第9話 ホムラ出撃 Aパート
アバンタイトル
ナレーション「ヒカリが『愚者の石』と呼ばれる希少物質を狙って暗躍する。愚者の石の正体は核物質『ウラン235』であった。輸送車を護送するノゾミたちを待ち伏せするAG部隊。その迎撃中に地中からの奇襲をしかけてきたヒカリに輸送車を奪われそうになるが、辛くも撃退に成功する。帰還したノゾミを待っていたのは、帝国からの捕虜交換の提案であった」
オープニングテーマソング「戦え、ボクらのブレバティ」
この番組は、ご覧のスポンサーの…
帝国からもたらされた、突然の捕虜交換の提案。このまやかし戦争の「シナリオ」的にはあり得ないタイミングでの提案に、さすがの父さんも困惑を隠せていない。
「この時期に捕虜交換なんて話は『シナリオ』にはない。今までの2件は、まだ単純に戦闘をやるだけの事だから、アドリブとして入ってきてもおかしくはない。だが、これはアドリブじゃ済まん。エンディングまで書き換える必要があるくらいの大きな筋書きの変更になる」
「大丈夫なのかよ?」
父さんの返答に、嫌な予感を覚える。
「うーむ、この前の戦闘で捕虜にした連中はルードヴィッヒのシンパばかりだから、強硬派連中に突き上げられて、表面上は提案して見せた、という事なのかもしれんが…」
「それならそれで、ルードヴィッヒが強硬派を抑え切れていないって事にならないか?」
「そうなのよねえ」
父さんの解釈は一応納得できるものではあるが、それはそれで問題がある。もう一度強硬派を捕虜にするような大規模戦闘をしないといけないかもしれないな。
「まあ、まだ打診の段階だから、どういう話になるかは分からんが、俺も統合参謀本部に行く必要がある。なるべく早く来いと言われたが、さすがに今日は無理だ。明日、クーのロプロスで行こう。魔力増槽をつければ行けるだろう。さっき話したドラゴンの改造については、これから設計をして、改造はシゲさんに任せることにする。お前たちは留守を頼む」
十カ国連邦の統合参謀本部は、十カ国連邦の政府中枢たる十人委員会の常設会場があるキングランド王国王都リントーに置かれている。六角形の建物で通称は「ヘキサゴン」…六カ国で立ち上げた西デューラシア条約機構軍だった頃に建てられたのでこの形なのだが、絶対に転生者が関わっているだろう。前世のアメリカ国防総省になぞらえたのが、結果的におバカキャラのクイズ番組になってしまったんだろうな。ここからは3千キロの彼方だ。
ロプロスが音速飛翔を使えば3時間かからないが、さすがに音速飛翔を3時間維持するにはロプロス本体だけの魔力では足りないので、魔力を補充する追加装備「増槽」をつける必要がある。…ってか、音速飛翔を30分以上維持できるとか、この世界でロプロスぐらいしか無いと思うんだが。もっとも、大型旅客機なら普通の飛翔だと3時間とか飛べるけど、イモータルからは飛翔でも1時間かからない皇都ピースフル行きの定期便しか旅客ルートはない。
あと、シゲさんってのは「魔像職人」ことヤマムラさんのことだ。ファーストネームがシゲルなんでね。…父さんの呼び方だと機動警察っぽいけど、本名だからやむを得ない。だから、僕はかたくなにヤマムラさんと呼んでいる。だいぶ年上だから名前で呼ぶのは失礼だし。
「分かった」
「分かりましたけど…あのことはどうなさいますの?」
僕は普通に了解したが、母さんが父さんに何か忘れてないかと言う。
「あ、そうか! ん~、どうせドラゴンは改造するので使えんだろうから、ノゾミに任せるか」
「何をだよ?」
父さんの仕事の代わりをするのも留守番の役目だろうから別にいいけど、何をするのかぐらい先に言って欲しいね。
「新人研修、とでも言えばいいのかな。明日、新しいパイロット候補生が来るんだ。先行量産型がロールアウトしたんで、そのテストパイロットを選ぶ必要があってな」
「おお!」
そうか、いよいよブレバティの量産が始まるのか。パイロットの選別も必要になってくるわけだ。
「機体は4機用意している。まだパイロットが決まっていないので、認証はかけてないから、誰でも乗れる状態だ。パイロット候補生も20人来る。あとで資料を渡すから読んでおけ。明日は、とりあえずAGの操作の説明をして、全員を一度乗せてみておいてくれ」
「4機しかないのか?」
「とりあえず完成して動作チェックまで終わった状態のものはな。残りはまだ製造中だ」
「それでヤマムラさんをドラゴンの改造に回しちゃっていいのかい?」
「ただ作るだけのことにシゲさんほどの腕の持ち主が必要だったら、量産なんぞ不可能だ」
「そりゃそうか」
