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まじっく  作者: かいん
14/20

統制


   1†12

 

「おじゃましま~す」

 豪奢なエントランスを通って超高速エレベータで十数秒。

 ミーナはすばやく玄関を開けて私を迎え入れてくれた。

 昨日より幾分掃除片づけがされた室内。リビングに買い物袋を置くように言われたあとシャワーを勧められた。

「長い夜になりそうだからね」

 それは私も覚悟していた。

 今日の王座取締役の態度を見ると、このまま終わるとはとても思えない。

 良くも悪くも今夜がひとつの節目となるだろう。まず私自身が大きく動いて出来る限りのことをやらなければならない。

 ミーナやガウが動いてくれても、おそらくは会社側の動静を伝えたりするのが精一杯。

 獅子身中の虫としては大きく期待されるが、やはり彼らはサラリーマンだ。

 風が本格的にこちらに吹き始めるまでは、私ががんばってみせるしかない。

 それに、楽座部長の言葉は私に大きな期待を持たせてくれた。

 そして最後の頼みの綱は、やはりトニーだ。

 シャワーから上がるとミーナはすでにデスクトップの前に居た。

 戦闘室とも言うべき奥の部屋はエアコンが効いていてすでに快適な状態。

 ころあいだ。

 私は自分用のマルチインターフェイスを装着し、ネットブックを立ち上げて大魔法使いミニカとなった。

 

 トニーの手配書は2日かけてすべての参加者に周知されたようだ。

 通常のタスクと違って、リーマス管理部の通知はどこに居るどんな者にも強制的に届き、開封される。さらにディスプレイの角には常に概略が強制表示されている。

 アロウの周囲は昨日よりもさらに大勢のハンター達で混雑していた。

 街に入りきれぬ者たちが外で野営用のテントを張っている。

 すでにサブイベントとして『クリア一番乗り当て』の賭場まで開かれている。アロウの街は一種のお祭り状態と化してしまっていた。

 ガウは人でごった返すカウンターをキッドに任せ、店の裏を会議室として提供してくれた。キッドに酒場を任せている間、ガウはただの一プレイヤーに戻り、管理部に対する義務を解除される。私はガウにお礼を言って、ミーナと共に店の裏へ滑り込んだ。

「表の人数見た? このゲーム始まって以来の人口密度よ。トニーが現れたとき、こいつらが無秩序に動くととんでもないことになるわ」

 ミーナは敵の動向よりもまずパニックの方を心配した。

「とりあえず表のごろつき共を可能な限りあたしたちの指揮命令下に置く必要があるわ。問題はそれをどう言う手段で行うか」

 ミーナはガウと私を交互に見た。

「利益誘導か、力か、金か…… 現実には」

 ガウはそう言って私を見た。

「分かってる。覚悟はしてきたわ。利益誘導と力と金、全部使ってでも従わせるわ。まず分け前で釣って、駄目なら叩き伏せて、それでも駄目なら買収してでも言うことを聞かせるつもりよ」

 私は二人の前に握りこぶしをかざして見せた。

 ガウは苦笑いしながら頷き、ミーナはウインクで答えてくれた。

「ありがとう二人とも」

「「どういたしまして」」

「ところでこの3人の中で王座取締役オーザのアバターを見たことのある者はいる? 私は無い」

 私が言うとミーナもガウも頭を振った。

「どうしよう。絶対的に不利だわ。あたしたちのことはすべてばれてるのに向こうのことはさっぱり分からないだなんて」

 ミーナはマジカルステッキを弄んで空中に円を描いた。

「オーザは俺たちのことをまったく信用していない。こればっかりは情報屋のバーテンにもどうにもできないな」

「私達は、オーザがいつどう言う形で仕掛けてくるかなんて関係無く勝てる作戦を立てないといけないってわけね。今の状況で深く考えてたって仕方ないわ。まず陣営を固めましょう」

