35.キス
「すごーい!とっても綺麗!」
3人の最寄り駅からは電車で10分程、そこから20分程歩くと例の山に到着し、そこから登ることさらに1時間。
3人は無事に標高200mの頂上に到達したのだ。
「だろ?何回来てもやっぱいいなここ!」
3人がこの高さから町を眺めるなんて、3人の短い人生の中でも初めてのことだった。そこからは住宅街がまるで点のように並んでいて、その先には冬のオフシーズンの海がキラキラと光っていた。
「で、これからどうしようか?」
景色を堪能した後、修がこう言った。確かに眺めはいいけども、小学生にはまだ早すぎたのかもしれない。すぐに飽きてしまったのだ。
「でも、まだ2時だよ!」
朱音が持参した腕時計で現在時刻を確認する。今から家に帰っても3時半。せっかく来たのだからもう少し遊んでいきたい。そんな子供心があった。
「じゃあさ。」
開登が一指し指を立てて言った。子供らしい、無邪気な顔だった。
「この山の奥行こうぜ!」
「奥?」
「そう!」
「でも、ここがてっぺんなんじゃないの?」
確かに開登はそう言った。ここが頂上だと言って2人をここに連れてきた。
「その通り!だから、俺らで冒険するんだよ!この先を。」
冒険。その表現は2人にとって、好奇心を駆り立てる魔法の言葉だった。そして2人は何も疑わずに、言った。
「さんせーい!」
開登はニコリと笑った。そこから先は進入禁止だとも知らずに。
「よし、じゃあ行くか!」
開登が先導、その後に2人がついていくという形で、道なき道を進んでいく。元から整備されていないから、野生の勘で進んでいくしかなかった。
「こういうところに来るのって、なんだかわくわくするな!」
修が目をキラキラさせてそう言った。そしてその言葉が引き金になったかのように、事件は起きた。
「わっ!?」
前を歩いていた開登が、突然悲鳴と共に姿を消したのだ。これを目の当たりにして2人が動揺しないわけもなかった。
「かっ、開登!?」
恐る恐る近づいていくと、大きな穴が地面に隠されていたのだ。整備されていなく、上手い具合に草むらに潜んでいたのだ。
一言で大きいと表したが、それは近づいて見てみると予想以上で、子供はおろか、大人1人も余裕で入ってしまうほどだった。
「ど、どうする?修?」
朱音も動揺が顔に出ていて、頬には冷や汗が流れていた。
「どうするって……行くしかねえ。」
「行くしかないって……どういう……。」
後先のことは考えてなかった。修は朱音の手を引いて、そして共に、自ら、奈落の底へと落ちていった。
「いったあ……。」
結果として、修と菜月の2人は生きていた。穴に落ちてからは真下に急降下という形ではなく、スロープとして滑っていったのが一番大きいと思われる。
そして、流れ着いた先は、水晶が入り混じる空洞だった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫よ!」
落下の時に、腰を強く痛めてしまったのか、朱音は動けないようだった。強がってるようだったが、本心は違うことを修は分かっていた。
それを確認すると、修は小さな尻を朱音に向けて、両手を後ろに差し出す。
「おんぶってこと?」
「そう。ほら、早く来いって。」
朱音は何も言わずに、ゆっくりと修の背中に乗った。自分より小さいながらも、どこか頼りになるものがあって、とても温かかった。
「修、意外と力あるんだ。」
「男だからな!」
修はそう言うと、朱音を担いだまま、ゆっくりと歩き出した。空洞の中からは、1つだけ洞窟に繋がる道が開けていた。
朱音は、腕時計のライト機能をオンにした。レストランの、お子様ランチのおまけのおもちゃか何かでもらったものだが、ライト機能がついているのが売りだった。
「お、さんきゅー。」
修がそう言ってから、2人の間に会話はなかった。いつもはうるさく、賑やかな2人だったが、この時は不思議と会話を交わさなかった。
だが、しばらく進んだ後、突然朱音が口を開いた。
「ねえ修。」
「どうしたの?」
修としては、何気ない普通の会話のつもりだった。しかし、朱音にとってはとても大事な意味を持っていた。
「大人になったら、結婚しよ。」
「……いいよ。しよう。」
「そんなこともあったなあ。」
何というか、黒歴史だったよね。今、目の前にいる修は何を考えているか分からない。とにかく言葉をぼかしているようにも見える。
もしかしたら、この事実を認めたくないのかも。1度思い出してしまったことだし、2人で洗いざらい話した。でも、正直言うとめちゃくちゃ恥ずかしい。それは修も同じはず。
「でもさ、不思議だよな。こんな前のことを2人ともこんな鮮明に覚えてるなんてさ。」
「……そうね。」
「でも、なんでかは本当に分かんないけどな。それほど印象が強かったってことかな。」
私は決心した。そして、再確認した。自分の気持ちに嘘はつけないってことを。
幼い頃から、どこか惹かれるものがあった。ずっと一緒にいて、それも毎日遊んでて。
「それは違うと思う。」
「え?」
あの時、結婚しようって言ったときもそうだったのかもしれない。あまりにも昔のことで確証はないけど、もしかしたらその時から。
「私と修だったから……じゃないかな。」
私がそう言ったのと同時だった。照らしていたスマホのライトに、ある岩の壁面が映りこんだ。
そしてそれには、相合傘の絵が描いてあって、その柄の両側には、乱雑な字で、しゅうとあやねと描いてあった。
「……やっぱり、俺らは昔、ここに来てたんだな。」
あまりに突然の出来事に修は何を言っていいか分からなさそうだった。そして私の心臓は、とてつもないスピードで鳴っていた。一歩間違えれば張り裂けてしまいそうだった。
「……降ろして。」
「降ろしてってお前……腰は大丈夫なのかよ。」
確証はなかった。でも、やるなら今しかない。
「もう、大丈夫。」
それを聞くと、修はゆっくりとしゃがんでくれた。私はドキドキが止まらなかった。頼みます神様。頼むから私の身体を10秒だけ、自由にさせてください。
祈りが届いたのか分からない。でも、私は立つことができた。
「大丈夫そうか?」
180度回転して、修は振り返った。修とこうして向き合うのなんて久々。小さい頃は私の方が背が大きかったのに。いつの間にか私なんて超していた。
そして私はライトが点いている携帯を地面に置いた。修の顔は見えない。でも今はそれでいい。修の位置さえ分かれば。
私は背伸びをした。それでやっと、修の唇の位置と重なるほどだった。背伸びをして少し足元が危うくなったので、修のシャツに捕まった。
そして、ゆっくりと唇を重ねた。
「え、ほんとにいいの!?」
朱音はとても驚いた。オーケーをもらえるなんて思ってなかったし、何よりこんなあっさり承諾を得られるのが夢のようだったからだ。
「うん。朱音と一緒にいると楽しいし。」
じゃあさ、と朱音は言った。
「証拠を残そうよ!2人が結婚するっていう。」
「証拠?」
「そう!例えば、落ちてる石で絵描くとか。」
朱音は修の手を振り払った。もう自分で歩けると判断したのもあるが、ここからは自分のやりたい通りにやりたかったからだ。
「もう腰は大丈夫なのかよ!?」
「大丈夫だって!元気出たし。」
朱音は適当に石を拾って、偶然近くにあった岩の壁面に相合傘の絵を描いた。
そして、左側にあやね、と書いた。
「修もほら!」
修はうん、と頷くと、右側に乱暴な字でしゅう、と書いた。