普通の工員が作れるんでなきゃ、大量生産なんぞはできんよなあ。もっとも、まだ帝国でも全部で100機ほどしか存在していないAGを、どれだけ量産する気なのか分からんけど。「次」のためには、どのくらい必要なのかね? ま、そいつを考えるのは父さんどころか、連邦国防省とか、それこそ十人委員会の仕事だろうけどね。
「わかった、やっとくんで新型機のマニュアルと資料もよろしく。今日はさすがに疲れたんで、機体は明日の朝見せてもらうよ」
「頼むぞ。で、クリス、お前にもあと一つやってもらいたい事が…」
父さんと母さんが打ち合わせを始めたので、今度こそ自宅に向かうために中央管理室を出る。家は研究所のすぐ側だが、そこまで行くのもおっくうに感じるほど疲れていた。
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翌日、僕は朝食をとってすぐに資料をもらって導入を済ませると、第2格納庫に向かった。パイロット候補生の資料の中に、ものすごく問題のある候補がいて、朝からげんなりしてしまったので、気分を変えるために新型機を見に行くことにしたのだ。
普段ドラゴンなんかが駐機している第1格納庫にもまだ余裕はあるが、第2格納庫は工場のすぐ横にあって、完成したばかりの機体を一時的に置いておくための格納庫なのだ。今までは研究結果として作られた魔像やAGを置いておくだけだったから、そんなに広い格納庫は不要だったのだが、今後ここが軍需工廠や軍事基地に転用されるのだとしたら、もっと広い格納庫なんかも必要になるのかもしれない。
久しぶりに入った第2格納庫は別に何も変わっていなかったが、中に並んでいる新型AGを見るとさすがに心ときめくものがある。新型機は2機種がそれぞれ2機ずつの計4機、汎用量産型の「ドラグーン」と、航空高機動量産型の「ペガサス」だ。それぞれ、ドラゴンとロプロスの量産型にあたる。
ドラグーンは、外見上はドラゴンにはそれほど似ていない。むしろ、あのプロト・ブレバティの直系と言った方がいいようなシンプルな外観だ。色も青と赤の部分がオリーブドラブで、白の部分は明度の低いグレーという、軍用兵器っぽいカラーリングに変わっている。ドラゴンにつけられていた竜の意匠はほとんど外されていて、腕に格闘用固定兵装の竜の爪がつけられているだけになっている。胸のXマークもなくなっていて、代わりにライガーのようなハッチがついている。ここだけはライガーの固定武装を装備することにしたということだ。また、背嚢のウイングもなくなっている。
そして何より、頭部、顔の部分が完全に違う。目はゴーグル状で口はマスク状と、まったく表情がなくなっている。…というより、はっきり言って大人気ロボットアニメの味方量産型顔である。一眼巨兵が敵雑魚を模したものなら、こいつは完全に味方雑魚を模している。父さん、いくら量産型だからって、ここまで忠実に量産型顔にすることはないだろう…
おまけに、名前が「ドラグーン」である。竜騎兵。前世では、銃を装備した騎兵種を意味する言葉だったが、こちらの世界には本当に魔獣ドラゴンや飛竜などを調教して騎乗する兵種として実在する。だから、この名前自体には文句のつけようがない…ないのだが、やはり前世の「機甲戦記」の味方量産機そのままの名前というのは抵抗がある。アレは、性能的には初期主人公機より強いという設定だから悪くはないのかもしれないが…
ペガサスの方も、鳥の意匠が省略されているが、まだ外見上はロプロスに近い。ただし、顔はやっぱり量産型顔だ。また、色はライトグレー…ではないな、明灰白色~第二次世界大戦前期の日本海軍戦闘機の色だ~になってる。まあ、軍用機っぽい色ではあるが。名前については、珍しくロボットアニメネタではないので父さんに聞いてみたところ「ペガサス騎士団という響きの誘惑に負けた」と情けない理由を明かしやがった。まあ、この世界にはペガサスは普通に動物として存在するし、過去には騎乗兵種だったこともあるのだが、飛竜の調教に成功してからは取って代わられてしまい、今では趣味的な騎乗動物である。ペガサス騎士団が存在したのなんぞ、それこそ何百年も前だからなあ。しかし、この名前だと、美人の三姉妹が一斉攻撃ってネタも出てきそうだな。もっとも、年齢的には三つ子でないとパイロットになれないか。三つ子といえば、敵にならいるけど、男がトライアングル・アタックとか誰得? って話になるし。
いずれも、最外部の装甲はオリハルコリウム合金だが、内部はミスリウム合金とセラミックファイバーの三重ハニカム構造になっているらしい。…三重ハニカム構造って、アレだな、大人気ロボットアニメの昔の設定だ。出力6万5千馬力とかだった頃の。真面目に再現するなよ、父さん。いや、耐衝撃性とかを考えると正しいんだろうけどさ。
