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韓手2

「ほんと、蹴られるの好きね、お前」


韓国陸軍中央幼年学校在学中のチェ・ギュリ【14歳・♀】に、えぐられるようなミドル・キックを脇腹にお見舞いされたあと、中村少佐は耳もとで確かにそう囁かれた。


胴防具の上からでも強烈に伝わってくる、重い痛み。

その痛みに顔を歪めながらも、中村少佐は果然と前を見た。

相手【ギュリ】は涼しい顔をして、まるでダンスを踊っているかのような軽いステップを踏んで間合いを計っている。

その軽快なステップが、まるで中村をあざ笑うかのように一瞬で変速する。中村は瞬く間に―瞬く間も与えられないほどに―難なく接近を許して、ジャブからのワン・ツーを喰らった。


「どう? こっち(パンチ)もいいでしょ」

ギュリのパンチは華麗で、的確だった。中村は何ら有効な対処も執れず、ダメージでぐらりと仰け反ったが、ギュリは敢えて畳みかけず、中村が体勢を持ち直す猶予を与えた。

何とかファイティング・ポーズをつくる中村の目は、目蓋がハレて、汗が滲み、しかも頭部がくらくらして、ギュリの姿が万華鏡のように3重にも4重にも分裂して見えた。


『敵は…どれだ…。。目がやられている』

両脚をガクガクさせる中村に、中村の視界の中の右から2人目のギュリが右ストレートを伸ばす。

少し遅れて、他の3人のギュリが同時にストレートを伸ばしてきたかと思うや否や、中村は火花が出るような衝撃を顎に受けて、もう一度仰け反らされた。


「フフッ。。動きが鈍くて当て放題ってカンジ」

ギュリはわざとモーションを大きくした左フックを、彼のレバー目掛けて叩き込んでやった。

さすがにこれはかわせるでしょ、と思っていたギュリだったが、彼女の案に相違して、その左フックはまともに中村のレバーに激突した。

「ゴメンね、当てる気は無かったんだけど(笑)」

腹部への重篤な打撃に怖気づいて、自然とガードが下がる中村に、まるで教えて諭すようにギュリは頭部へ重点的にジャブを加えた。


スパーン・・スパーン・・スパーン・・・

そのジャブが余りにも綺麗に決まるので、ギュリは少しだけ爽快な気持ちになりながら中村の頭部へのジャブを続けた。

身長180cmに迫るほどの堂々たる体躯を誇るギュリに対して、小兵の中村は、両脚に蓄積するダメージから更に前屈みになっていたので、そのジャブは水平に打ってもちょうどいい高さで中村の頭部にミートした。格好のジャブの的だった。


『…クッソぉぉぉ。。このままではぁ…ジャブだけでKОされちまうぅ…』


中村が堪りかねて―間抜けたように―ガードを上げると、ギュリは今度はボディを叩いて、彼の注意を腹部に下げさせてやってから、またおもむろに、先ほどの様に連続ジャブをクリーン・ヒットさせていく。リズミカルな単純作業だった。


(顔へのパンチもお腹へのパンチも、私の思うがまま、って感じね)

しばらくそうやって遊んでから、ギュリはようやく飽きてきたのか、「ねぇねぇさっきから学習したら? 相手をよく見て! お腹も顔も守らなきゃ」

言ってちょっとだけパンチを打つ手を休めてやると、中村はぎりぎり顔を上げ、弱い視線でギュリを見た。


ギュリは笑っていた。中村と視線が合うと、ギュリは笑顔でウィンクした。「そうそう。相手をよく見ましょうね。大事なことだから覚えていてね」

それから信じられないくらい機敏な動作で右腕をバックスイングし、体重をたっぷり載せて相手の鼻っ柱を痛打した。


「がぁっ」

中村は太った家畜のような短い声を出して後方に飛んだ。中村に見えたのは、右ストレートを繰り出す前、一瞬ギュリのポニーテールに束ねた髪が揺れた映像と、それに続く暗転だった。

