第62話:【祝・一周年】 忘却の記念日と、軍師の呆れ顔
すべての光を平坦に吸い込む、無機質な白の空間。
そこでは、極限まで張り詰めたペンの引っ掻く音と、キーボードを乱れ打つ乾いた打鍵音だけが、耳障りなほど不規則に響き続けていた。
輝夜:「書籍化の修正……! 特典SS……! 次章のプロット……! 最新話の……! あああっ、時間が、時間が足りないぃぃ!」
荒い呼吸と共に、机の上の紙束がバサバサと不穏な音を立てて揺れる。
その背後。大気の温度が急激に下がるのを感じ、輝夜の背筋を冷たい氷の刃が這い上がった。
リナ:「……作者。その血走った眼球、今にも眼窩からこぼれ落ちそうですよ。見ていて非常に不気味です」
コツ、と硬いブーツの底が床を叩く音がピタリと止まる。
銀の髪を静かに揺らし、リナが冷徹な視線を輝夜の背中へと突き刺していた。
輝夜:「ひゃ、ひゃい!? な、なんでしょうか最高顧問殿! 違うんだ、今『南海動乱編』の裏側の盤面構築と、各方面への手配が佳境で……!」
リナ:「貴方の兵站管理能力が皆無なのは今に始まったことではありません。ですが、少しは休まないと、本当に物理的な灰になって崩れ落ちますよ」
リナが小さく息を吐き出すと、ふと、壁に掛けられた真新しいカレンダーへと視線を向けた。
リナ:「……そういえば。私が理不尽な泥沼の戦場(ブラックな職場)に放り込まれてから、随分と月日が経ちますね」
その言葉が落ちた瞬間。
輝夜の両手が、空中でピタリと硬直した。
カタカタと鳴っていた音が完全に消滅し、空間に奇妙な空白が降りる。
輝夜の首が、錆びついた機械のようにギギギ……とゆっくり壁のカレンダーへ向いた。
そこに記された日付。現在の日時。
輝夜:「あ……。ああああああああああっ!!」
突然の絶叫。
輝夜は椅子を蹴立てて立ち上がり、両手で頭を抱え込んだ。
輝夜:「わ、忘れてたぁぁぁっ!! 一周年! 連載開始から、ちょうど一年じゃないかっ!!」
リナ:「……自分の生み出した世界の誕生日を忘却するとは。創造主としていかがなものかと」
リナの底冷えする声が、冷たい風のように輝夜の耳を撫でる。
輝夜:「ご、ごめんなさい! だって、目の前の泥沼が深すぎて、カレンダーを見る余裕が……! すごいよリナちゃん! 丸一年間、走り続けてきたんだ!」
輝夜の瞳に、極度の疲労を完全に焼き尽くすほどの、熱狂の炎がドワッと燃え上がった。
リナ:「……走り続けてきた、ですか。私はひたすら泥を被り、胃薬を噛み砕き、奇妙な犬耳を着せられていただけのような気もしますが」
リナがこめかみを指先で強く揉みほぐす。ギリッ、と奥歯が鳴る音が微かに響いた。
リナ:「ですが……そうですね。一年間。長かったような、あっという間だったような」
リナは視線を落とし、自らの小さな掌をじっと見つめた。
何もない孤児院の片隅から始まり、帝国の最高顧問へ。
数え切れない血と泥の匂い。そして、温かいスープの湯気と、仲間たちの背中の体温。
彼女の指先が、ゆっくりと、祈るように握り込まれる。
リナ:「読者の皆様が、この一年間、ずっと見守ってくださった。……その事実だけは、私の計算式を遥かに超える、最大の奇跡ですね」
銀の仮面の下、その薄い唇が、柔らかく、確かな弧を描いた。
普段の冷徹な軍師の顔ではない。年相応の、だが深く、深く満たされた少女の微笑み。
輝夜:「うん……! 皆様の応援がなかったら、とっくにこの世界は崩れ去っていたよ。本当に、感謝しかない……!」
リナ:「ええ。ですから作者。一周年のお祝いにかこつけて、また私に奇妙な衣装を着せたり、理不尽なプロットを押し付けたりするのは……絶対に、やめてくださいね?」
輝夜:「うっ……! そ、それは今後の展開次第というか……!」
輝夜が視線を泳がせ、じりじりと後ずさる。
リナ:「……なるほど。すでに何か企んでいるのですね」
リナの瞳から温度が完全に消失した。
チャキッ。
部屋の隅で気配を消していたヴォルフラムの指が、音もなく剣の柄を弾く。
蒼い瞳に、絶対的な守護者としての殺気が灯った。
輝夜:「ひえええええっ! 違う! これは次なる『南海動乱編』を最高に盛り上げるための必要不可欠なスパイスで……!!」
絶叫と共に、輝夜が白光の空間を猛烈な勢いで逃げ惑う。
足音がドタバタと響き、机の上に積み上げられていた原稿の紙束が、空調の風に煽られて吹雪のように舞い散った。
ひらり、ひらり。
宙を舞う無数の白い紙片。
その向こう側、一周年を祝うかのような幻の拍手音が、静寂の彼方へと音もなく溶けていった。
皆様、こんにちは! こんばんは!
作者の 輝夜 です。
【祝! 連載開始から一周年を迎えました!! 】
なんと……! 本作『ようこそ最前線の地獄(職場)へ。軍師リナ、8歳です』が、連載開始から【1周年】を突破いたしました!!
書籍化作業や怒涛の展開に作者自身が完全にアップアップしており、あわや当日にスルーしかけるという大失態を犯すところでしたが……(笑)、無事にこの記念すべき日を皆様と迎えられたこと、本当に幸せに思います。
一年間、リナたちの泥臭くも温かい物語を見守り、応援し続けてくださった読者の皆様。
皆様からの「面白い!」「続きが気になる!」という声が、私の命綱であり、ここまで筆を折らずに走り続けるための最強の推進力でした。心から、心から感謝申し上げます!
現在は次章『南海動乱編(仮)』へ向けたヴィットリオ視点の前日譚をお届けしておりますが、盤面はここからさらに激しく、熱く動き出します。
1周年を通過点として、さらにパワーアップした物語をお届けできるよう、作者のHPを削って全力を尽くしてまいります!
これからも、リナたちの戦いと胃痛の軌跡を、どうぞよろしくお願いいたします!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!