 私がそう言うと二人は私に握手を求めてくれた。二人がいてくれるだけで心強い。

「あたしはRULER ONLYを持ってるけど、管理部の手前あからさまに動くことはできないわ。あくまで後ろの守りとして考えてね。ミニカ、がんばって」

「俺もそうだ。バーテンで情報屋として動くときの俺には、管理者サイドからの大幅な制約がかかってくる。それでも動きようによっては事態を好転させるカギになれるかもしれない。ミニカ、がんばれよ」

 ミーナとガウは、やはり日本BGMの社員で一介のサラリーマンなのだ。しかしそれゆえに、二人の気持ちは痛いほど伝わってきた。

「ありがとう。頼り過ぎない程度に頼りにしてるわ。任せて。私はこの世界では派遣の小娘じゃなくて最高レベルの大魔法使いよ。駆け引きと魔法と今まで貯めたギルすべてを使って事態を好転させてみせるわ」

「愛の力ね」

 ミーナが急に力の抜けるようなことを言う。止めてよ、もう~

「そうそう。これまでに無く大変なタスクなのに、ミニカ今までで一番楽しそうだ。俺こんなミニカを今だかつて一度も見たこと無いよ。トニーがうらやましいね」

「それ、どう言う意味よ?」

 ミーナがガウを睨みつける。

「言ったとおりの意味さ」

 この大変なときに夫婦漫才がはじまっちゃう~

「ミーナもガウも今はそこまで! そろそろ行くわ。表ではもう話さないわよ。用件はサインでお願い」

「ラジャ。二人とも死ぬなよ。今日はそれほどの日だぜ」

「あんたもね、ガウ。それにミニカ」

「生きてよミーナ、ガウ。そして今ここにいないトニーも」

 私は声に出して、そして心でも祈った。 

 私たちは時間をずらしてそれぞれの出口から表に出た。

 この瞬間から私は身も心も完全に超然不動の大魔法使いになった。

 

 広場の中央に立った私は群集がひしめく中、何の前置きも無くフレイムで数メートルの爆炎を立ち上げた。

 近くにいた何人かは大ヤケドを負い、急いで避けた者は剣や杖を構えて臨戦体制を取った。広場にいる数百人が一瞬にしてすべて私の敵となった。

 最初のインパクトとしては上出来だ。

「たったいまから私がこのアロウ周辺を仕切ることにした。承服する者は私に契約の証を差し出し、代わりにタスク達成後に報酬の一部を受け取れ。文句のある者は武器を持って前に出よ!」

 これだけの大群衆に言うことを聞かせるには、まずだれか見せしめが必要だ。

 ひねり殺しても心が痛まない者だれか一人だけ前に出てくれ。私はそう心から祈った。

 経験の浅そうな少年剣士が前に出ようとしている。私はそいつを無視して誰か適当な者がいないか探した。

「お、おまえの…… 今のやり方は、ゆ、ゆるせん……」

 少年剣士はボソボソと言いながら剣を構え近づいてくる。私は無視して探し続けた。 

 いた! 適任者だ。

 私を囲む輪の数列目にこのまえミーナに痛めつけられたバウンティハンター・ベクティムがいる。

「おい、そこの鞭使い! なんだその目は。文句がありそうだな。出て来い」

 かなり強引な呼びかけにベクティムはしばらく気がついていなかった。

「おい、分かってるだろ! 貴様だ貴様」

 ベクティムは魔法使いとしての私の実力を十分過ぎるほど知っている。奴は生来無頼で残虐非道の鼻つまみ者だが、この時ばかりは何も言い返さなかった。

 奴は私を見、自分自身を指差して『違う、文句は無い』という意図をジェスチュアで必死に伝えようとしてくる。

 私はそのアクションを無視して続ける。

「おお? なんだやるのか? 望むところだ。さあこっちへこい」

 私の強引な挑発を聞いて、ベクティムは柄にも無く泣きそうになった。

 すまん、ベクティム。悪いが、私が知る限りではこの中でお前がもっとも生きるのに値せん。この人数でもし大乱闘になったらどれだけ死者がでるか計り知れない。統制を取る為にとりあえず一人で死んでくれ。

