5 やる気があるのは良いことだけど、無理はしちゃ駄目だよね
「――じゃあねー」
「また明日ー」
「今日さー」
様々な言葉が行き交う校門前。
放課後の長山第二中学校の前では、帰途に着く生徒達で賑わいを見せていた。
長山第二中学は部活動所属が必須とはなっておらず、放課後直ぐに帰宅する層と、部活動に勤しむ層に別れる。
今は放課後直ぐに帰宅する層の帰宅ラッシュの時間であり、下村朝陽もこの流れにのって友人たちと帰路につこうとしていた。
いつも通りの帰り道。流れのままに歩いていた朝陽は、友人の様子がいつもと異なることに気づいた。
「どうしたの、まーか?」
ボーっと何かを見てる友人。
何事かと、朝陽は彼女へ問いかける。
「……ね。あの人、どっかで見たことない?」
言われて友人の視線の先を見ると。
一人の女性が校門の道路を挟んで向かい側に立っていた。
薄手のニットとチェスターコートのトップスにデニムパンツを組合せた服装の、長髪の女性。校門の方へと顔を向けているが、帽子とサングラスを身につけており、その表情ははっきりと分からない。
「えー、分からん」
「ていうか、雰囲気怪しくない?」
「そうかなー、見た事ある気がするんだけど」
「不審者がいたら教えろって先生言ってたよね」
口々に話す友人達。
否定的な意見も出る中、朝陽がふと何かに気づいた。
「あっ。……いや、大丈夫じゃないかな」
そう言うや、女性へと近づいていく。
「「「ちょ、あさひ!?」」」
「こんにちはー」
友人たちが静止するも歩みを止めることなく、朝陽はそのまま怪しい女性へと声をかけた。
「ん……あら? あなた」
声をかけられた女性が朝陽へと顔を向けると、彼女もまた朝陽に気づいた様子を見せた。
「あ、やっぱこの前の人ですね」
「久しぶりね」
笑いながら話しかける朝陽。
その女性は、先日朝陽が遅刻しかけて渚に叱られた日。通学中に声をかけた少女の傍にいた女性だった。
「この見た目で良く分かったわね」
自身の姿を見下ろしながら女性が言う。
不審な恰好をしている自覚があるのか、あるいはわざとそういう格好をしていたのか。
真意は分からないが、問いかけられた言葉に朝陽は笑って返した。
「ちょっと変わったイヤリングしてるなーって思ってたので」
「……あぁ、なるほど。ふふ、可愛いでしょ?」
「はい!」
髪を耳にかけていることで、そこから覗くウッドビーズのロングイヤリング。それを見せびらかすような仕草を取る女性。
彼女の問いに朝陽は大きく頷いた。
「そう言えば、あの後学校には間に合った?」
「おかげで何とか大丈夫でした! ……まあ、ギリギリ過ぎて風紀委員の子には怒られちゃいましたけど」
「あらー、なかなか厳しいのね」
「そーなんですよー」
屈託なく笑う朝陽。それに釣られて女性もまた笑みをこぼす。
楽しそうな表情を見せながら、女性が朝陽の後ろに目配せする。
「後ろの子達はお友達なの?」
「あ、そうなんです! ……て、あれ?」
友人達を紹介するべく後ろを振り返った朝陽だったが、友人達の更に背後に居た人物が目に留まった。
「――何であんたが……」
その人物――藤堂渚が小さく呟いた。女性を見て、唇をわななかせている。
朝陽の目から見ても、明らかに渚の様子は変であった。
「会えて良かったわ。元気……そうね?」
何事かと首を傾げていた朝陽だったが、女性から発せられた言葉に驚いた。
渚と知り合いなのかと問おうとした朝陽だったが、それより先に渚が叫んだ。
「あんたが何でここにいるのよ!」
普段見ない、敵対する者を見るような目。
その視線は変わらず、女性に向けられている。
「……ちょっと近くで用があって顔を出しただけよ。すぐ帰るわ」
「帰ってくるなって言われてたでしょ!」
なおも叫ぶ渚に、女性が呆れたように視線を向ける。
「あなた……まだ言いつけに縛られてるの? 頭固いのは変わってないのね」
「あんたが悪いんでしょうが」
頑なな渚の態度に、ため息を吐いた女性が朝陽へと顔を向けた。
「ごめんね、お邪魔みだいだから帰るわ。ええと……」
「あ、下村朝陽です」
「そう、朝陽ちゃん。私のことは凛って呼んで。じゃあね、また会いましょ」
「あ、はい。さよなら」
凛と名乗った女性は朝陽に手を振ると、その場から歩き去った。
去っていく背中を睨んでいた渚だったが、凛の姿が見えなくなると、今度は朝陽へと噛み付いた。
「あさひも、何であいつと仲良くしてるのよ」
「ちょっと渚。言い過ぎだよ。凛さんが何したって言うの? ていうか、どういう関係なの?」
「それはっ……とにかく、あいつと関わっちゃダメなの!」
そう言い捨てると、渚は早歩きでその場を去っていった。
「えー説明なし? ……渚、どうしたのかな」
頭を掻く朝陽。
「あさひー、うちらも帰ろー」
「あ、ごめんごめん」
「ね、ね。さっきの女の人、どういう関係なの?」
「大したことじゃないよ。この前ね――」
気にはなるが、考えても分からない。
状況に置いてかれていた友人達の言葉に返すと、朝陽は考えるのをやめて、今度こそ帰路についたのだった。
◇
「――ねぇ、葉月ちゃん」
「どうしたの?」
下村さんが真剣な表情で僕を見てくる。
何か困ったことでもあったのかな?
