004/夢見るカオス
自分が王女であると聞いての、ミコの第一声。
「は? へ?」
自分でも照れるほど変な声が出た。変な顔もしている、という自覚を持つミコ。
――王女? オウジョー? オコジョとかじゃなくて!?
繰り返されるのは、グリッスルが言った**グランルードという世界の王女**という言葉。
**グランルード**、セカイ、王女。
ミコの目はグルグル回る。世界が回る。巡る世界。 セカイって……なんだ!?
ただ、今はグリッスルの不敵な笑みが恐ろしいだけ。
「いいやいやいやいやいや! え? 王女? **ぐらんるーど**……? え?」
完全な動転状態。 いきなりこんな異世界感全開の空間で「王女だ」と言われても……。
ん? 異世界感? 異世界!?
「そう、君が生きてきた世界から見れば……異なる世界。つまり異世界になるね。でもね……」
口あんぐりのミコを尻目に、グリッスルは構わず続ける。 いつの間にか手元には輪っかが戻っていた。
「このチキュウ……いや、八華のある世界、僕たちはフラットランドと呼んでる世界。
それも含めて数多ある世界、
そんな多元界のその上位にあるのが……**グランルード**だよ。
フラットランドやその他大勢みたいな世界と同じように考えてもらっちゃ困る」
ドヤ顔のグリッスル。 なんでドヤってるのか、ミコにはピンともきてないけど。
「その上位の世界の、君は王女、王族にあたる。と言ってる僕も王族だ。その世界の第一王子だからね。つまり……」
「そ、それって」
「そう、君と僕は**兄と妹**ってわけだよ。わかったかい? 我が愛しの妹よ」
思考が爆発して停止しそうなのを押し戻して、ミコは反論する。
「い、いや、でも私両親いるし! お父さんサラリーマンだし! 普通のニッポン人……」
「それは君の両親という役を演じている王族の手の者達だよ。**グランルード人**だね」
「あ……え? でもずっと育てられて……」
「言っただろう? その記憶は本当の記憶じゃあないんだよ。まあ確かに育てられたのはそうだけどね。彼らもそれが仕事だったからさ。ねっ? 我が妹」
そう言って、輪っかをミコに投げつけた。 それを片手でうまくキャッチして見つめるミコ。
よく見ると黒をベースにした輪っかに、グリーンの何やらウネウネしたような紋様が生きているかのように蠢いている。 そしてそれらが動く度に、鈍く光を放つ。
「王冠にしたければすればいいし、ブレスレット、アンクレット、首輪でも構わないよ。キーホルダーにしてもいい。うまく形を変えればスマホケースにもなる」
グリッスルがゆっくりと指をさす。投げた輪っかのことを言っている。
「さて……。我が妹。君の意志は消え、そのチカラは僕への恭順と共にある。あと……そうだね、30分程かな。君の祝福すべき誕生日だ」
「君はそこで君独自のチカラにも目覚めるだろう。それが合図。そこで君のすべては僕のモノになる」
「な、なんで……私が……」
「**戦争を終わらせたいんだ……**」
ふっと視線を落としたグリッスル。少し憂いのため息をつく。 悲しげな目をミコに向けた。
**途端に風景が変わる。**
白い光に包まれた空間が一瞬で地獄のような業火に襲われる。 赤黒くトグロを巻く空気。遠くの方で爆炎と爆音。
ふと上を見上げると、無数の人影や円盤が飛び交う。そして煙をあげて揺らめく。 人影が蚊取り線香にやられた蚊のように、ヒラヒラと落ちていく。
叫び声。 煤で汚れた少女が涙で目を腫らしている。
その目とミコの目が交錯。 憎悪と怒りと、悲しみに満ちた瞳に射抜かれた。
少女の周りに少年、青年、たくさんの大人、老人……無数の人々が現れる。 一様に少女と同じ目をしている。
その目がミコを見ていた。みんな見ている。
心が砕け散りそうになる。なんだろう、この感情の衝突は。 そしてその人々は次の瞬間、巨大な炎に飲まれすべて焼き尽くされていった。
悲痛な声が耳に残っている。 崩れ落ちていく建物、空高く上がる黒煙。地獄の景色。
その向こうに巨大なきのこ雲が立ち上る。 赤色の中にオレンジ、そして青白い渦が回転しているきのこ雲。
どんどんと大きくなる。その雲は無数の人影を飲み込み、それでもまだ巨大化する。 勢いが増す。
竜巻のように舞い上がる黄色い炎。紫色の液体が降り注ぐ。その後にワインレッドの液体も。 それが混ざり合い、ただ、ただ、流れていく。
感覚でわかる。多くのヒトがそこで炎に焼かれているんだ。
また混ざり合う、混ざり合う、混ざり合う。 かき混ぜて出来上がる混沌。
叫びそうになりながらも声が出ないミコ。ガクガクと震えている。 カオス、カオス、カオスの真っ只中。
「こ、こ、こ……」
「そう、こんな戦争を終わらせたいんだ」
再度同じことを口にするグリッスル。 景色は一変した。また白く光に包まれた空間だ。
「い、いまのは……」
「異世界同士を巻き込んだ……多元界の戦争……。
そのヴィジョンだよ。やがて訪れる未来でもある」
「このヴィジョンを僕は……僕達はハッキリと見た。
多元界と呼ばれる世界の連なりとも共有している。
このまま何もしなければ、このヴィジョンは現実のものとなる。君が感じた恐怖もね……」
「だからこそ、僕はここにいる。僕に委ねればいいんだから。
大丈夫。怖がることはない。僕が戦争を終わらせるから」
「さあ、おいで。一緒に終わらせよう。この馬鹿馬鹿しくて忌々しい戦いを一緒に終わらせよう」
グリッスルは相変わらずの微笑みで手を伸ばした。 掴み取れ、と言わんばかりにミコの目の前に差し出す。
そこで、けたたましい爆音にも似た警告音が鳴り響いた。
ぼんやりと意識が宙に浮いていたミコが我に返る。 まだ椅子に縛られたままだ。
「なんだい? 騒がしいね」
グリッスルがため息交じりに少し苛立つ。
**『奴です。ヒコがこちらに接近しています』**
どこから声が出てるのかわからないが、部屋の中で反響している。
「……あんなゴミクズ、君達で処理できるでしょ? こっちは今いいとこなんだから。
消し去っちゃいなよ」
冷たい言葉が空間を漂う。 ヒコ? さっき現れた、自分を助け出した男?