「逃げたらその場で殺すぞ。さあ出て来い」

 ベクティムは母犬を慕う子犬のような目になったが、私はかまわず広場の真中に奴を呼出した。気の毒だが仕方が無い。

 ベクティムは仕方なく武器を持って広場の中央に出た。目には捨鉢な闘志が燃えている。特攻隊の心境なのだろう。悪く思うな。お前の死は有効に活用させてもらう。

「おうら!」

 奴の怒声。やるとなったらベクティムの攻撃はすばやかった。

 長い鞭を自在に操り、私の視界外から同時に数本の残像鞭を打ち込んでくる。奴の得意技だ。並みの賞金クビならこれで絶命するか手足を失う。

 仕方が無い、出血大サービスだ。

 私は8本来た中の2本のみ形だけ受け、マントを引き裂かせて倒れる振りをした。私と同レベルの実力者が見たらとんだ茶番だろう。

 もういいかな? ちょっと早いがサービス時間終わり。私はゆるりと立ちあがった。

「どうしたミニカ。思ったほどじゃないじゃねぇか? 大魔法使い様の呼び名が泣くぜ。ケケケケ」

 ナイスな性格。よし、同情の余地無し。

 私はダメージがある振りをしながら両手を前に出し、開いて発炎の魔法を全指にかけた。

「クリックボム!」

 10指の先がぼんやりと光り、魔力が臨界までたまる。

「ケケケどうした? ミニカ様がよ~ 挑発してその程度か?これなら俺が……ぐはっ」

 私が指先を弾くと奴の舌が発火した。これで万一命乞いを始められても他の奴らに気づかれず最後までなぶり殺しにできる。

「うごごごごご…… がが」

 もう悲鳴はうめき声にしかならない。

 私が4回連続で指を弾くと奴の両目と両足首が燃えて消し飛んだ。もう逃げることも出来ない。

 やられる方も苦痛だろうが、やる方も苦痛だ。私は立て続けに指を鳴らした。

 20回目くらいまではうめき声が漏れていたが30回を超えるとそれも無くなった。

 痙攣を起こしていた関節は焼け焦げて曲がったままになり、硝煙を上げる体躯は全体的に硬くなっていった。50回を超えると奴の全身は完全にケシズミになった。

 アーメン。成仏してくれ。

 

 私とベクティムの勝負はもっとも凄惨な形で終了した。

 私は冷酷無比な魔法使いっぷりをこれでもかとアピールできた。

 今のを見てビビらない者はいないだろう。さっき向かってきた少年剣士はその場で竦んで茫然自失となっている。おかげでもうだれも私に歯向かおうと言う者はいない。

 ありがとうベクティム。おまえの死は無駄ではなかった。

「今から隊列を整える。逆らう者はその場で死刑だ。レベル20以上の者に小隊長になる権限を与える。30人以上一組になってその中から自分らで小隊長を決めろ。小隊長に決まった者は私の元に隊員リストを提出せよ」

 私の『死刑だ』の脅し文句にはこれ以上ない説得力があった。

 今私が立っている場所から半径500メートル内外にいる大群衆は、すでに拷問後の囚人のように従順になっていた。私は広場の真中に出てからたった10分で5000人以上の家来を手に入れた。

 私の一連の行動を見て、上級者たちの中から拍手が起こった。

 彼等は、普段一匹狼で生きている私の大衆コントロールの手腕を見ていたのだ。

 私自身、よっぽどの覚悟がないと普通あそこまではやらないし、出来ない。

 どう、見ててくれた? トニー。私がんばってるよ。早く会って、いっぱい褒めてね。


 拍手している中には場違いなほど小さな子供も混じっていた。

 子供は私に駆け寄ってきて言った。

 「ミニカってすごいね。決めた! ボクのここでの師匠はミニカってことに決めたよ。よろしく先生」

 はあ? 突然何を言出すんだ? このガキは。

「こんなに残酷冷徹で鮮やかな倒し方ってミニカ以外にはだれも出来ないよ。すごいなぁ……」

 そういってその子供は棒切れで焼け焦げたベクティムの屍骸を突ついた。

「バカ、止めろ! 迂闊なことをするな!!」

 私は叫んだがすでに遅かった。

 ベクティムみたいな輩は、万一やられた時の為に自分自身にも魔法をかけていることが多い。死んでから始めて発動する勝者への呪いだ。バカなガキ、私ならなんてこと無かったのに。

 棒切れで焼死体を弄んでいる子供に、ベクティムの鞭が勝手に動いて背後から巻きついた。断末魔の念がこもった鞭は容赦の無い力で死体を冒涜した者を締め上げる。バカなガキは呼吸もできない。これも良い見せしめか? 