これから一仕事しなくちゃいけないし、できるだけ――。
「何で、その格好なの?」
……恰好?
自分の姿を見下ろす。
マウンテンパーカーとズボン。パーカーで隠れてるけど、下はいつも着ているシャツだ。この街に来てからも似たようなのは着てるし、別に変じゃないと思うけど。
「一緒に買いに行った可愛い服は?」
口を膨らませながら文句を言われて、ようやく下村さんが言いたかったことを理解した。
彼女は僕がオシャレをしていないのが、お気に召さないみたいだ。
「今回は必要ないでしょ?」
「えー、可愛いくない」
前回みたいに、可愛い恰好をすることでロボットを釣りだせるなら着るけどね。
今日は服装は関係ないから、着る意味がない。むしろ動きやすい方が良い。
それに服を買った時よりも、最近は寒くなってきてる。この身体になってから風邪をひいたことはないけど、暖かい恰好はしたい。
まだ納得がいってなくて駄々をこねてる下村さんを見る。
我儘言われるのは困ったものだけど、元気そうで何よりだ。
今日は久しぶりの活動だ。
ロボットを追い詰めたものの取り逃した前回。下村さんも藤堂さんも寝不足気味だったから、僕らは一週間の休みを取った。
そうして迎えた今日。しっかり休みを取ってくれたおかげか、下村さんはやる気がみなぎってるみたいだ。
うん、頼もしいね。
でも――。
下村さんから目を離して、隣を見る。
「何よ」
藤堂さんは何だかイライラしてるみたいだ。
あまり休めなかったのかな?
「もう少し休んでからにする?」
「何でよ。葉月達が頑張って探してくれたのに、無駄にはできないでしょ」
うーん、やる気はあると思って良いのかな?
藤堂さんが言うように、二人が休んでる間に僕と優太は、色々と調査をしてロボットが潜んでる場所のあたりをつけてた。学校に通う彼女達と違って、僕らには昼間の時間があるからね。
藤堂さんはそのことを言ってるんだろうけど……。
「別に、今日絶対に何とかしないといけないわけじゃないし。もう少し休んでからでも大丈夫だよ?」
「十分休んでるし、問題ないわ」
問題ありそうなんだけどなぁ。
下村さんと優太を見ると、彼女達も何か言いたげな顔をしてた。
やっぱ、心配だよね。
でもなぁ。本人が大丈夫って言ってる手前、無理に止めることもできないし。
……仕方ないかぁ。
前回戦ってるのを見た感じ、今追ってるロボットはそんな強くなかったし。何かあってもまた取り逃がすだけで済むだろうから、今日のところはこのままでもいいかな。
「そっか、無理はしないでね」
藤堂さんに向かって頷いて、そう返す。
とりあえず、彼女の様子には注意しとこう。
不安要素はあるものの、僕らはいつもの活動を開始した。
肌寒い夜の街を、四人で静かに移動する。
程なくしてロボットを発見した。
ロボットも僕らの存在には気づいたようで、すぐに逃げようとした。
けど、数の有利は偉大だ。
挟み撃ちをかけるようにして追い立てて、僕らはどこかの放棄された工場へとロボットを追い詰めた。
窓からの月明かり程度しか光が存在しない、暗がりの構内。
乱雑に放置された用途不明の鉄板や鉄骨。それらに囲まれて、形作られたスペースでロボットと対峙する。
「今度は逃がさないわよ」
言いながら、藤堂さんがハンマーを振りかざした。
勢いのままにロボットへと叩きつけようとした直前――。
「――なっ!」
黒い人影が突然現れて、ハンマーを受け止めた。
藤堂さんは驚きの声をあげながらも、後ろに跳んで人影から距離を取った。
藤堂さんに怪我がなさそうなことを横目で確認してから、その場に立ったままの人影を注視する。
――それは、スーツの男だった
手には短い刃物のようなものを持ってる。あれでハンマーを受け止めたのだとしたら、とんでもない膂力の持ち主だ。
「――へぇ、大した力だな」
スーツの男が、低い声で呟いた。
こちらを見る冷めた目に、警戒心が湧き上がる。
藤堂さんはもちろん魔法少女の姿をして巨大なハンマーを持っている。それらを目にしてるのに、驚いた様子が見られない――この人がここに現れたのは偶然じゃない?
「……その体格で振り回せて、かつ迅が認めるだけの力を発揮する武器か」
工場内に低い声が小さく響いた。目の前にいる人とは、別の声だ。
慌てて周りを見ると、工場内の暗がりから更に人影が現れた。
「思わぬ拾い物かもしれんな」
その人影――ロングコートを着た金髪の少年が、冷たい視線を僕らに向けていた。




