだよ!


 前世じゃ女の子とデートした経験なぞ無いのだが、こっちではクーやリンと…訂正、クー()リンと遊園地で遊ぶくらいの事はしてはいるのだ。まあ、ヒカリやカイも一緒だったけど、あいつらは空気読むんで2組に分かれる事も多かったし、そうでなくてもダブルデートっぽい雰囲気にはしていたのだ。僕だって、別にクーもリンも嫌いじゃあないんだから、その程度の演出には付き合う。だから、デート経験ぐらいならあるのだ。その時も楽しんではいた。


 だが、それに比べても楽しいのはなぜだ!? あれほど残念っぽいと思っていた外見さえも、今では「これはこれで味があるかも」くらいには感じるようになってしまっている。慣れとは恐ろしいものだ。それとも、もしかして僕は「はにぃとらっぷ」~断じて「ハニートラップ」などという()()なものではない~に引っかかりつつあるのだろうか?


 いや、彼女が魅力的なことも事実なのだろう。今までは騎士として、戦士として、軍人としてのフィーア・ガーランド少尉しか知らなかった。だけど、彼女もまだ14歳。一応成人に達する直前の年齢ではあるが、まだこうして童心に返って楽しんでもいい年頃なのだ。こうして素直に楽しんでいるのも、また彼女の本質なのだろう。そうした()のフィーアは、似合わないコスプレ衣装はともかく、明るくて一緒に居るだけで楽しくなるような女の子なんだ。


 …いやいや、待て待て、落ち着け、僕。本当に引っかかりかけてるぞ!


「ちょっと待って。さすがに暑くなってきたんじゃないかな? ソフトクリームでも買ってこよう。バニラとストロベリーとチョコレートなら何がいい?」


「バニラとストロベリーのミックス!」


「オッケー、ちょっとそこの日陰のベンチで待っててくれるかな」


 クールダウンするために~彼女ではなく僕自身のためだ~少し離れることにして、ちょっと遠くの売店まで行って、彼女用のストロベリーミックスと僕用のチョコレートミックスを注文する。


「落ち着け、僕、あれは残念ツインテールだ」


 ソフトクリームができるのを待っている間、つい自分への戒めが独り言として口から漏れてしまったのだが…


「アレか、愚鈍(ぐどん)な怪獣に食われちゃうんだな」


「エビみたいな味がするって話ですよね」


「それは『ツインテール』が違う! って、父さん!?」


 振り返ると、父さんとタケシ・ヤマダことタケル殿下がいた。…反射的にツッコんでしまったんだが、父さんはともかく、殿下も怪しげな発言をしていた気がするんだけど!?


「でん…ヤマダさんも、なぜここに?」


「私のペガサスは初期調整の分解整備(オーバーホール)中なんです。司令が自ら偵察に来るというので、護衛としてついてきました」


「第二種戦闘配置で、指揮は母さんがとってる。他のメンバーはブレバティに乗ってるから心配するな。お前からの報告が無いから直接様子を見に来たんだ」


 う、しまった。振り回されていて報告送ってなかった。っても、離れたのは今が最初だけど。


「ごめん、全然相手の狙いがつかめないんだ。単にデートを楽しんでるようにしか見えない。素顔さらしてる時点でハニートラップとも思えないんだが、意外に巧妙なんで本当にハニートラップの可能性も否定できない」


 とりあえず現状報告をする。


「さっきから様子を見てたが、本当にただのデートだな」


「だから、分からないんだ。あまり離れているのも何だから、もう戻るけど囮の可能性もあるんで警戒は続けて欲しい」


「分かった」


 ちょうどソフトクリームもできたので、両手に持って残念ツインテールの待つベンチへ戻る。…ツインテールと言えば、さっきのリアクションが気になる。ちょっと鎌をかけてみようか。


「それにしても、『ツインテール』で怪獣の方が出てきちゃうあたり、『ねんどろいど』って聞いたら反射的にフィギュアじゃなくて『地底魔人』の方が出てくるタイプのヲタクなのかな?」


「否定できんな」


「『ちていまじん』ですか? どこかで聞いたような…あ、カラオケだ」


「やっぱりね」


 即答する父さんと、少し考えて答える殿下。確定だ。こっちの世界にもカラオケはあるけど、「ネンドロイド」と「地底魔人」が同居してる歌は前世のロボットアニメの主題歌しかない。殿下も転生者(おなかま)だったのか。


