1 久しぶりに帰ったら地元が変わってたなんて良くあることだよね
不老不死を解く方法を見つけるため、地元に帰ってきた。
いやー、懐かしいね。全然記憶に無いけど。
そりゃそうだ。物心ついてから……いや、つく前からずっと研究施設暮らし。
研究施設が崩壊した後は、逃げるようにこの地を去って、それから二百年も経ってるのだ。
当時の街並みの風景なんて覚えてるはずが無い。
なので初めて訪れる街を歩く気分で、街並を観察してみる。
駅前はデパートが建っていて、そこそこ人も多い。
そこから少し離れると、住宅街があったり、お医者さんやスーパーがあったり。大通りは車もそこそこ通るけど、脇にそれると数は減って静かになる。
――うん、普通の街だね。田舎ではないけど、大都会というわけでもない。そこそこ栄えた、ごく普通の街。
とても怪しい研究施設があったようには見えない。
きっと、うまく街中に溶け込んでたんだろう。いかにも悪い組織にありがちな感じだ。
さて、元の施設は何処にあるんだったかなぁ。
観光気分で周りを観察しながら、僕は昔の研究施設を探し回った。
この時はまだ、まあ探せば見つかるだろう、なんて根拠もない自信を持ちながら気楽に居たのだけれど――。
「――見つからないなぁ」
橋の欄干に腰掛けて黄昏れながら、僕は弱音を吐いた。
研究施設を探し始めてから数週間。
何となく、この辺だった気がするって場所を手当たり次第に探してみたのだけれど、研究施設は影も形も見つからなかった。
「もしかして、崩壊した後に全部撤去されちゃったのかな……」
仮に研究施設が爆発した時に施設が放棄されてしまってたら、当時のものが何も残ってなくてもおかしくない。何せ、爆発したのは二百年も前だし。
逆に爆発した後、施設を再建して研究を続けてたとしたら、それはそれで簡単には見つからないようにカモフラージュされてるだろう。
どっちにしても、探すのは非常に困難だってことだ。
――うーん、困ったぞ。
この街に戻ってきた時はもっと気楽に考えてたけど、思ったよりも大変かもしれない。
「どうしよう……ん?」
手品でよく使ってるコインを手癖で触りながら悩んでると、不意に揺れを感じた。
揺れは直ぐに収まったものの、暫くしてからまた揺れる。そして、また直ぐに収まる。
不定期に、けど確かに何度も繰り返し揺れていた。
「地震?」
ここは日本だし地震自体は珍しくない。二百年も生きていれば、何度も遭遇したことはある。
でも、ここまで短い間隔で弱い揺れが繰り返し発生するなんてことは、それこそ大地震が起きる時ぐらいでしか起こらないと思う。
まさかと思って腰掛けてた欄干から飛び降り、警戒しつつ周囲の様子を窺う。
すると、ちょうど目を向けた先に、おかしな光景を見つけた。
「……何あれ?」
川沿いの河川敷。そこで、やたらと大きい何かと人間が向かい合ってた。
人間は女性……女の子かな? アイドル衣装みたいなのを着てる。
大きいのはこけしの様に見えるけど、サイズ感がおかしい。女の子の二、三倍はあるんじゃないかな。
女の子はこけしの周りを激しく動き回りながら何かをしているようだ。
時たま、女の子とこけしの間で何か光ってる。
何やってるんだろう?
女の子がこけし職人で、巨大なこけしの制作に取り組んでる、とかかな?
でも何でこけし? この街の特産とかなのかなぁ。
よく分からないけど二百年生きてきた中でも、見たことがない光景なのは間違いない。
少し気になるし、見学しようかな。
そう思った僕は橋を渡り、河川敷沿いの土手を歩いて女の子と巨大こけしに近づいた。
そうして距離が縮まるごとに、僕は自分の予想が外れていることが分かった。
「……どう見ても、こけしを作っているようには見えないなぁ」
女の子はこけしを作ってるわけではなかった。というかむしろ、巨大なこけしと戦っているように見える。
そのまま河川敷に下りて、こけしと女の子から近い茂みに身を潜め、じっくりと観察する。
遠目にこけしに見えたものは、やっぱりこけしで合ってた。胴体だけの体に、おかっぱ頭の顔がのっかっている。よく見るスタンダードなやつだ。そのサイズにさえ目を瞑ればだけど。
――いや、よく見ると描かれた顔の表情が生きているみたいに動いてる。全然スタンダードじゃなかった。
無機質なこけしの顔が個性豊かに動いていて、凄く気味が悪いんだけど。
女の子はアイドル――というより、どっちかって言うと日曜の朝にテレビでやってるような、魔法少女みたいな感じだ。
赤を基調とした色遣いに、フリフリしたデザインの衣装。女の子自身も肩くらいまで伸びた髪の片側を編み込んでて、全体的に可愛らしい雰囲気をしている。
巨大こけしと戦う女の子……さすがに予想外だね。長く生きてきた中で、三本の指に入るぐらいの衝撃だよ。
そんな感想を抱いてる間にこけしの口が開いた。そこから小さいこけしが吐き出され、ミサイルみたいに女の子に向かって飛んでいく。
女の子が慌ててそれを躱す。
ミニこけしが地面に着弾すると、小さい爆発が起きて揺れが起きた。
さっきの地震の正体はこれか……。
さらにこけしがミサイルを放つ。今度は女の子が手に持ったステッキ――いや、ステッキじゃないね。何あれ? 掃除で使うコロコロ?
