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液体2

頭と顔の全体を濡らしきったところで、頭上から降り注いでいたその液体は止まり、『彼女』の影が移動した。

まもなく、丸山のすぐ隣―77番倭奴のいる地点―で、ふたたび『ジョロ・ジョロッ・』という液体の注ぐ音がし、しばらくして、止まった。『かさかさ』という衣擦れの音がした。


『彼女』は立ち上がって(直接視認できないが、気配で感じ取れた)、僅かの間そこに突っ立っていたが、脈絡無くきびすを返して去っていった。最後まで一言も発しなかった。


丸山は、何が起こったのか理解できなかった。『青天の霹靂』だった。どうして自分(と77番倭奴)は、頭から謎の液体をかけられたのか。そもそもあれは誰なのか。

丸山は、女がまた戻ってくるのではないかと思って待っていたが、しばらくしても、もう誰も来ないし、何も起こらない。どうやらこの唐突な『イベント』は、これで終わったようである。


それから丸山の心中に必然的に疑問が生じる。『この液体は何なのか』


まず、【温度】である。その液体は温かい液体だった。麻痺状態にある今の感覚下では当然、**℃という具体的な温度は分からなかったが、人肌ほどには温かいことは確かだった。

その温かみは冬の夜の屋外で冷え切った丸山の体を―頭部のみではあるが―かすかに温めていた。


次に、【匂い】である。寒さで鼻はかじかんでいたが、嗅覚は正常だった(むしろ感度が増していた)。それほど強い匂いではないが、炒り豆のような匂い、そして僅かにアンモニア臭がした。


最後に、【粘り気】だ。液体の色は判別できないが、頭にかけられた時と、顔を滴っていく時の感触で、その液体が真水に比べて粒度が高くとろみがあり、僅かに泡立っていることが分かった。


その三つから導かれる答えを、丸山は認めたくなかった。


この液体は尿だ。人間の尿だ。

俺は土下座している頭から、尿をかけられたのだ。おそらく『直』で、かけられたのだ。


もちろんそれを否定する仮説は、立てられなくは無い。例えば料理で出た排水かもしれないし、何かの動物の血液かもしれないし、特殊な用途のある薬品かもしれない。そうした液体を、容器に入れて誰かが持ってきて、屈み込んで頭からかけた・・・

しかしそれらの仮説を自分に信じ込ませられるほど、丸山は理知を失ってはいなかった。

そんな筈は無いのだ。頭からかけられたのは、先ほど何も言わずに去っていった女の、尿だ。


『どうしてこんな非道い仕打ちを受けなくてはいけないのか』


丸山は、もちろん自他共に認める、名実ともに『奴隷』であったが、そして、夜通し土下座させられたり、その他無数の非人道的な―家畜的な―扱いを受け、それを甘受しなければならない立場にあったが、それでも、この仕打ちは理解の範疇を超えていた。

説明が付かない。

これは『罰』なのか? 罰、だとしたらいったい何に対する罰なのだろうか?

こんな罰を、人が、人に対して実行して、いいものなのだろうか??


◆◆◆

かけられた当初は丸山の頭部を―純粋に物理的な意味で―温めてくれたその液体は、今では外気に触れて急激に冷え、むしろますます丸山の体温を奪っていった。皮膚の上から血液を凍らせんほどに、その液体は丸山に耐えがたい苦痛を与えた。

時間が経つにつれてその臭いも変化、というか激化していった。

最初はそれほどでもなかった悪臭が、明らかに程度を増していた。外の空気に触れることで細菌が増殖して臭気が増したのか、あるいは丸山の心理的な要因が、いわば『鰯の頭も信心から』で実感を狂わせているのか、おそらく前者であろう。その圧倒的に凝縮された臭気は、彼の臭覚を―時として触覚までをも―途切れなく攻撃した。


―この時点で、丸山は知らなかったが、77番倭奴は低体温症と呼吸困難によって落命していた。彼は(『料理教室』の段階で既に)丸山以上に体力の消耗が激しかったし、これは偶然であるが、泥水が気道を圧迫していた。『当たりどころ』が悪かったのだ。つまり、彼にとって、最後の『液体』が、致命的になった。

意識が途切れ、身体の各機能が低下し、誰に助けも求められず、静かに死んでいった。

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