 いや、子供をネタにそれはない。助けて大魔法使いミニカの人望を上げておくべきだ。

 私が指を弾くと鞭は6~7の断片に分断された。切れた鞭はまだその場でトカゲの尻尾のようにのたうっている。私は一片も残さずそれらをすべて焼き払った。

 それを見た群衆の中から誰からとも無く拍手が起こり、それは連鎖してつながって、いつしか拍手喝采の大波となって広がっていった。助かった子供も拍手している。

「ありがとうミニカ。ありがとう。ミニカはボクの命の恩人だ。このご恩は決して忘れない。ボクはミスリル。10歳。魔法剣士を目指しているんだ。もし駄目って言われたって、ボクは絶対ミニカについていく」

 ミスリルは周りにも聞こえるよう大声で叫んだ。

 拍手喝采の大波はいつまでもいつまでも引くことが無かった。

 私はベクティムを惨殺してからたったの五分で、恐怖の魔法使いから子供を救うやさしい賢者に格上げされていた。

 予想外の事象。私は唖然とした。

 見下ろすと眼下ではミスリルがにっこり微笑んで見上げている。

 子猫のようなあどけない笑顔。事態はさらに好転したと見るべきだ。上手く行くときというのはこういうものなのかもしれない。私はミスリルに感謝することにした。

「分かった。付いて来い。しかし、私は厳しいぞ」

 そう言って私はミスリルを肩に乗せてやった。小さな魔法剣士は大喜びで頭にしがみついてくる。私の髪はくしゃくしゃだ。

 ミスリルはそんなことお構いなしに私の肩に乗っていることを周りの連中に自慢している。

 離れたところで見ていたミーナが私にウインクして手を振ってみせた。私もウインクして返した。

 小隊長たちからは続々と隊員リストが届けられてきた。小隊長の数だけで200以上。

 今や私は、冷徹さと温厚さを併せ持つ最強の魔法使いとしてカリスマ的指導者になっていた。

 そんな中、沸き立つ群衆の中から一人の男が顔を出して私に近づいてきた。

「オレも仲間に入れてやっちゃあくれめえか?」

 その顔を見て私は驚いた。

「お前は、カマキリローター!」

 男はゆっくりと頷いた。

「どの面さげて来たんだって思うんだろうがよ。すぐに信じろったって無理だろう。しばらくは前線にでも立ってやるからよ」

 カマキリは照れくさそうに言った。

「ミニカ、ザラク様の見舞いに行ってくれたんだってな。オレのドジの尻拭い、ありがとうよ」

「礼には及ばないよ」

「オレも元はザラク様と同じ技術畑出身でよ。気持ちはザラク様と同じなのよ」

 そう言うとカマキリは口パクに切り替えてきた。

【 ミ ー ナ ニ キ イ タ  キ ョ ウ リ ョ ク シ タ イ 】

 私にカマキリを疑う気持ちはすでに無かった。

「技術者にしかわかんねんだろうけどな、この気持ちは」

「いや、分かるよ。分かったつもりになってお前を迎える。ようこそ、カマキリローター」

【 マ ダ ウ ゴ ケ ナ イ  キ ョ ウ リ ョ ク カ ン シ ャ ス ル 】

 私は口パクでカマキリに伝えた。肩に乗ったミスリルは不思議そうに私とカマキリのやり取りを見ている。

 

 お膳立ては整った。

 しかし、ここには主役が二人も欠けている。

 トニーとオーザだ。





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