1 消し去りたい記憶
人には誰しも少しは忘れ去りたい記憶があると思う。ふとした瞬間に思い出し頭を搔きむしったり枕に顔を押し込んだりしてしまいたい衝動に駆られてしまう『黒歴史』と言われているモノ。幼い時は世の中を知らないが故の全能感で、何者にもなれると思い込んでいたけれどそうではなかった。
四葉奏多が小学生の時に好きな女の子を助けようとして……嫌な記憶がふつふつと蘇りかけ頭を振り…思い出さないようにした。
あの時の事を考えるだけで気が滅入ってしまう…鬱々とした気持ちのまま陰キャ生活をしていたらいつのまにか高校生になり煌びやかな青春も謳歌せずに卒業の日を迎える。
「いってきます」玄関で靴ひもを結び、高校生最後の登校をするって言っても大学には無事合格し、来月からは花のキャンパスライフが待っている…訳はないか、性格は中々変わらないからな。中学デビューも高校デビューも盛大に失敗したので色を出さずに謙虚のこころで生きていこうと心に刻み付けた。
家から高校まで約30分自転車だと半分の時間で着くのだが高校3年間頑なに自転車を使わなかったのにはある理由があった、いつものこの時間、もうすぐ見えてくるだろうその姿を最後に目に焼き付けたかった。
『黒歴史』に出てくるヒロイン。英雄や勇者だと思い込んでいた痛い僕が救えなかった少女、黒川愛梨が学校に続く緩やかな坂を綺麗な黒髪を靡かせ歩いている。
彼女はその容姿や性格も相まって主に男子から絶大的な人気があった、僕の通っている高校の顔面の偏差値は男女ともに他の高校よりも抜きんで居て高い、その中でも人気があるっていう事は相当なものである。
彼女まであと30メートル…20メートル…今日こそは意気込む、卒業してもう会えなくなってしまうだろう、だからこそ最後に昔から伝えたかった事を言おう彼女まで残り10メートル…そして0メートル…
そして何時ものように通り過ぎる………僕の意気地なし!!3年間同じことを繰り返している、あえて言い訳をするならば彼女の人気はとても凄いクラスだけでなく他の高校の男子生徒からも告白されている。僕もその現場に立ち会ったことがある、その時は「昔から思いを寄せている人が居る」と断っていた、誰だよそいつとその日は枕を血の涙で濡らした。
深いため息をつき黒川さんの前をトボトボ歩いていると不意に声を掛けられる、壊れかけのブリキのおもちゃの如くギギギギと首を後ろへ向けると声の主の黒川愛理が笑顔を向けている。
「お…おひゃよう…」噛んだそれも盛大に恥ずかし過ぎて顔に熱が入るのが分かる、多分いま僕の顔は真っ赤になっているのだろう、彼女は小さく笑うそれは決して僕の事を馬鹿にしている訳じゃなかった、恥ずかしくて穴があったら飛び込みたいくらいの気持ちだったが彼女の笑顔を見ることができて嬉しかった。
「おはよう、カナちゃん」彼女は相も変わらずタイムスリップしたかのように昔と同じように幼少期からの呼び名で僕を呼んでくれる、ヤバい目頭が熱くなる出てきそう涙を隠そうと上空を見上げる。
「最後かも知れないから…伝えておきたくて」
彼女が消え入りそうな声で少し寂しそうにメガネの奥の瞳が潤んでいるようにも見える、今日は卒業式、3年間通った高校生活も最後だと思うと陰キャなりにも感慨深かった。
しかし、伝えたい事って何だろう…もしかして告白?!いや無いよな、でも思いを寄せている人が居るって聞いてたしそれが僕なのか?!いや無い無い無い…でもこの状況神様ありがとう高校生活最後にこんなご褒美が来るなんて…
「なんだか懐かしいよね。カナちゃん…ごめん四葉くんって呼んだ方がよかったかな」