結局、総オリハルコリウム構造にするとコストが上がるのと、コントロールに必要な魔力量が多くなりすぎて、危険な子供たちであっても平均的な魔力量の持ち主だと使えないから、内部はミスリウム合金にしているのだそうだ。オリハルコリウム主体で少しだけセラミックファイバーを混ぜているドラゴンやロプロスに比べると総魔力量は1/3位になってしまっているが、それでも一眼巨兵に比べると3倍以上はあるそうだから、オリハルコリウムの畜魔量は凄い。
と、その一眼巨兵も何機か格納庫の隅に置いてあった。第一次イモータル市防衛戦で23機も撃破したのを回収したのだが、その中で状態がいい物を修理したのだ。魔道エンジン以外はただの無垢ミスリウムの塊だから、魔道エンジンだけ修理すれば、あとは修復の魔法でつなげられるし。敵味方識別用に色を青色に塗り直して、連邦のXマークを描いてある。試しに乗ってみたけど、確かにコントロールはしやすい機体ではあるので、もう何機か修理してAG操縦の練習機にしてもいいかもしれない。難点は、その名の通り単眼なため遠近感がとらえにくいこと。コスト削減のためかもしれないけど、人体と直接リンクする構造なのに感覚器を人体と違う方式にしたのは失敗だと思う。
それでは、試しに乗ってみるかと思って周りを見回してみたのだが、工場の人間が誰もいない。一応ヤマムラさん~役職上は研究所の副所長~か、工場責任者のタニオカさんに声はかけておこうと思って、しょうがないから工場の方に足を向けると、ちょうど工場側の入り口から入ってきた人がいる。
作業服を着ていて、作業帽をかぶっている。このあたりは前世の工場作業員と大して変わらない服装だ。ただ、帽子の後ろからやたらと長い黒髪がはみ出しているのだが、あんな髪の長い人この工場にいたかな? 大抵の作業員とは顔見知りなんだが、工場の方でも最近人を増やしてるようだから新人さんかもしれない。目深に帽子をかぶっていて、目のあたりが見えないが…女の人っぽいな。数は少ないが女子工員も何人かいるから別に不思議ではない。…のだが、魔力が感じられない。魔力隠蔽してるのはなぜだ? まさかスパイとも思えないが、ちょっと聞いてみようか。
「ああ、ちょっといいかな? 何で魔力隠蔽してるんだい」
「えっ!? あ!! ノゾミ・ヘルム!…さん?」
声をかけたら、えらく驚かれてしまった。僕も急に有名人化したからしょうがないのかもしれないけど、一瞬呼び捨てにしようとしたね。かわいらしい声の感じからすると、結構若そうで、まだ少女と言ってもいいくらいだろう。やっぱり新人さんっぽいけど、その割にこの声はどっかで聞いたことがあるような気もするな。背は僕よりかなり低くて155センチくらいだろうか。目深にかぶっている帽子のせいで目元は全然見えない。
「そうだけど、工場の新人さん?」
「あ、違います。ええと、見学なんですけど、ちょっと爺やから逃げたくて…見逃してください!」
頭を下げる少女。作業員じゃないんだ。「爺や」って事は、どこか良いところのお嬢さんなのかな。ウチの工場は一応軍事機密指定だが、それで見学が許されるってことは、相当高貴な家柄か、かなり有力な出資者の家族か、どっちかだろう。魔像研究所は国立研究所ではあるが、私的な出資も受け付けているんだ。最大の出資者はウチの父さん自身だけどね。
「申し訳ありませんが、見学の場合はきちんと係員の指示に従ってください。危険なこともありますので。また、特にここは軍事機密もありますから…」
「軍事機密? ッ、量産型!?」
軍事機密という言葉に反応した少女が、ドラグーンとペガサスの方を見て、一瞬息をのんで、確認するように勢い込んで聞き返してきた。
「そうですが…って、なぜそれを!?」
その迫力に思わず答えてしまってから、即座に「量産型」という反応が出てきたことを不審に思って問い返したのだが…
「お父さまの嘘つきぃっ!!」
「ゲッ!?」
突然、少女が大声で叫んだ。その行為だけでも驚くけど、それ以上に内容がひどい。僕が思わずゲッとうなってしまった気持ちを理解してほしい。これ、「種」の姫様初登場のセリフじゃないかよ。こんなセリフを吐くってことは、もしかして…
キッと僕を見上げた少女の顔があらわになる。そこにはテレビや新聞、雑誌で見たことのある顔があった。漆黒の瞳と、それとは対照的な抜けるような白い肌。身近に結構美女や美少女がそろっていて顔面偏差値が高い女子は見慣れている僕から見ても、飛び抜けて整った顔立ち。ヤマト皇国第一皇女、ホムラ・ヤマト様。予想通りの展開に、僕は頭を抱えそうになった。完全なフラグじゃねーか!!