とにかく、女の子が手に持った何かを振ると、その軌跡をなぞるようにパステル色のカラフルな帯が空中に現れた。
その帯は物理的な硬度を持ってるみたいで、ミサイルは帯に当たると爆発する。障壁の役割を果たしているようで、ミサイルの衝撃を完全に受け取めたカラフルな帯は、少し時間が経つと色味が薄くなって消えていった。
何あれ、凄い! 見た目も魔法少女っぽいし、本当に魔法を使ってるみたいだ。
街を破壊しようとするこけしとそれを防ぐために戦っている魔法少女、て感じだね。
……いやまあ魔法少女が悪者で、こけしが正義の味方って可能性もあるんだけどね。見た目の印象としては、やっぱり女の子の方が良い人みたいには見えちゃうよね。
凄いなぁ、今ってこんなことになってるんだね。
いつの間にか、僕の地元はアニメの世界観が現実として存在する街になってしまったようだ。
まあ元々がどうだったかは、あんまりよく分かってないけど。
――あっ、女の子がミニこけしのミサイルを防ぎ損ねた。
爆発の余波を受けて、地面に倒れ込んでる。直撃はしてないみたいだけど、起き上がれないみたいだ。
こけしが口を開くのが見えた。
……あれ? これってもしかして危ない?
こけしがまた、ミニこけしミサイルを撃った。
「――まずい!」
気づいたら体が動いていた。
走って女の子の前に躍り出る――直後、ミサイルが殺到して僕に直撃した。
「ぐぇっ」
「なっ!?」
痛みと衝撃に堪らず呻く。
驚きの声が背後で上がる。
「子供? 誰っ?? というか大丈夫!?」
女の子から矢継ぎ早に声がかかる。盛大に混乱してるみたいだ。
当然だろう、知らない人が急に割って入ってきたんだから。
――ああ、やっちゃった。
人と関わるつもりは無かったんだけどなぁ。
でも、さすがに目の前で生身の人間が死ぬのを見たくはない。
この後どう誤魔化そうかなって考えてると、こけしがまたミサイルを放った。
えぇ、容赦なくない?
うぅ、仕方ないか……。
諦めて、ミニこけしミサイルを受け止めようとその場に仁王立ちすると、襟首を後ろから掴まれて、思いっきり引っ張られた。
喉が絞まって、一瞬呼吸が止まる。
訳も分からないまま、後ろに引かれて宙を舞う。
前方――さっきまで僕が居たところにミサイルが着弾するのが見えた。
数瞬後、地面へと落下した僕は激しく尻もちをついた。
……痛い。
「――何やってるの! 死ぬ気なの!?」
背後から聞こえてくる甲高い声。
……あぁなるほど、さっきの女の子に引っ張られたんだ。
たぶん、僕を助けるためなんだろうな。助けるにしても、もうちょっと優しくして欲しいよ。
そんなことを考えてると、女の子が回り込んで僕の前に立った。
「そこで待ってて。直ぐにあれを倒してくるから」
そう言うと、女の子がこけしに向かって突撃した。
こけしが女の子を迎え撃つべく、ミニこけしミサイルを撃つ。
女の子はそれを軽やかな動きで躱す。何か滑るように動いてるけど……あぁ、靴底にローラーがついてるのか。
女の子は滑りながら、どんどんとこけしとの距離を詰めていく。
何でだろう。良く分からないけど、さっきまでと違って凄く軽やかだ。
最初からこれなら、僕が身代わりになる必要はなかったんじゃないかな?
それとも魔法少女もののアニメみたいに、ピンチで力が湧いてくる。みたいなシステムでもあるのかな?
そんなことを考えている間にも、こけしとの距離を詰めた女の子がコロコロみたいなのを振った。
軌跡をなぞるように、何もない空中にカラフルな帯が生まれる。
女の子が空中に生まれた帯を足場にして跳躍し、こけしに肉薄した。
コロコロみたいなのを操って、こけしの体に落書きするようにカラフルな帯の模様を描いていく。
おぉ。何だかこけしが嫌がってるな。
女の子が細かく動いて翻弄しながら、何度もこけしに帯を描いていく。
こけしの体中に帯が刻まれたところで女の子がその帯の一つに掌底を叩き込んだ。
途端、こけしが苦しそうな感じにもがきだした。……あ、こけしにヒビが入った。
よく分からないけど、何かこのまま倒せそうな感じっぽい。
……よし、逃げよう。
元々関わるつもりもなかったし。不老不死だから、こんな怪我すぐに治るし治療なんて必要ない。
むしろこのまま、ここに残って怪我が治るところを見られるのは避けたい。
また化物扱いされるのは……うん、嫌だね。
そう判断すると、僕は既に治ってきてる体を起こし、立ち上がった。
そうして戦いの様子を窺いながら、こけしと女の子から距離を取っていく。
お、こけしの胴体が割れた。
うん、こうなったらもう大丈夫そうだね。
そこまで確認した僕は、後ろを向いた。
そして、そのまま振り返らずに走って逃げたのだった。