ギュリは付け足すように距離を詰めて細かい突きを腹部に見舞ったが、もう中村は何も見えていなかった。ただ暗闇の中でドンドンッ・と身体に衝撃を受けただけだった。


◆◆◆

『ばぁっばぁっばぁっばぁっばぁっ・・・』

無茶苦茶に粗い呼吸を繰り返しながら、床に尻を付けてへたり込んだ中村がようやく気が付くと、その朧な視界の中でギュリはペットボトルからドリンクを飲んでいた。


『ばぁっばぁっばぁっばぁっばぁっばぁっ・・・』

中村は壊れたふいごのように不完全な呼吸を続けた。こんなにも深刻に呼吸が錯乱するのは初めてのことだった。。立ち上がろうにも、腰も腕もどこにあるのか判らなかった。


ギュリがへたり込んでいる中村に、ドリンク片手にゆっくり近づいて行った。

「キャハハッ。息をするのもやっとですね」

からかうように丁寧語で言った。



『フル・コンタクトの試合形式をやろう。ヘッドギア無しで』

数分前にそう提案したのは中村の方だった。

相手が中央幼年学校の女子生徒であること、日本人としてのメンツを組織的に潰されていることで、怒りと屈辱で我を忘れていた。

開始直後のファーストコンタクトの前蹴りの一発で、『やばい・勝てない』と思ったが、中村はどうにか自分を奮い立たせた。立て続けに重いキックを受けて、戦意喪失してからも、パンチを織り交ぜながら揺さぶられ続けた。

けっきょく相手には一発のクリーンヒットも喰らわすことが出来なかった。代わりに無数の、ありとあらゆる種類のパンチとキックを全身に浴び、無残にダウンさせられた。


気付いたらギュリは中村のすぐ目の前に立っていた。見上げると、ちょっとずつペットボトルを傾けて、ゆっくりと口を潤していた。余裕感が全身から溢れていた。中村は後ずさりしようと右足に力を入れたが、靴底がこすれただけで体が動かなかった。

『ばぁっ・・ばぁっ・・ばぁっ・・ばぁっ・・・』

ギュリは中村の息が整ってくるのを待ってやった。そろそろいいかな、と思って、おもむろに「立てますか?」と訊いてやった。

中村はまた恐怖が蘇ってきて―好き放題、タコ殴りに殴られた恐怖―、何も言えなかった。ギュリは「立てますか・」と、今度は少しゆっくりと、しかし言い含めるように訊いてやった。

『あっ・・あっ・・』それでも中村の口からは、答えらしい答えは出てこなかった。


「どうしたの、ギュリ?」親友のヨンミ【14歳・♀】だった。

「ねぇ見てよ。この子がヘッドギア無しでやろう、っていうから相手してあげたんだけど、このありさま」ギュリは右手にペットボトル、左手にキャップを持ち、立ったまま足許の中村をあごで指し示した。「ざんねんながら私のウォーミングアップにもならなかった…」


「えー(笑)。。どれどれ?」ヨンミが興味深そうに近付いてきた。

中村は図らずも前方をギュリに、後方をヨンミに取り囲まれ、恐慌に陥った。『あばっあばっ…』と、再び息が荒くなった。


足許でテンパる小柄な日本人を無視して、二人の談笑が始まった。

「ダメだよ。弱いチョッパリを虐めてあげちゃ。私たちの役目はこの子たちの教育でもあるんだから」

「そうね…。じゅうぶん手加減したつもりだったんだけど。。私も『ヘッドギア無し』とか言われて、ちょっと頭に来ちゃってね。おとなげなかったかな…」

「もー。完全に弱い者いじめじゃん。ハンデ無しはさすがに無理だって。これだけ実力差があるんだもん。背も小っちゃくてリーチも短いんだし」

「ごめんごめん。そんなに言わないで」

「ま、こいつにとっても―」背中側に立っていたヨンミが身を屈めた。「―私たちには手も足も出ない、って気付いただろうし、そういう意味ではいい教育になったんじゃない?」

そう言ってヨンミは不意に中村の前髪を後ろから掴んで、グイッと引っ張って上を向かせた。

「ほら、ギュリを見てごらん。汗ひとつかいてないよ。息もまったく上がっていないし。。悔しくないの?」


中村にとって、時が凍り付いたように止まった。中村の視界に映るチェ・ギュリ【14歳・♀】は、確かに汗ひとつかいていない。息も全く乱れていない。優雅にドリンクを飲んでいる。

