12
「私、貴方に呼ばれていたような気がしてた。…ねぇ、貴方の名前を教えて?」
艶やかな鱗を撫でながら、私は嬉しくなって話しかける。
『な…まえ?』
うん。
私がまた頷くと、ドラゴンは当たり前のように答えた。
『無いよ。そんなの、ない』
『僕らには、必要のない文化だから』
血の継承で私の中に流れてきた知識、DNAに刻みつけられた記憶から、ドラゴンは、はるかに人間の知能を凌駕しているのがわかる。
だから本当に、今まで必要がなかったのかもしれない。
多分、これからも。
…でも、私は困る。
血を分けてもらったドラゴンを、私はなんて呼べばいいのだろう。
私は、密かに悩んでしまう。
空は次第に明るさを増し、星はその姿を隠しつつあった。
『僕はね、サラが小さい頃を知っているんだ。人間なのに、目で追ってしまった』
『メスを求める繁殖期は、まだのはずなのに』
このドラゴンは男の子だったんだ。
外見からは、人間の私には区別すらつかない。
そして、なぜか、とてもいとおしそうに眺められる。
『だからね、僕に名前をつけて。…サラ、きみだけが呼ぶ、僕の名前だから』
ドラゴンの、その深い色に吸い込まれてしまいそう。
私は瞳を見返しながら、ふと閃いた名前を口にする。
「…ルーク。貴方の名前はルーク」
『ルー…ク?』
「そう、私の村の言葉で、蒼き星の輝きっていう意味があるの」
それは、とても自然に浮かんできた。
『ルーク!僕はルーク!いい名前だね。サラ、ありがとう』
どうやら気に入ってくれたみたい。
ルークは翼をバサリと広げ、嬉しそうに自分の名前を口ずさんでいる。
なんだか私まで、嬉しい気分になった。
「さっそくなんだけど…ルーク」
『なぁに?サラ』
無邪気にまとわりつくルークに、私は遠慮がちに話しかける。
「どこかで、水浴びをしたい…」
さすがに、血のこびりついた服と身体は生臭いと思う。
感触も居心地も悪いし。
『僕も賛成。だって、サラからは人間のオスの匂いがしてる』
私の息が一瞬止まった。
儀式の前に、湖で身体を清めたはずなのに。
「まさか、そんなわけ………あっ、ラス」
『ラス?』
ルークは私の瞳をのぞきこむ。
「ラスはね、人間の男の子で私の幼馴染み」
ルークに説明しながら、抱きしめられた感覚と唇の感触がふと、私の身体によみがえる。
『嫌だ、嫌だよ、サラ』
『僕のサラに匂いを付ける人間なんて嫌いだ』
そう言って、ルークはフイと顔をそむける。
ドラゴンの嗅覚は恐ろしいほど鋭いと思う。
ルークは、どうやら駄々をこねているみたいだ。
お母さん。
ドラゴンは本当に愛情深くて、嫉妬心が強い生き物なんだね。
ルークの態度で少しわかった気がする。
「友達を嫌わないで。ここに来るとき、私の背中を押してくれた人なの」
『だって…』
「大切な人は沢山いるよ?私は、人間のなかで育ったんだから」
そして私は、ドラゴンと共に歩む道を選んだ。
「今はね、ルークが一番大切。だから、私が育った環境を、人間を嫌わないで欲しいの」
人間の形をしているけれど、多分私はもう人ではない。
どんな変化が起きたのかはわからないけれど、人間よりも遥かに寿命が長いドラゴンと寄り添える身体に、私は生まれ変わったんだと思った。
だからもう、村の皆とは暮らせないんだ。
『うん、わかった。サラ、大好き、大好き』
「私もよ、ルーク」
私は朝日を浴びて金色に輝く身体に寄り添いながら、一粒だけ、ルークに気がつかれないようにそっと別れの涙を流した。
『サラ、僕の背中に乗って?水浴びが出来る場所、僕知ってるから』
ルークは私が背中にまたがりやすいように少し前に進むと、首をかがめる。
「ありがとうルーク、私、重くない?」
私はルークに身体を預けながら、相手はドラゴンだとしても気になってしまい、つい聞いてしまう。
『大丈夫。頼られてるみたいで、嬉しいんだ』
ドラゴンの答えに、私は少し照れてしまった。