「別にいいよ昔の呼び名で呼んでくれると嬉しいし、でも僕は昔の呼び名はちょっと恥ずかしいから」
『黒歴史』を経験しても親友で居続けてくれた奴がつけた渾名は高校生になってからも使うとなるとそれなりに勇気がいる…命名した本人は今も恥ずかしげもなく使っているようだったが…
「私は割と気に入っているんだけどな…」
唇を尖らし残念そうにしている彼女は昔と変わらず可愛い、顔に熱が集まるのが分かる前髪で顔を隠しながら逃げるように彼女の横に並ぶ「と、とりあえず遅刻しちゃうから早く行こう」へたくそな言い訳をしながら彼女を登校するように促した。
僕の気持なんかバレてんだろうな…幼いころに告白まがいの事もしていたし、中学校は幸か不幸か親の転勤とかで別になったけれど、高校で再会して3年間まともに話したことがない奴が昔の気持ちをズルズル引きずっているのは控えめに言って気持ち悪いのかな…兎にも角にも神様がくれたこの奇跡的な状況、味がしなくなるまで噛みしめよう。
肩を並べて歩き出す、道中はやはり無言だったが何だか懐かしい感じもする。
お互いの家が近いのもあって小学生の頃はあたりまえのように一緒に登校していたっけ、当時はお邪魔虫だと思っていたアイツが今はめちゃくちゃ恋しい何だか緊張で汗が出て来る。
「なんだか懐かしいね、小学校以来かなこうして一緒に登校するのも」
彼女の柔らかい笑みで問いかける、同じことを思っていたことに感動し緊張が少し解かれた。
幼い時と比べて街並みは少しずつ変わっていっている、よく通っていた駄菓子屋さんはコンビニに代わっていたし、街の開発でどんどん大きくなっていた、黒川さんとも少しずつ話せるようになり、離れていた心の距離が徐々に近づいていくのが分かって嬉しい。
「あの公園覚えている?よく3人で遊んでいたよね」
「そうだったね、黒川さん僕も覚えているよ。よくその公園で遊んでいたよね…」
『黒歴史』の舞台でもあるこの公園、今年は例年より早くに桜が咲いたようですでに満開だ、この公園は忌々しいが桜は何も罪はない思わず見惚れてしまう。そういえば昔遊んでいた遊具とか何個かなくなっている…危ない昔の記憶が蘇りそうになり顔が顰めそうになるのを気づかれないように必死にこらえた。
あの頃を思い出して彼女は微笑んでいた、僕が覚えていたことが嬉しかったようだ
「この公園取り壊しが決まったそうよ、マンションが建つみたい」
残念そうにそして懐かしむように公園を見ている。
僕はと言えば、ほっとしていた…嫌な記憶消そうとしても消せない記憶だったので、この場所だけでも無くなって安堵していた。
「そうなんだ…思い出の場所がなくなるなんて寂しいね」
などと思ってもいないことを言ってみる。
彼女は意を決したようにこちらを見ていた視線がぶつかりそうになり逸らす、告白とかそんな甘い雰囲気ではなかった、数秒しか経ってない無言の時間が胃をキリキリさせる。
「わたしは…貴方の事を…」
彼女は何かを言いかけるが言葉の途中から風音でかき消される、公園に咲いている桜の花弁が舞い落ちる
「カナちゃん、憶えている?この公園で私が泣いて…」
僕はその先の言葉は聞きたくなかった僕の『黒歴史』消し去りたい記憶。
彼女の言葉を遮るように叫ぶように言った。
「そ、そうだ先生に早くに来るように言われていたんだった」
逃げるようにその場から離れた、後ろの方で彼女の声が聞こえた気がしたけれど、振り返らなかった。
チム子です。
初めての作品なので誤字やら脱字やらあると思いますので申し訳ありません。
少しでも心に何か残せたら嬉しいかな。。。




