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「私、貴方に呼ばれていたような気がしてた。…ねぇ、貴方の名前を教えて?」



艶やかな鱗を撫でながら、私は嬉しくなって話しかける。



『な…まえ?』



うん。



私がまた頷くと、ドラゴンは当たり前のように答えた。



『無いよ。そんなの、ない』



『僕らには、必要のない文化だから』



血の継承で私の中に流れてきた知識、DNAに刻みつけられた記憶から、ドラゴンは、はるかに人間の知能を凌駕しているのがわかる。

だから本当に、今まで必要がなかったのかもしれない。

多分、これからも。





…でも、私は困る。



血を分けてもらったドラゴンを、私はなんて呼べばいいのだろう。



私は、密かに悩んでしまう。



空は次第に明るさを増し、星はその姿を隠しつつあった。




『僕はね、サラが小さい頃を知っているんだ。人間なのに、目で追ってしまった』



『メスを求める繁殖期は、まだのはずなのに』



このドラゴンは男の子だったんだ。

外見からは、人間の私には区別すらつかない。



そして、なぜか、とてもいとおしそうに眺められる。



『だからね、僕に名前をつけて。…サラ、きみだけが呼ぶ、僕の名前だから』



ドラゴンの、その深い色に吸い込まれてしまいそう。



私は瞳を見返しながら、ふと閃いた名前を口にする。



「…ルーク。貴方の名前はルーク」



『ルー…ク?』



「そう、私の村の言葉で、蒼き星の輝きっていう意味があるの」



それは、とても自然に浮かんできた。



『ルーク!僕はルーク!いい名前だね。サラ、ありがとう』



どうやら気に入ってくれたみたい。



ルークは翼をバサリと広げ、嬉しそうに自分の名前を口ずさんでいる。



なんだか私まで、嬉しい気分になった。



「さっそくなんだけど…ルーク」



『なぁに?サラ』



無邪気にまとわりつくルークに、私は遠慮がちに話しかける。



「どこかで、水浴びをしたい…」



さすがに、血のこびりついた服と身体は生臭いと思う。

感触も居心地も悪いし。



『僕も賛成。だって、サラからは人間のオスの匂いがしてる』



私の息が一瞬止まった。

儀式の前に、湖で身体を清めたはずなのに。



「まさか、そんなわけ………あっ、ラス」



『ラス?』



ルークは私の瞳をのぞきこむ。



「ラスはね、人間の男の子で私の幼馴染み」



ルークに説明しながら、抱きしめられた感覚と唇の感触がふと、私の身体によみがえる。



『嫌だ、嫌だよ、サラ』



『僕のサラに匂いを付ける人間なんて嫌いだ』



そう言って、ルークはフイと顔をそむける。

ドラゴンの嗅覚は恐ろしいほど鋭いと思う。



ルークは、どうやら駄々をこねているみたいだ。



お母さん。

ドラゴンは本当に愛情深くて、嫉妬心が強い生き物なんだね。

ルークの態度で少しわかった気がする。



「友達を嫌わないで。ここに来るとき、私の背中を押してくれた人なの」



『だって…』



「大切な人は沢山いるよ?私は、人間のなかで育ったんだから」



そして私は、ドラゴンと共に歩む道を選んだ。



「今はね、ルークが一番大切。だから、私が育った環境を、人間を嫌わないで欲しいの」



人間の形をしているけれど、多分私はもう人ではない。

どんな変化が起きたのかはわからないけれど、人間よりも遥かに寿命が長いドラゴンと寄り添える身体に、私は生まれ変わったんだと思った。



だからもう、村の皆とは暮らせないんだ。



『うん、わかった。サラ、大好き、大好き』



「私もよ、ルーク」



私は朝日を浴びて金色に輝く身体に寄り添いながら、一粒だけ、ルークに気がつかれないようにそっと別れの涙を流した。






『サラ、僕の背中に乗って?水浴びが出来る場所、僕知ってるから』



ルークは私が背中にまたがりやすいように少し前に進むと、首をかがめる。



「ありがとうルーク、私、重くない?」



私はルークに身体を預けながら、相手はドラゴンだとしても気になってしまい、つい聞いてしまう。



『大丈夫。頼られてるみたいで、嬉しいんだ』



ドラゴンの答えに、私は少し照れてしまった。


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