と、そこである事に思い至る。よく考えてみろ、僕には既に双子の妹がいるんだ! ありがとうヒカリ、お前のおかげで「皇女様が実は双子の妹」とかいう変なフラグは最初っから立たないで済んだよ!! こんなに嬉しいことはない。
そんな僕の思いは知らないであろうホムラ様は、僕を見上げながら詰問調で聞いてきた。
「わたしの事は分かりますね? あの量産機は、いつ完成したのですか?」
「ホムラ様、ですよね。ええと、昨日くらいかと思いますが」
ご質問の意図は分からないながらも、とにかくお答えする。
「…そう。なら、あながち嘘というわけでもないのですね。ですが、誤魔化していたという事に変わりはありません」
状況がいまいち分からないながらも、なにやらお怒りの様子であることだけは分かる。そして、恐らくそのとばっちりがこっちに来るであろう予想もつく。おそらく面倒な事をご命令してくるであろうことも。
「ノゾミ・ヘルム、この新型機に私を乗せなさい! これはヤマト皇国第一皇女としての命令です!!」
案の定、無茶な命令をしてくるお姫様に、僕は深くため息をついて、どう断るべきかと思いながら口を開こうとした。その時、工場側の扉が開いて、何人かが慌ただしく入り込んできた。
「姫様、ここにいらっしゃいましたか! あれほど勝手に動かれてはいけないと…」
見るからに「侍従」という感じの礼装を着込んだ初老の男性が駆けつけてくる。
「爺や! お父さまの嘘はバレましたわ。このように量産型は既にあります! わたしもAGに乗せてもらいますからね!!」
姫様に決めつけられて天を仰ぐ爺やさん。恨めしそうにこっちを見て、僕が誰であるかに気付いたらしい。
「ノゾミ・ヘルム様ですな。姫様にはAGのことはお隠しいただきたかったのですが」
「姫様がAGをご所望との情報が来ておりましたら、また違った対応もできたかもしれませんが…いや、そもそも、なぜ姫様が作業服を?」
僕が答えると、爺やさんの後ろから顔を出した工場責任者のタニオカさんが申し訳なさそうに言葉を継ぐ。
「すみません。今朝方急にお見えになったのですが、既に博士は出発しておりまして、奥様はパイロット候補生のお出迎え中でした。ヤマさん…いや副所長はドラゴンの改造で工房にこもりきりですし、そもそも副所長にそんな応対ができるはずもないんで私がお相手していたところ、工場をご覧になりたいとのお申し付けで、お召し物が汚れないよう、作業服にお着替えいただいている間に奥様をお呼びしようと思っていたのですが…」
「その隙に逃げられて、行方を捜していたと」
「…はい」
見た目に似合わずお転婆な姫様だなあ。さっきからの言動で、テレビとかで持っていた「清楚なお姫様」のイメージがガラガラと崩れ落ちていったんだけど。どっちかというとヒカリの同族っぽい。見た目だけなら2ランクほど姫様の方が上だが。あ、最近のヒカリの化けっぷりなら1ランクぐらいで済むかな。
それにしても、僕の持ってた憧れを返せ! …などとは言えないんだよなあ。何しろ僕自身がテレビとかで相当なイメージ詐欺をやってる自覚はあるんで。
「さあ、さっさと乗せなさい!」
偉そうに命令する姫様。ここはひとつ、毅然として応対しなくちゃいけない場面なんだろうな。
「残念ですが、姫様には私に対する命令権はございません。我がヘルム家私領軍は既に連邦軍に編入されております。また、統合参謀本部直属の独立部隊となっておりますので、命令は統合参謀本部からの直接命令のみ受けることになっております。そして、私は私領軍の命令系統では第三位にあたりまして、指揮官シュン、副指揮官クリスティーナ以外の命令を受ける立場にはございません。そして、このAGは連邦の最新鋭の軍事機密にあたります。例え連邦構成国の皇女様であっても、統合参謀本部の許可なしでは、本来お見せすることもできないものです」
