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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
最終章 On The Rooftop
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46.供給の日

「お、修来たか遅いぞ!」


 俺がダッシュで教室に戻ると、元気に出迎えてくれたのは白い布を頭から被ってお化けか何かのコスプレを催した近藤だった。


「いや、時間通りなんだが……。」


 時刻は14時20分。後もう少しで一般公開が終わってしまうという時間だが、俺はシフトが入っているのだ。


 俺のクラスは30分置きで仕事を分担している。入口や整列など色々な仕事があるが、おそらく1番大変なのは近藤がやる驚かす役だろう。


「馬鹿野郎、時間丁度に来るんじゃ遅いのだよ。5分前行動を心がけてもらわないと。」

「……へいへいっと。」

 

 近藤は手作りの白カーテンを羽織って、完全武装。驚かすというのがこのお化け屋敷の最大の目的なので当然1番重要な役でもあるのだが、その驚かす役は実は近藤以外にももう1人いるのだ。


「分かってもらえればいいんだ。じゃあこれ。」


 それはまぎれもなく、俺だった。近藤が俺に渡したのは、灰色の布の上に赤ペンで血をイメージしたデザインが載せてあるゾンビのコスプレ用の衣装。


 そして俺はそれを確認した瞬間にあまりのリアルさに距離を取ってしまう。目はかなり充血していて、いかにもゾンビって感じを醸し出している。


「うおう……本当にやるのか俺が。」

 

 俺はこういう時の仕事は裏方が好みなのだが、どういうことかジャンケンに負けてしまい、この役を押し付けられたのだ。


 そしてこのゾンビはゴール直前の最後にベッドに寝ている状態でスタンバイし、そこで起き上がらせて追いかけることによって驚かすといういわば超大役。その分のプレッシャーも半端ない。


「いい感じにゾンビになりきってくれよな。じゃあ配置についてくれ。」


 俺はポケットから携帯を取り出し、現在時刻を確認。14時28分。シフトは30分から15時まで。


「じゃあ電気落としまーす!準備いいですかー?」


 こうしている間にも近藤が仕切って声をかける。こうなったらやりきるしかねえ。俺は短く返事をした。


「うぃーっす。」


 そして、照明が落とされた。とたんに教室内は静まり返り、聞こえてくるのは説明役が客にお化け屋敷の説明をする声だけ。


 つまり、もう客は来ているのだ。俺はベッドを模した段ボールの上に寝転がる。足音が聞こえてきたらゆっくり起き上がり、その後怖がって逃げるであろう客の後ろ姿を追いかける、それだけ。


