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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
2章 Children Voice
34/59

33.限界点まで

「……え?」

「だからいるんだよ。好きな人。」


 緊張しすぎて心臓が飛び出てしまいそうだった。もしかして好きな人って俺じゃね?って考えるのはかなり図々しかったけども、淡い期待を馳せずにはいられなかった。


「その人ってどういう人なんだ?」

「さすがに名前は出さないけど、何事にも一生懸命で、スポーツに打ち込む姿がかっこよくて……。」


 口調から悟った。俺の好きな人の好きな人は俺ではない誰かで、そう考えると俺の恋は成立しないということを。


「……なんでそれを俺に話そうと思ったんだ?いないって嘘ついてもいいものを。」

「開登ってそういう秘密はしっかり守るやつだって聞いた気がするから、かな。話題も無かったし。」


 そして、俺はこの瞬間、この人のことを諦めることに決めた。


 それから会場まで、一言も会話を交わさなかった。



「って話よ。」


 開登が喋り終わった直後、周辺は謎の空気に包まれていた。スベらない話のノリではなく、単純に悲しいストーリーだとは予想することができなかったわけで。


「何というか、すごい切ない話だね……。」


 花園のこの一言に尽きる。ほんの2年前にこんなことがあったなんて当時の俺は知る由もなかった。


「これが俺の人生で唯一の恋なんだけどね。」

「……?じゃあ開登の初恋は中3ってこと?」

「そういうことだね。遅いかな?」

「相場が分からないけど、そういう人もいるとは思うよ。まだ恋したことない人だっているしね。」


 そう言って菜月は俺の方をじーっと見つめる。お前の事だよ、と無言で訴えかけているのは明らかだ。


「悪うござんしたね。恋したことがなくて。つーかなんで俺が恋したことないの知ってるんだよ……。」


 俺は人生で恋というものをしたことがない。女子とは昔からそれなりに話してきたけども、一目惚れというのはしたことがないし、キッカケがない。かといって恋をするキッカケもない。


「女の勘、かしらね。」

「いや怖いなそれ!?」


「あ、開けたところがあるよ!」


 そんなたわいもない話をしていると、花園が前方を指差す。つられて俺も見ると、歩いている森の道の先に、光が差し込んでいる。


「ってことはあれが200m地点ってことかな?」

「そうっぽい!」


 菜月と開登は勝手に合点すると、走って行ってしまう。いつまでも元気な2人だ。俺はおもむろに携帯で現在時刻を確認する。11時40分。これほどの標高だとさすがに圏外にはならないようだ。


「おい待てってお前ら……。」


 俺は若干呆れながらも、2人を追いかける。花園も黙ってついていく。


「おお……!」


 すると、そこは思わず感嘆の声を上げてしまうような絶景だった。標高200mは決して高いところではないけども、それを補うぐらいの綺麗な風景が広がっていた。


 近くには住宅街が広がっていて、遠くには透き通る海岸と海がどこまでも広がっている。


「修と栞もこっちで写真撮ろうよー!」


 その景色に見とれていると、後ろから菜月の声が聞こえてきた。振り向くと開登と菜月がこっちで手を振っている。


「お、待って!」

「私も!」


 そして俺と花園が合流し、携帯をインカメラにして自撮りの構えへ。携帯が圏外にならないからこそできる技というもの。バックには美しい眺めが。


「ほら、栞ももっと寄ってもっと!」

「う、うん……。」


 花園は俺の肩に手をポンと置いて体を寄せ合う。


 心なしか、腰のあたりに何か柔らかい感触があるような……気のせいだよな。俺の額を冷や汗が流れる。


 菜月はそんな俺の苦悩も知らずに携帯を斜め45度に見上げる。画面には密集してカメラに映りこむ4人の姿が。


「全員入ったね?いくよー!」


「はい、チーズ!」


 液晶には4人の爽やかな笑顔が保存されていた。


 

「このサンドイッチうめえな!」


 写真を取り終わった後はすぐさま昼食タイムへ。この絶景を見られた余韻がまだ残っているうちにと、レジャーシートを広げたのだ。


「だろ?実はそのサンドイッチ、俺も作ってるんだぜ。」


 俺が手伝いをしたのはサンドイッチだけだが、大きめのレジャーシートがいっぱいになるくらいの他のおかずも用意されていて、花園と菜月がどれだけ早起きして頑張ったかがよく分かる。


