43 話・贈り物
それは大きくて分厚い本で、同じようなものが何冊か積んであった。
その一番上の本をアルヴィーが手に取る。
表紙には大きな文字と、美しい花の絵が描かれていた。
「わあ……!」
その分厚い表紙をそっと捲ると、アルヴィーはたちまち感嘆の声を上げる。
大きなページには左右いっぱいに色とりどりの草花の絵が描かれていて、その傍らに小さな文字の羅列があった。
何と書かれているかは分からないけれど、その美しいイラストに目が奪われる。
見たことのない色や形の草花がたくさん載っていて、それは見ているだけでアルヴィーの胸をどきどきと躍らせた。
「図鑑ですか」
サフィールがもう一冊の本を手にして言う。
そちらの表紙には蝶や昆虫が描かれていた。そして一番下の一冊には動物が。
「そう。植物図鑑と昆虫図鑑に動物図鑑。これなら字が読めなくても楽しめるし、載ってるものが何なのか知りたいっていう知識欲も出て勉強も捗るかと思って」
「いい考えですわね。……アルも気に入ったようですし」
植物図鑑を食い入るように見ているアルヴィーを見て、サフィールが優しく笑う。
どうやら図鑑はアルヴィーの心をガッチリと掴んだようだ。
「そして、テオくんにはこっち」
「え、オレにも?」
「もちろん! ほら、見てごらん」
「は、はい」
まさか自分の分まで用意されていると思わなかったテオドールが翡翠色の瞳を瞬かせる。
そして少し緊張した面持ちでノアに示された本を手に取った。
「これって……!」
表紙を見ただけでテオドールの表情が一変する。
そしてページを捲り、また捲り、真剣にそこに描かれているものを端から端まで目で追う。
「カッコいい武器がいっぱい載ってる!」
顔を上げたテオドールが、キラキラとした目でノアとサフィールの顔を交互に見た。
「ふふ、テオくんにはコレが一番だと思ってね」
思った通りの反応を返してくれるテオドールに、ノアが満足そうに笑った。
「これは……、武器のカタログですか?」
「そうだよ」
サフィールが今度はテオドールの前に積まれたうちの一冊を手に取る。
「初心者向けの練習用の木剣とか、冒険者向けのとか……。そこらへんのカタログは町の武器屋でも手に入るかもしれないけど、ソレはひと味違うでしょ?」
テオドールの持っているものを見て、ノアがにやりと笑う。
それはノアの言う通りのようで、テオドールは頬を紅潮させて「はい!」とコクコク頷いた。
「だってそれ、王国騎士団御用達の武器職人達の武器やら防具やらが載ってるヤツだからね」
「騎士団の……!?」
「そそ。お値段も凄いけど、見るだけならタダだからね。そこいらじゃお目にかかれない一級品だよ」
テオドールのカタログを持つ手が心なしか震えている。
憧れの騎士達が手にしている装備が、この中に所狭しと載っているのだ。感動と興奮で目を潤ませて、テオドールはノアを真っ直ぐ見上げ……、そして、
「ノア様、ありがとうございますっ!」
ぎゅっ、とカタログを抱きしめてテオドールがノアに礼を言った。
その声にはっと我に返ったアルヴィーは、自分が図鑑に夢中で礼を言いそびれていたことに気付き慌てて居住まいを正す。
「ノアさま、あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
座ったまま大きく頭を下げるアルヴィーに、ノアは優しい笑顔で返した。
「二人とも、良かったわね」
アルヴィーとテオドールが心から喜んでいるのを見て、サフィールも嬉しくなってしまう。
だから素直に感謝の気持ちを込めてノアへ「ありがとうございます」と礼を言った。
「……私ではこういう贈り物は思いつきませんでしたわ」
自分の至らなさに自嘲するサフィールに、ノアは「いいじゃない、そんなの」とあっけらかんと答える。
「サフィーは美味しいごはんを作ってくれて、あったかくて安心できる場所をくれて……、優しさも愛情もめいっぱい注いでくれて。十分じゃない?」
「そうでしょうか……。わたしはこの子達の保護者として、ちゃんとできているんでしょうか」
「当たり前でしょ。贈り物はお金さえあれば簡単にできるけど、サフィーのしていることはそう簡単にはできないことだよ」
自信なさげにする婚約者に、ノアは噛んで含むようゆっくり言い聞かせた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
今まで好きな事とか、興味のある事なんて考える余裕が無かったアルヴィーに絵本以外にも興味を持って欲しくて、絵本の延長みたいな感じで図鑑を用意してみました。
知らなかったことにたくさん触れて、色々なものに興味を持っていって欲しいです。
アルとテオの好きそうな物をピンポイントで持ってきたノアに、サフィールは自分に自信無さげですが、彼女は自分を過小評価するきらいがあり、ノアもそれを解っているのできちんと言葉で伝えてあげるようにしています。
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