「きゃあ!?」


 それからしばらく経つとあちこちで悲鳴が聞こえてくるようになる。最初の客はどうやら女性のようだが、各仕掛けはちゃんと成功しているようだ。


 ここに来るまではかなり時間を要するはず。それまでをずっと寝転んで過ごすというのはとても退屈だが、集中していないと見逃してしまうかもしれない。


 30分仕事をすればいいんだ。そう考えると楽に聞こえてくる。


 そして、運命の時はやってきた。小さな喋り声と共にコトコトと静かな足音が聞こえてくる。


 ゾンビに模した俺の頭上には軽い照明がついている。これにより嫌でもゾンビが目に入るという近藤の案なのだが、果たして吉と出るか凶と出るか。


「きゃっ!?何これ!」


 ターゲットが俺の視界に入りこんできた。練習通り、俺は照明の下、ゆっくりと起き上がりゾンビコスプレの姿を見せ始める。


「きゃあああああ!!」


 そこまでは良かったのだが、俺が段ボールから下り始めると、その女子はあまりの恐怖か、一目散に逃げてしまう。


 俺は茫然と立ちつくしてしまう。追いかける暇もなく、向こうから凄まじいスピードで逃げてしまったのだ。


「……成功っぽいな。」


 思わずこんな独り言がこぼれる。終わりがどうであれ、俺の想像以上に怖がってくれたのは良い収穫だったと言える……はずだ。


 とりあえず俺は再度段ボールの上へと戻っていく。ぼーっと突っ立っている暇などないのだ。すぐに次のお客さんがやってくる。


 俺は息を呑んだ。この調子でいくぞ。




「……あれ、朱音ちゃん?」


 私は辺りを見渡しましたが、どこにも朱音ちゃんがいないことに気づきました。どうやらはぐれてしまったようです。


 私はラインで連絡を取ろうと、携帯を確認します。ラインにはまだ何も来ていないようだったから、私から、今どこ?とメールを送ります。


「……もうこんな時間かあ。」


 携帯の時間で現在時刻を確認すると、14時49分。もう少しで一般公開も終わってしまいます。


 時の流れというのは本当に早いものです。ついさっき文化祭が始まったばかりなのに、もう1日目が終わろうとしているし。


 そんなことを考えて、少し待ってみるけどすぐに既読はつかないようだったから、私は一旦電源を切って、ポケットにしまいます。


 そして、ぼーっとしながら賑やかな校内をぶらつきます。ところどころ、カップルさんも見たりして、その都度いいなあ……と憧れてしまいます。


 あのカップルさんはどうやって結びついたのだろう、しまいにはそんなことを考え出してしまいます。男子の方からアタックしたのか、それとも……。


 その時でした。ティロンと携帯が振動しました。通知が来たということですが、ここは十中八九朱音ちゃんからのライン、そう考えて私はラインを開きました。


 どんぴしゃり……のはずでした。


「……?」


 確かに、朱音ちゃんからのメールでしたが、その内容は目を疑うものでした。




「15時なので30分のシフト終了です!みんなお疲れー!」


 近藤の大きな声とともに、真っ暗だった教室内に電気が点き始める。


 終わってみれば30分なんてあっという間だったという気持ちもあるが、しばらくはまた裏方でいいかなという気持ちの方が大きい。


 基本は追いかけるまでもなく驚かせられたので、個人的には大成功だ。ゾンビの着ぐるみを脱いで再度、着ぐるみをじろじろと眺める。


 それにしてもよくできているなあ、と。


「修もお疲れさん。」


 そして通路を通ってきて、顔を出したのはお馴染みの近藤。額には汗をかいていてとてもやりきったというのが伝わってくる。


「近藤もお疲れ様っと。次のシフトの人も来てるしとっととずらかろうぜ。」

「そう、そのことなんだけど、お前にお客さんが来てるぞ。」

「客?」

「そ、出口から廊下に出たら待ってると思うから顔出してきなって。」


 心当たりがなかったが、客と言われたからには待たせるわけにはいかない。俺は不審なまま、出口のドアを開けた。


 そして、開けると同時に後悔をした。


「やあやあ、お兄さん。」


 ドアを開けた先にいたのは我が妹、凛だった。中学の制服を着てそこに立っていたが、正直言って客とは呼べなかった。


「……客ってお前かよ。」

「お前とは何事!?せっかく妹が電車賃かけてまで来たというのに……。」

「で、用はなんだ?電車賃かけてまでくる用って。」


 それを尋ねると目の前の妹は急にもじもじとしだす。もったいぶっても妹には何の可愛げもない。


「ええっとですね……。実は志望校が決まりましてその報告にと。」

「何で今日ここで報告するんだよ……。別に家でいいじゃないか。」

「いや、だから私、ここ受けるから。文化祭を見るついでにお兄ちゃんにも会っておこうかなって。」

「え?今なんて?」


 何度か凛の成績は見たことがある。頭が悪いというわけでもないのだが、良いというわけでもない。少なくても現時点ではこの学校に来る学力はないはずだ。


 だからこそ、いまいち信用できないのだ。


「だから、私、この千鳥高校受けるから。」

「いや受けるって、お前偏差値あるのかよ?」

「んー、後10くらい?」


 あまりの無計画さに俺は呆れてしまう。5あげるのすら難しいのに、10あげるのがどれだけ過酷か分かっているのだろうか。


「……頑張ってくれ。ちなみに志望動機は?」


 これについては即答だった。

 

「制服がかわいいから!」


 これを聞いてさらに俺は肩を落とす。自分の妹の将来が自分より心配になってくるとはこれいかに。


「後、バスケ部で受ける人が結構いるからかな。」

「結構いるって……そんな頭いいのかよバスケ部。」


 千鳥高校はこのあたりだと有数の進学校を謳っているだけあって、偏差値も70弱あったはずだ。


「まーね。今日も男子と女子2人ずつ、4人で来てるし。」


 男子と女子……。それを聞くと俺はポケットに入れてあるあのお化け屋敷の券を意識し始めていた。


 男子と女子で入ると、プレゼントがもらえるという特別券。


「その4人は全員ここが志望校なのか?」

「そ!じゃ、これ以上待たせるのもあれだし、私行くね!」

「あ、待ってくれ!」


 俺は思わず引き留めてしまっていた。


「どーしたの?」

「明日も来るのか?ここ。」

「そのつもりかな!今日はあまり回れなかったし。」


 使えるものなら、使いたかった。でも、使う勇気が出なかった。


 どうせ、使わずに捨てるくらいなら、誰か需要のある人にあげた方がいいじゃないか。


「じゃあさ、これ持ってけよ。」


 そして、しわしわになった券を、凛に渡してしまった。

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