「それじゃ、戻るんでフォローはよろしく」


「「了解」」


 無駄話をしていたので少し溶けそうだ。早足でベンチに戻ろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「次はアレやってみたいなっ♪」


「うっ、射的か…」


 ソフトクリームを食べ終わると、フィーアが射的場を指さして言った。この世界では銃器は一般的ではないので、射的は魔法で行う。攻撃魔法も子供の頃から習うのだ。危ないと思うかもしれないが、都市部近郊にも魔獣が出るこの世界では攻撃魔法も防御魔法も生活必需品である。さすがに属性魔法の防壁(シールド)系まで使いこなせるのは騎士クラスの実力がある戦闘の専門家だけだが、防御率30%程度の無属性魔力防御(マジック・ガード)や、基本の魔力弾(マジック・バレット)なら誰でも使える。


 子供が魔力弾(マジック・バレット)なんかを撃ったら危ないと思うかもしれないが、この世界の魔法は使用魔力量によって威力が変わる。10歳未満の子供の場合は、全魔力を込めたとしても大した威力にはならないのだ…15年前までの常識では。


「あれ、射的は嫌いなの?」


 僕の様子を不審に思ったらしいフィーアが聞いてくる。


「ウチの家族は、ここの射的場は出禁なんだ。ヒカリ…妹のせいでね」


「ヒカリさ…んのせい?」


 一瞬、ヒカリ()って言おうとしたな。まあ、今はツッコむのはやめておこう。


「8歳くらいの時だったな。この遊園地ができたんでオープン早々に家族で連れ立って来たんだよ。で、あの射的場にも行ったんだけど、ヒカリが魔力量の調整を間違えて…というか、エキサイトして魔力を込めすぎて、的どころか射的場の壁までぶち壊した」


 そう、僕たち危険な子供たち(テリブルチルドレン)は魔力量が従来の子供の3倍以上ある上に、さらに普通より小さい頃から魔法の訓練を積んでいて魔力量の多いヒカリの魔法は、それまでの子供の魔力量を基準にした安全マージンを超えてしまったのだ。小さい頃からの訓練しているのだから制御能力も普通の子供よりは高いのだが、まだ8歳だったのだ。興奮して制御し損ねたのである。


「…そう、なん…ですか」


 あれ? 突然雰囲気が変わったな。夢から覚めた…いや、むしろ()めた、というような感じだ。直属上司(ヒカリ)の名前を聞いて、自分の任務を思い出したのかな?


「…家族、で、遊びに来ることって、よくあったんですか?」


 はて? 「家族」という言葉に何か思いでもあるのだろうか? また妙にぎこちない話し方になっているが。


「ああ、父も母も忙しい人だから滅多には来られないけど、それでも暇を見つけては連れて来てもらってたな」


「家族、みんな、で?」


「そうだね。弟たちの面倒も僕やヒカリが見なきゃいけなかったけど」


「…そう」


 うつむくフィーア。う、先ほどまでの奇妙な陽気さが影をひそめてしまった。何か彼女のトラウマに触れてしまったのだろうか?


 ッ、しまった! そう言えば、フィーアはアインたちとは腹違いだと聞いていたんだった。アインの言動から考えても、家族仲は良くなさそうだな。失敗した…って、それは普通のデートだった場合だろう! とはいえ、男としてデート中に女性に不快感を抱かせるような話題にしてしまったことは大失敗ではある。反省はしておこう。


「ごめん。君には不愉快な話題だったね」


「いえ、私こそすみません。遊園地に来るなんて初めてだから、ちょっとはしゃぎすぎました。今まで、こんな風に楽しんだことなんて無かったから…」


 うつむいたまま答えるフィーア。うわあ、どうするんだよ、僕! こんなシーン想定してないよ!! どうやって慰めろと!? えーと、何か気の利いたセリフでも記憶のどこかに転がってないか?


「それなら、これから僕と楽しい思い出をいっぱい作らないか?」


「「えっ!?」」


 思わず上げた()()()の疑問の声がハモった。今のは僕の言葉じゃない。聞き慣れたこの声は…


「…くらいのセリフは言って欲しいものですわね、おにいさま」


「「ヒカリ!」」


 またしてもきれいにハモってしまった。振り返ると、そこには口元に薄笑いを浮かべた我が妹の姿がある。…にしても、その衣装は何だ!?