ミコは頭の中でその姿を思い出す。
「気になるかい? 君に纏わりつく愚かな奴のことを。この男だろ?」
グリッスルがそう言うと、目の前の空間に急に映像が現れる。
先程の業火と同じようにリアルで鮮明なヴィジョン。
その中を駆け抜けていく男の姿。青い髪、しなやかな手足。
縁石を飛び越えている。 そこに白ずくめの集団が押し寄せている。
それに見入るミコ。 ヒコは報告通り、近づいていた。
ミコが捕らえられている**インペリアルホテル**に。
八華都市の中では老舗に位置する由緒正しいホテル。
それに合わせて街並みも小奇麗な並木があったり、シックな雰囲気のカフェがあったりと、ヒコみたいなチンピラ、PUNK風情が全力疾走してる光景は……まあ、似つかわしくない。
さらに似つかわしくない光景は続く。
ヒコが飛びあがり、そのまま目の前の白づくめの男に膝蹴り。見事に顎にキマる。 血が軽く吹き出し、そのまま転がる白。
インペリアルホテルの手前でひと呼吸。
勢いよく真っ白なバンが2台、ヒコを挟んで停車。 ブレーキ音がかな切り声に似ていた。
バンのドアが同時に開いて、また白ずくめの男達が飛び出してくる。
ヒコはニヤリと少し笑い、足を伸ばしてその場で回転する。
やかな高速。流れるような動きに合わせて、美しく足払いがキマり、2人転がる。
白ずくめの攻勢。中には日本刀のようなものを持ってる者もいる。刃まで真っ白だけど。
「なかなか大胆に来るやん。先にうんこしといてよかったわ」
ヒコは呟き、その刀を受け流す。少しだけ腕をかすめたが傷はない。 すかさずパンチを白ずくめに浴びせて、5メートル程吹き飛ばした。
そして後ろに立つ男に回し蹴り。無駄なく攻撃。
そのままヒコは前宙して相手の蹴りをかわし、着地と共にまた蹴り。 相手の顔面にキマり、白が赤く染まる。
そんな光景を、まるでアクション映画でも観ているようにただ見つめるミコ。 動けないままだし、今はそれを見てるしかない。
これは一体なんなんだろう。なにが起こっているんだろう。 グリッスルが言った言葉が気になる。
**戦争――**
「せ、戦争って……」
「我が妹、それを君が気にする事はないよ。僕が終わらせるんだから」
ずいっと手がさらにミコに近づく。 いつの間にか拘束が解かれ、自由になっている。
フラフワと浮いたような感覚が、ミコにはまだあるが。
おそるおそるその手を掴み取ろうと、ゆっくりと腕を上げ始めるミコ。
「さあ、おいで。僕の手を掴むんだ。共に行こう」
「……」
**『掴むなっ』**
「我が妹。共に安寧の世界を築こう」
「……」
**『おい! 戻ってこい!』**
「我がいもぅ」
「え?」
**『そいつイケメンのふりしてド変態だぞっ!』**
ミコの目が見開く。さっきから違う声がカットインしてくる。
聞き覚えのあるような……懐かしいような。でもどこか刺激的な。
もう少しでグリッスルとミコの手が触れそうな時、まるで照明が落ちるように白い光は消え失せた。
その直後、その空間は爆炎に包まれる。
さっき見た地獄のような光景にも似ている。
が、熱さを感じる。 咄嗟に顔を覆うミコ。
投げ出された身体が壁にぶつかって転がる。
煙を吸い込んでしまい、むせる。
すべてがリアルだ。目に染みている。
ミコは涙ながらに、ゆっくり目を開ける。
拘束されていた部屋……だ。天井が崩れているけど。
「なにド変態のイケメンにコロッと靡きそうになってんだよ」
声のする方を振り返るミコ。
ソファの上に仁王立ちするように……**ヒコだ。**
さっきまで戦っていたそのヒコが立っていた。
上がる噴煙をバックに、不敵な笑み。
この笑みは天使? 悪魔? もうどっちでもいい。
早く帰って夢から醒めたいだけ。




