72話・戻ってきた団欒
「ほら、まずはこれを見てごらん」
「? 鏡?」
サフィールから手渡されたのは、細かな意匠が施された美しい手鏡だった。
アルヴィーはそれを恐る恐る両手で受け取ると、言われるままその鏡を覗き込んでみる。
「え……!?」
鏡に映るのは見慣れた自分の姿……、のはずだった。
いや、確かに自分であるのは間違い無いのだが、明らかに今までの自分と異なっている箇所があった。
「目と前髪が……赤い?」
そう。
栗色のはずだった髪は、前髪のひと房だけが赤く染まり、左の瞳だけが同じく赤く色を変えていた。
その深い紅色は、サフィールから贈られた魔石とよく似ている。
「え、なんで、えっ?」
「ふふ、驚いたか? 実のところ、私も驚いたよ」
当然、意味が分からず慌てふためくアルヴィーに、サフィールは悪戯が成功した子供のように肩を竦めて笑った。
「オレ達も、アルをここに寝かせた時に気付いたんだ」
くすくす笑うサフィールに代わり、テオドールがアルヴィーの疑問に答えてくれる。
「特殊な髪や瞳の色が、魔法を使えるかどうかの見分け方になるって言ったろ?」
「う、うん……。じゃあ、本当に僕が魔法でテオドールくんの傷を?」
「そうだって言ってるだろ! キラキラ〜って、すごい綺麗な光が出て、オレの手もピカーッて光って一瞬で治したんだ!」
テオドールが熱っぽく身振り手振りを交えてアルヴィーに説明する。アルヴィーはそれでもまだ信じられない心持ちだった。
「でも、僕今まで魔法なんて使ったこと……」
その疑問に対し、答えをくれたのはサフィールだった。
「後天的に……、つまりはある日突然、魔法が使えるようになる者もいる。かなり少ない人数だけど、恐らくアルも“そう”なんだろう」
そう言って、サフィールは赤く染まったアルヴィーの前髪をサラリと撫でる。
「魔法が覚醒したことにより、一部ではあるが髪と瞳の色に変化が起きたと考えるのが妥当かな。それにしても……」
「?」
きょとん、とするアルヴィーにサフィールは思わず苦笑を浮かべた。
自分を守る為では無く、他者を守る為に魔法が覚醒するとは……。
まるでアルヴィーの性格そのままを表しているようだとサフィールは思う。
今まで、自分が傷付いた場面は数え切れないほどあっただろうに。
アルヴィーのこれまでの境遇を思い返し、サフィールは「アルは本当に優しい子だな」と髪を梳いてやる。
その優しい感触に嬉しそうに首を竦めていたアルヴィーだったが、ふと、テオドールが自分のことを『アル』と呼んでいることに気付いた。
「そういえば、テオドールくん、僕のことアルって……」
「あ……」
すると、テオドールはほんのり顔を赤くして気まずそうに頭を搔いた。
「とっさに呼んで、そこから何となくそのままになって……、悪い、嫌ならやめる」
「えっ、嫌じゃないよ!」
そっぽを向くテオドールに、アルヴィーは即座に否定し身を乗り出した。
「あの……、僕も、テオくんって呼んでいい?」
おずおずとシーツを握りながら言うアルヴィーに、テオドールはパッ、と顔を上げて「もちろん!」と大きな声で応えた。
そうして二人がはにかむ様子を見て、サフィールも瞳を細め笑みを濃くする。
しかし、ずっとここでこうしているわけにもいかないので、サフィールが「さあ、」と言い、ぱん、と両の手を叩き合わせた。
「アルの魔法については、明日魔道士協会に行って詳しく見てみるとして、まずは夕食にしないか?」
そうサフィールが提案すると、途端に、ぐうーー、とアルヴィーとテオドールの腹が同時に鳴った。
それが可笑しくて三人でひとしきり笑い、それからゆっくりとダイニングへ向かう。
その日の夕食はサーモンのムニエルだった。レモンバターソースがたっぷり掛かっていて、輪切りのレモンも添えてあり見栄えからしてとても美味しそうだ。
綺麗な焼き色が付いたサーモンは、口に入れるとジュワッとバターの香りとレモンの爽やかさが溢れ出す。
付け合わせのジャーマンポテトは、アルヴィーやテオドールが食べやすいよう胡椒控えめで、その代わりたっぷりベーコンが入っている。
副菜にはグリーンサラダとオニオンスープ。温かいスープは今日の疲れを優しく癒してくれるようで、アルヴィーとテオドールはしばらく無言でガツガツと食べていた。
そしてある程度お腹が落ち着いたところで、二人は今日経験したことを、まるで大冒険にでも行っていたように興奮気味にサフィールに話して聞かせた。
サフィールはそんな二人の話をうんうんと頷いて聞きながら、子供達が無事だったことに内心再度ほっと息を吐く。
意外と大胆な二人の行動力に、もっとお守りを強化した方が良いかな? なんて過保護なことを考えながら。
(本当に無事で良かった)
アルヴィーの魔法の覚醒という懸念事項はある。けれど、今はただ子供達の無事を喜び、二人の話に耳を傾けていたかった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
これにて四章完結です。
物語が動く章になっていれば嬉しいです。
ここを機にタイトルを【居場所をくれたひと】に変更します。
そしてストックを増やす為、しばし休載致します。
書き溜めてきたらまた少しづつ投稿いたしますので、お待ち頂けると幸いです。
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