 上が黒のヘソ出しノースリーブ、下はサイドが大きく開いたロングスカートと膝上のロングソックス。普段と同じピンクのロングヘアを黒いヘアバンドでとめている。アクセントとブーツは金色だ。完全にボーカロイド3号のコスプレである。フィーアの1号に合わせたんだろうか。にしても、フィーアと違ってバッチリ似合ってるな、こいつ。こういう色っぽい系は似合わないタイプだと思ってたんだが、雰囲気の方を変えてきてやがる。あ、胸元だけは矯正下着…いや幻影(イリュージョン)の効果のある魔道具で盛ってるっぽいが。


「おにいさま、今、何かとても失礼なことを考えていませんでしたか?」


「いや、似合ってると思っただけだ。なるほど、魔力隠蔽(シール・マジック)をしている上に幻影(イリュージョン)の魔道具を使って誤魔化していたのか」


 鋭いヤツだ。誤魔化すために、こいつに気付かなかった理由の方を口に出して会話の方向を変える。


「遊園地なら目立ちませんからね」


 市街地で幻影(イリュージョン)なんかを使っていたら、何をしてるんだと悪目立ちするはずだ。しかし、ここは遊園地。非日常の場なのだ。幻影(イリュージョン)の効果で遊園地のイメージキャラクターに変装できるような安い魔道具も売店で売っていて、あちこちで幻影(イリュージョン)の魔法や魔道具を使っている人がいる。


 そして、普通なら魔力隠蔽(シール・マジック)をかけていれば自分の体にかかるタイプの魔法の魔力は全部表に出てこないから逆に目立つ。しかし、体の外に幻影(イリュージョン)の効果のある魔道具をつけていれば、その魔力は隠されないので、魔力隠蔽(シール・マジック)していることに気付かれない。いや、よくよく確認すれば分かるのだが、そこまで他人を詳しく観察するような事は普通はしない。実際、僕だってここまで近づかれるまで、誰かが近づいてきていることくらいは気付いていたが、それがヒカリだとは気付かなかった。


「はじめてフィーアに『様』付けを取ってもらえましたわね。それだけでも今回の作戦の甲斐があったと言うものでしょう。罰ゲームのつもりだったのですけどね」


「罰ゲーム?」


「ええ、『様』付けをやめるか、コスプレしておにいさまにハニートラップを仕掛けるかの2択で選んでもらいましたの」


「ひどい選択肢だ…」


 今回のコスプレ大作戦の理由をぶっちゃけるヒカリに思わず呆れてしまった。


「そうでもしないと、いつまでも他人行儀なままですもの、フィーアは。あたしは親友のつもりなのに」


「ヒカリさ…」


「だから『様』はいらない! ね?」


 ピシャリと決めつけてから、にっこりとフィーアに笑いかけるヒカリ。普段演じている「SS将校ヒカリ・ヘルム少佐」のキャラを外して素のヒカリに戻っている。


「ヒカリ…」


 フィーア陥落。我が妹ながら恐ろしいヤツだ。横から出てきて全部持って行かれたよ。


「さて、おにいさま、私の用件も済みましたので、ちょっと遊びましょうか?」


「何?」


 僕の方に向き直ると、再び「ヒカリ少佐」という仮面(キャラ)をかぶったヒカリが指を鳴らす。と、突然…


 ズモモモモッ!!


 ヒカリの立っていた所を中心に、地面が盛り上がる。いや、地面の中から巨大な頭が顔を見せる。白と赤に塗られた巨体。ヒカリ専用の一眼巨兵(サイクロプス)だ。降りてもリンクを切らない状態で遠隔操作して、潜地(グラウンド・ハイド)の魔法で地下に隠してやがったのか!


 少し離れた所にいた他の客が悲鳴を上げて逃げ散る。射的場前の、広場というほどではないにせよ比較的広いスペースにいたのだが、巻き込まれる客はいない。いや、そういう巻き添えになりそうな客が近くにいなくなるタイミングを狙っていたのだろう。


 この様子を見ている父さんか殿下が、すぐに待機中の他のメンバーに連絡するだろうから、あいつらに任せてもいいかもしれないが、せっかくヒカリが「遊ぼう」と言っているのだから、付き合ってやろうか。懐からブレバティのリモコンを取り出して天に掲げる。


「ブレバティ・セットアッ…何っ!?」


 鋭いハイキックが背後から僕を襲う。咄嗟にかわそうとしたものの、その蹴りは僕の右手を正確に捉え、リモコンが僕の手から飛ぶ。少し離れた地面に転がるリモコンに向けて飛び込み、くるりと回転しながら拾い上げる人影。まるで猫のようにしなやかな訓練された動き。そして…