…勝てっこない……

認めたくないが、それは歴然たる事実だった。この女には逆立ちしても勝てない。彼女を前にしては、亀のように手も足も出ない。実力差がありすぎる。。。。。

…強い…強すぎるよ…もう嫌だよ…

とうとう中村は子供のように泣いた。


「ねぇ、悔しかったらもう一度かかっておいで。止めないよ。私、弱い者いじめは趣味じゃないの。たっぷりハンデをあげるからさ、、ね」

ギュリは素早く頭を回転させていた。こいつのプライドを上手に利用してやろう、と思った。

「勇気を持って。ホラ。。軍人でしょ? ヤマトダンジでしょ? 自分の半分の歳の子に、サンドバックみたいにボコボコにされたんだよ。悔しいでしょ? お返しに私のこと叩きのめしてごらんよ」

「くすくす。。(笑) 叩きのめすどころか、立ち上がることも無理っぽいよ。。ホラホラ、、だいじょうぶでちゅか~。たてまちゅか~~」

「もー。私の彼で遊ばないで。。ねぇ、こういうのはどう。キミはヘッドギアも胴プロテクタもぜんぶ付けてフル装備でいいよ。私は防具は要らないわ。それから蹴りは封印してあげる。右手も使わない。左手一本! これでどう?!」

そう言ってギュリも腰を折って身を屈めた。言いながら、笑いが堪えられなかった。ギュリよりも先にヨンミが吹き出した。

「ぷフッ。。アハハハハッ! それでもこの子じゃ無理だって。見てよ、完全に戦意喪失しちゃってる」

「トラウマになっちゃったかしら?」

「たぶんね。再起不能よ。弱すぎ(笑)」ヨンミは立ち上がりざまに中村の臀部を軽く蹴った。「ひえぇっ」という素っ頓狂な中村の声に、二人は満足げに笑った。


それからギュリは中村の顎を下から掴んでしゃくりあげて上を向かせた。そして正面から彼の顔を、目を覗き込んでやった。


(あがぁぁっ…)

もはや中村は呻き声さえ出せなかった。生身の恐怖心から堪らずに目の前のギュリから目を逸らした。


ギュリは失笑しながら、立ち上がった。「呆れた…正真正銘のクズだわ」中村を無視して、ヨンミに言った。もはや中村はモノとして扱われ始めた。

ヨンミに目配せして、ギュリは中村の後ろ襟の部分を引っ張って俯かせ、露出したうなじの部分にヒップを載せて腰かけた。

『うぐぅぅッ』かろうじて、ギュリのお尻の下で中村が呻いた。中村はジュリに腰かけられて椅子にされた。ジュリは広げた股の間から、中村の顔を覗き込んだ。

『うぅ‥ぐぅぅぅぅっ…』

顔面全体から汗を噴き出させる中村に、ギュリが言った。

「・・・つまらない意地もプライドも、キレイさっぱり、無くなっちゃったみたいね。これだけ言われてかかってこられないなら、明日の練習からキミは私たちの椅子ね。女の子ひとりひとりに、『僕に座って下さい。僕は椅子です』って言って回るの。座ってもらえたらその子にお礼を言うの。『座って頂けてありがとうございます。嬉しいです』って。それでいい??」

「それ、イイじゃん。このクズにはお似合いよ。私たちのサンドバックにもなれないんだから、椅子でじゅうぶん。むしろ幸せなんじゃない? きゃはっ(笑)」



『・・・う・・・う・・・うぐぐぐぐ・・・』


ギュリはお尻の下から獣のような呻き声を聞いた。

それは先ほどの呻き声と違って、わずかに反抗心が窺えた。

ギュリとヨンミは顔を見合わせて微笑み合ったが、ギュリのお尻の下にいる中村にはその表情は見られなかった。

『・・・ど・・・どけぇ・・・・。。ニホンジンを、なめるなぁ・・・。。。』


◆◆◆

なんとか立ち上がった中村の、捨て身の足許へのタックルを、バックステップで軽くいなし、ギュリは膝蹴りの要領で中村の顔面を蹴った。

ギュリの膝を出すスピードというよりも、むしろ自分の渾身のタックルのスピードで、彼は顔面をギュリの膝頭に激突させた。

『ごきっ』という、平べったい骨が陥没する音が聞こえて、中村はマットに沈んだ。

今度こそ起き上がらなかった。

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