「何ですって!? あなたは我が国の騎士でしょう!!」
案の定、お怒りになる姫様。しかし、筋論だけならこっちが正論だ。
「はい、我が剣はお父君、タケル17世陛下にお捧げいたしました。その陛下のご命令により、連邦軍に出向しております。『軍にありては君命といえども受けざるところあり』と申しまして、正規の命令系統を通さない命令は、例え陛下の勅命であろうと受ける必要はございません」
孫子は先輩転生者がいくつかの言葉をパクったらしくて、有名な「風林火山」はじめ、結構な数の格言がこの世界でも伝わってる。これは本来将軍向けの言葉だけどね。文民統制なんてやってるのは数少ない本当の民主国家だけで、大半は貴族や領主が軍事権を握ってるこの世界じゃあ、一応これが統帥の建前になってる。まあ、実際はそうもいかないんだろうけどね。あと、これだけだと制度上はそうでも皇室に不敬だってくらいは言われそうだから、さらに姫様の弱みを突くことにしようか。
「さらに申しますと、先ほどからのお話から拝察いたしますところ、姫様がAGに乗りたいとご希望されたとき、陛下は『まだ乗れる機体は無い』とお断りになったのではないかと思いますが、いかがでしょうか?」
「その通りよ! でも、ここにこうして機体はあるじゃないの!!」
うむ、予想通り。なら、こう言っていい。
「それでしたら、陛下のご意志は姫様にAGにお乗りいただきたくないということは明白でございます。臣下として、姫様の御諚よりも陛下の思し召しを忖度して優先するのは当然のことかと」
「ぐっ…」
お、言葉に詰まった。よっしゃあ、正論突破成功! あとはせいぜいAG見学で誤魔化してお引き取りいただこうかね。リーベとは顔見知りのはずだし、ロデムにでも同乗させれば気も済むんじゃないかな。
「まあ、そうは申しましても、せっかくおいで頂きましたのですから、試作機の方へのご同乗体験などはいかがでしょうか。リーベのことはよくご存じかと思いますので、彼女のロデムにでしたら一緒にお乗りいただく程度ならできますが」
妥協案を示した僕の言葉に、しかし姫様は逆につけ込む隙を見いだしたように言いつのってきた。
「そうよ、なんでリーベはAGに乗れるのに、わたしはダメなのよ!? 彼女だって帝国の皇女でしょう! わたしも彼女と同じくらいには戦えるわ!!」
おいおい、リーベと同等って相当な戦闘力だぞ。我が国の姫様ってそんな武闘派だったのかよ。立場の違いに無自覚なのはどうかと思うけど。
「戦闘力の問題ではなく、立場の違いとお考えください。亡命中のリーベは、自分で存在価値を示す必要があります。また、戦後の事を考えても、自ら戦陣に立つことで発言力を高めておく必要もあります。ひるがえって、姫様にそのような必要性がございますでしょうか?」
「あるわよ! わたしは、どうしてもルーに会わなきゃいけないんだから!!」
僕を見据える射貫くような強い視線。漆黒の瞳は黒曜石、いやブラックダイヤモンドのようだ。ダイヤってのは燃えるんだよ。うわあ、これは「本物」だ。あのリーベが「本当に慕い合っていた」とか言ってたけど、何しろリーベ自身の恋愛音痴ぶりを見てるもんだから半信半疑だったんだが、この様子を見るとホムラ様の思いは相当に強いらしい。これなら確かに、あの恋愛音痴でも分かるだろうな。
いかん、これは生半可には止められん。妥協なんかせずに正論で押し切るしかない。
「ルードヴィッヒ皇太子が自身で前線に立つことなどあり得ません。仮にAGにお乗になったところで、直接会う機会などあるはずもないことは、お分かりのはずでしょう」
「分かってるわよ! それでも! 少しでも! 可能性があるなら、わたしはそれに賭けたいの!!」