「え?修って料理できたの!?」

「サンドイッチの具詰めただけだけどな。それすらも花園先生のレクチャーがなかったらどうなっていたか。」

「いやいや、私はそんな大したことしてないよ……。」


 花園は謙遜するが、本当に料理についてはからっきしなのだ。その代わり、俺の料理スキルを限界まで吸収したのか、凛は何でも作れる。将来の夢も料理人らしい。


「ま、こういうのはピクニックで食べるからこそだもんね!」


 そう言って菜月もサンドイッチを頬張る。他には唐揚げ、おにぎり、ウインナー、卵焼きなど、弁当にもってこいのおかずがたくさん。これを全部2人で作ったとなると尊敬に値する。


「ほんとそうだよね。こういうところで食べる弁当って、学校で食べる弁当とは格別だよねえ。いつもの弁当がまずいって言ってるわけじゃないんだけども。」

「まあ開登はこの弁当に一切関わってないけどな。」

「朝弱いんだって……。そこは勘弁。」


 俺だって朝は壊滅的だが、枕が変わっても寝続けていられるほどではない。そうではあるけども、凛が起こしてくれなかったらほぼ毎日遅刻だ。


 開登はニコニコ笑いながら、女子組お手製の唐揚げを口に運んでいく。こいつ一切手伝ってないのに一番消化してるんじゃね……そう思った瞬間だった。


「って辛い!?」


 開登はその唐揚げを口に含んだ瞬間、開登は周囲に響き渡る悲鳴を上げる。


「あ、やっぱり開登に当たったっぽいね。おめでとう開登!」

「まさか本当に入江君が食べるとは……。」

「謎の祝福はいいから水を早く!」


 俺が飲みかけの水をパスする。開登はそれを受け取って、ゴクゴクと水一滴残らず飲み干す。後でもう1本買ってもらおう。


「……で、この激辛の唐揚げは何者だったんですか。」


 水で辛さを中和して、冷静になった開登が問い詰める。


「見ての通り、ロシアンルーレットよ。ただ作るのもつまんないから1つだけからしをふんだんに盛り込んだデンジャラス唐揚げを用意したってわけ。」


 開登以外はからくりを知っていたわけだが、俺らがその激辛唐揚げを引く可能性をあったのにも関わらず、あえて知らされていない開登が引いたのはさすがとしか言えない。


「一瞬生死をさまよったよ……。」


 そう言いながら、開登は次の唐揚げに手を出そうと箸を伸ばす。しかし、何かを思いついたように菜月を睨む。


「入ってない!もう入ってないから安心して?」




「そういや、これからはどうするのかな?海を制覇して、山も制覇したけども。」


 食べ終わった後、何も考えず、レジャーシートの上でのんびりしていたところを開登が話を切り出す。昨日、花園が言っていた通り、お泊りは今日で終わり。1泊2日というわけだが、午後はぽっかり空いている。


「それが、2日目に関しては何も決まってないんだよねー……。」


 花園がそう言うのだから本当にノープランなのだろう。


「この山登りも朝今朝、急に決めたことだしね。」


「じゃあさ。」


 開登は何か思いついたようだった。でもそれは昔から開登が見せる、子供らしい無邪気なことを思いついた時に見せる顔だった。


「この山の奥を探検しない?」


 突然すぎるこの提案に、皆が頭の中で疑問符を浮かべた。しかし、ある懸念があって俺は賛成しづらかった。


「だ、だめだって入江君。この先はそもそも通行止めだって。」


 花園が言っている通り、この先は人の手が入り込んでいないから、そもそも入ることすらできないはずだ。要は開登はこの事実を知っていてなお、この提案をしていることになる。


 通行止めのギリギリの地点に今立っている。行くか、行かないか。


「私は別にいいよ。ここまで来てあっさり引き返すのももったいない気もするしね。」


 しかし、まさかの菜月の賛成意見。俺は真面目ではないけど、決められたルールは守って生きてきたつもりだった。したがって俺は乗り気じゃなかった。


「おし。じゃあ過半数の賛成により決行致します!」


 4人の過半数って2人じゃねえか!?あまりに強引すぎないものなのか。


「おい、開登。やっていいことと悪いことが……。」


 俺の言葉に聞く耳を持たず、開登は通行止めの看板の横を通り越して、先に行ってしまう。俺が追いかけようとした時、横を長い黒髪のガウチョパンツが横切った。


「だめだって入江く……」


 花園が開登に追いついた瞬間だった。


「わっ!?」

「きゃあ!?」


 悲鳴と共に、2人の姿が消えた。


 俺と菜月はその地点の近くまで行くと、その正体が分かった。


「穴……。」


 人が一人すっぽり入るくらいの大きな落とし穴がそこにあった。俺は菜月と目を合わせた。


「……追うしかねえか。」


 そして、俺と菜月も穴に飛び込んだ。


 でも、どこか不思議だった。この山自体、どこかで見たような感じがあった。まるで遠い昔に来たことがあるような。


 そしてこの穴も、どこか既視感があるのだ。

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