「これは頂いていく!」


 口調が変わった。いや、表情と目つきも変わっている。僕を射貫くように見据える鋭い目。フィーアの、もう一つの本質が表に出てきている。戦士の顔だ。相変わらず、服装には似合っていない。しかし、先ほどまでの彼女とは、また違った魅力がある。参ったね、こんな時に気付かされるとは。僕はこういうタイプは嫌いじゃないんだな。


「いいさ、デートのプレゼントだ。持って行くといい」


「何だと!?」


 僕の言葉に驚くフィーア。これが狙いだったとは、僕も意外だったけどね。


「それは、ただのリモコンさ。『敵に渡すな』と言うほど大切なモンじゃない。それがあったって、認証(サーティフィケート)がかかっているからブレバティは盗めない」


 そう、このことはヒカリだって知っているのだ。それなのに、これを狙わせたのはどういう意味があるのだろう? そう思いながらも、言葉を続ける。


「そして、それが()()()()()ブレバティを遠隔操作することはできるのさ。こんな風にね」


 一度言葉を切ると、おもむろに呪文を唱える。


遠話(テレフォーン)、ドラゴン、ブレバティ・セットアップ、認証(サーティフィケート)、ノゾミ・ヘルム、瞬間移動(テレポート)!」


 次の瞬間、ドラゴンの巨体が目の前に現れる。遠隔認証ではドラゴンの全機能を使うことは無理だが、パイロットと合流するために、最低限の移動能力のほかに飛翔(フライト)瞬間移動(テレポート)の機能だけは使えるようになっているのだ。


「なっ!?」


「リモコンはただの魔道具なんだから、使う魔法さえ分かれば自力で何とでもできる。ましてや、ただの遠話(テレフォーン)なんだから、ドラゴンの魔力周波数さえ分かっていればリモコンに頼る必要なんて無いのさ。飛翔(フライト)


 驚愕するフィーアに解説しながら、飛翔(フライト)の魔法でコクピットに向けて飛び上がる。


「フィーア、よくやってくれました。説明不足で申し訳なかったですけど、()()()ブレバティを奪うために欲しかったのではありませんわ。『次の作戦』に使うための『小道具』ですの」


 僕がドラゴンのシートに座って機体に魔力を通している間に、あちらも自分のAGに乗り込んでいたヒカリがフィーアに説明をしている。だが、あのリモコンが次の作戦に使う小道具とは? 気になったものの、基本魔法をかけることを優先する。


 と、突然場内に、いや市街地全域にサイレンが鳴り響き、緊急放送の声が流れる。


「空襲警報、空襲警報、イモータル市近郊に敵軍魔道戦艦接近。市民の皆さんは定められた指示に従って避難してください。繰り返します…」


「お迎えが来ましたわね。フィーア、先に瞬間移動(テレポート)しなさい。あたしはおにいさまとちょっと遊んでから帰りますわ」


「了解です。…ノゾミ・ヘルム!」


 ヒカリの指示を受けたフィーアが、消える前に僕を呼ぶ。


「何だ?」


 一瞬躊躇するフィーアだったが、すぐにまっすぐ僕を見据えて口を開く。


「今日は楽しかった。だが、次に会うときはまた敵だからな! さらばだ」


 何とまあ…だけど、こういうのも嫌いじゃない。


「ああ、僕も楽しかったよ。()も楽しみにしていよう。その時まで元気で」


 僕の返事を聞いたフィーアが、プイッと明後日の方向を向くと瞬間移動(テレポート)で消える。


 と、ドラゴンのコクピット内の魔道通信機が通信を受信する。


「こちら司令室、ドラゴン、聞こえますか。パンター級魔道戦艦2隻とAG16機がイモータル市北西20キロ付近に出現しました。ポセイドン、ロプロス、ロデム、ドラグーンが迎撃に向かいます。ドラゴンは市街地の敵AGを迎撃してください」


 司令室からの指示だった。声はさっきの放送と同じで、マーサさんじゃなくて交代要員のエリカさんって人だな。


「ドラゴン、了解。こちらの敵AGはカスタムタイプ1機のみ、敵パイロットはヒカリ・ヘルム少佐。増援は不要。通信終了(オーバー)


「お気をつけて、通信終了(オーバー)