訂正、ヒカリよりすごいわ、この姫様。いや、もしかしたらヒカリも恋に狂ったらこうなるんだろうか? ヒカリの恋愛とか想像もできないんだが…ゲッ、僕もしかしてシスコン!? いやいや、単にあいつのキャラクターからは想像がつかないだけだろう。誰と恋愛しようが、僕は遠くから応援してやるぞ。…絶対に近くには寄りたくないないね、巻き込まれてヒドい目にあいそうだから。
それはさておき、理由がこうだとすると、どれだけ正論を言っても姫様には通らんだろうし、どうしたものか。ただでさえパイロット候補生の中に頭の痛い相手が2人もいるというのに。
「あらあら、何の騒ぎかしら~」
と、そこに顔を出した人がいる。おお、母さんじゃないか。工場とは反対側の出入り口から入ってきてたのか。助かった、現在の最高責任者に丸投げしよう。さっきからの話も聞こえていたかな。よく考えたらこの人も元皇女。同じ立場だった者として姫様を諭してもらえば何とかなるかもしれない。
「母さん、ちょっと面倒な事になってるんだけ、ど…?」
言いかけて、母さんのすぐ後ろに、さらに人が立っているの気付いた。この人も魔力隠蔽して自分の魔力を隠しているんで気付くのが遅れたんだが、その顔を見て思わず絶句する。僕と同じくらいの年齢の、背が少し低めで茶髪の少年。父さんと同じようなサングラスをかけて目元を隠している。そして、パイロット候補生の一人で、僕の朝からの頭痛の最大の原因。おいおい、母さん、この場にこのお方を連れてくるのは最大の悪手じゃないか!? 少年の方も、姫様を見て口元がこわばっている。
「話は聞いたわよ~。ここはひとつ、お兄さまに説得して頂こうかと思って来ていただいたんだけど~」
にこやかに言う母さんと、それを聞いてギョッとする少年。僕も心臓が止まりそうだ。それを言っちゃうのかよ母さん、空気読めなさすぎだよ!
「いえ、私はタケシ・ヤマダと申しまして、一介の騎士にすぎないのですが…」
「お兄さま!? まさか、変装してパイロット候補生に?」
偽名を名乗った少年が建前を言うのを姫様が遮る。あちゃあ、一発で理由まで看破されてるよ。
「いや、これは…」
「ふうん、そうですの。そんな手が使えるのでしたら、わたしもホムラ…いえ、そうね、ホノカ・ヤマダとでも名乗りましょうか?」
「いや、ちょっと待て!」
「待てません。わたしもAGに乗せていただけますわね? そうでなければ、お兄さまのことをバラしますわよ!」
一方的に攻勢に出る姫様と、受けに回って何もできない少年…と今更糊塗する必要もないか。そう、僕が朝から頭を痛めていた原因の一つは、このお方。ヤマト皇国の皇太子、タケル殿下なのである。本来は黒髪なのを茶色に染めているが、それとサングラスくらいで変装したと言えるのかね? なるほど、殿下も姫様もお忍びだから魔力隠蔽してたわけで、それで双子同士の魔力感知もできなかったんだな。
「あらあら、こうなっては仕方ありませんわね~。ホムラ様にもAGにお乗りいただきましょう~♪」
何だか嬉しそうに言う母さん。オイ、まさか、さっきの発言って…
「母さん、もしかして?」
「わたくしはね、常に恋する少女の味方なの~♪」
うわあ、最悪だ! 確信犯だったよ!! …そうだった、この人、皇女って自分の地位が嫌で家出した上に、恋愛を優先してその地位を捨てた人だったわ。マズい、このままなし崩しに認めたら頭痛の種が3つに増える!
「搭乗体験はかまいませんが、それはパイロット候補として扱うこととは別問題ですので、その点についてはご理解いただきたく存じます。パイロット選別については、父が戻りましてからの話になりますので、本日はとりあえず他のパイロット候補生と一緒に搭乗訓練にご参加ください」
ここが妥協点だ、これ以上は絶対に認めないぞ! という気迫を込めて姫様に申し上げる。しょうがない、後の事は父さんに任せて、今日は自分にできることをしよう。…ああ、結局ドラグーンにもペガサスにも乗れなかったよ。
アイキャッチ
「神鋼魔像、ブレバティ!」