「さて、遊ぶか?」


 通信を切ると、改めてヒカリに向き直る。


「そうね、()()なんてどうですの?」


 あちらも基本魔法をかけ終わったヒカリが答える。ほぉ、()()ね。やっぱり()()()()みたいだな。


「いいぞ、やろうじゃないか。ドラゴン・ブレード!」


 ドラゴン・ブレードを抜くとヒカリの一眼巨兵(サイクロプス)に斬りかかる。それを例の杖で受けるヒカリ。息もつかせぬ連続攻撃を見舞うが、ヒカリはしっかり全部受け止める。実は、これは「型」だ。今までいろいろと訓練してきた中で、人に戦いを見せる時に演じる演武の型をいくつか訓練している。Fの系列は剣での斬り合いを見せる型だ。今回はヒカリの武器が杖になってるから少し変だけどね。


 それにも関わらず、ヒカリがあえてF系列を選んだのは、おそらくこれが魔法を混ぜない型だからだ。他の型の場合は、途中で魔法攻撃を混ぜたりもする。そうすると、話しにくいと思ったのだろう。そしてF4は、ほとんど移動しないで斬り合う型だ。遊園地の設備を壊さないように、という配慮だろう。


 型どおりにヒカリが反撃してくるのを受けながら、さりげなく問う。


「それで、次は何を狙うつもりだ?」


「それは秘密ですわ。楽しみにしていてくださいませ。次の『スターダスト作戦』はあたしが中心になりますので」


「スターダスト作戦、ね」


 ふむ、作戦名自体がヒントなんだろうな。


「ええ、でも()()()()だけじゃなくて、()()()()()()()の歴史も思い出してくださいね」


「何だと!?」


 おいおい、大人気ロボットアニメ系のネタ、それも「種」がらみかよ!?

 いや、「だけ」とも言ったな…うわあ、嫌な予感がひしひしとするよ。


 ん、「宇宙世紀」で「スターダスト」、それに「種」だと!? うわあ、()()やる気かよ、こいつ!!


 だが、これを伝えてくるということは、それを踏まえた上で()()しろって事なんだろうな。いいじゃないか、やってやるよ。


「あら、分かりませんか?」


「いや、分かったよヒカリ()()


 こう言えば、僕が理解したことが伝わるだろう。


 F4の型も終わりに近づいている。最後に、ひとつだけからかってやるとするか。


「兄として、ひとつだけ忠告する」


「あら、何でしょう?」


「フィーア食うなよ」


「ハァ!? 何それ!?」


 よっし、キャラひっぺがすのに成功したぞ。


「いや、フィーアが僕の顔みて恥じらってたから、お前かリヒトに惚れてるのかと思ってね。リヒトならいいけど、お前の場合は食っちゃいそうだと思ったんで忠告したまでだ」


「…そこで『自分に』とは思わないんですの?」


 すぐにキャラを取り戻してツッコんでくるヒカリ。さすがにそこまで自惚れちゃいないよ。


「デートを始める前だったんでね」


 でも、このくらいは言ってもいいだろう。デートはお互いに結構楽しんだんだから。


「なるほど…でも、いい事を聞かせていただきましたわ。フィーアは親友ですけど、譲れないものもありますから」


「なぬ?」


 おい、聞き捨てならんぞ、()()は!?


「さて、そろそろ時間ですので引きますわ。また近いうちに。ご機嫌よう、おにいさま」


 F4の型が終わると同時に、飛び離れて、そのまま瞬間移動(テレポート)で消えるヒカリ。


 おいおい、お前()あいつに惚れてるのかよ。


 通信機から敵艦撤退の報告が流れてくるのを聞きながら、僕は思わずつぶやいていた。


リヒト(あいつ)義弟(おとうと)ってのは、何か違うと思うんだけどな」

次回予告


ヒカリの予告した「スターダスト作戦」への対策を急ぐノゾミだったが、まだ不十分な対策しか取れないうちに作戦の発動を感知する。


「こちらバルフィッシュ」


元ネタ通りの不審な通信をしていたのは、ノゾミとヒカリの乳母。それが囮と察して格納庫に飛んだノゾミが見たのは、ライガーに乗り込もうとしている()()の姿だった。


「あたしの相手をするには、あなたはまだ、未熟!」


 奪われたライガーを追うリューのドラグーンだが、あえなく一蹴されてしまう。ノリノリの「少佐」に頭をかかえつつ、善後策を講じようとするノゾミ。果たして「スターダスト作戦」を阻止することはできるのか!?


次回、神鋼魔像ブレバティ第11話「ライガー強奪」


「これって何か違うんじゃね!?」


エンディングテーマソング「転生者たち」


この番組はご覧のスポンサーの…


来週も、また見てくださいね!

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