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14 港町と国境

週末再開と予告していてこの時間です。何とか軌道に乗せたいです。

 夜を徹しての準備が遂に終わり、辺境伯邸から荷馬車が次々と出発した。行き先は港町ニーメラ。そこにはアロネン商会が手配した船が待っている。


 列をなす荷馬車は王都の人々の目を引いた。

「あれは?」

「辺境伯の隊列だ」

「そういや国境で小競り合いがあったって…」


 人々が注目するのは荷馬車の御者台に座る少女だった。北方の人はソニヤのような薄い色の金髪かキジーのような黒っぽい髪が多く、オーレイリアの赤褐色の髪は嫌でも目立つ。それが日の光を浴びて紅く輝く様子にキジーは見とれていた。


 輸送部隊の荷物を載せた荷車は小柄な騾馬が曳き、ソニヤが手綱を取っている。キジーは荷物を背負い、その隣を歩いた。


「きょろきょろしてると転ぶわよ」

 ソニヤにからかわれて、メイドの少女は顔を赤くした。

「すみません。ずっとお屋敷で働いてて街に出るのはほとんどなくて」


 彼女が背負う粗末な鞄をソニヤは怪訝そうに眺めた。

「重くないの? 荷車に乗せれば良いのに」

「あの、これは自分が持っていたくて」


 鞄にはオーレイリアからもらったメイドの制服が入っている。これだけは人の手に任せたくなかったのだ。

 特に追求せず、ソニヤはすばやく見物人の群れに視線を走らせた。人々は主にオーレイリアを指差し、あれが侯爵家から離籍した娘だと言い合っていた。


「母親が辺境伯の娘だったから出てったって?」

「継母と色々あったって聞いたぜ」

「あそこは頑固な連中が多いから苦労するだろうよ」

「半分は放蕩侯爵の血なんだし」


 遠慮のない言葉に、キジーは鞄の肩紐をぎゅっと握りしめた。ソニヤが小声で毒づく。

「勝手なことを」

「……あの、お嬢様を受け入れない人もいるんでしょうか」


 不安そうなキジーにソニヤは顔をしかめて見せた。

「ロイヴァスは特に血統――それも直系の血筋を重視するから。トゥーリア様が病弱だったのも血が濃すぎたからだって言う人もいた」

「お嬢様はとても健康です」


 キジーが請け合うとソニヤは笑った。

「あの離れの特訓室、最初に見た時は何事かと思った」

 それにはメイドの少女も頷くしかなかった。


「この日を計画したのはトゥーリア様と先代侯爵様でも、実行したのはお嬢様。誘惑の多い王都でずっと勉強と鍛錬して……」

 力になれなかった悔しさに唇を噛んだ後、ソニヤは隣を歩く少女の肩を叩いた。

「ありがとう、お嬢様の側にいてくれて」


 とんでもないとキジーは首を振った。

「そんな、あたしは短い期間しか」

「それでも一人と二人は全然違うよ」


 自分こそ、怒鳴られ叩かれてこき使われるだけの生活を変えてもらった。名前を呼ばれ、名前を呼び、共に食事をして語り合う日々は夢のようだった。それだけではない。自分の運命を狂わせた者の正体をオーレイリアは教えてくれると言った。


 キジーは顔を上げた。悪夢に怯える夜を終わらせるためにもロイヴァスに行くと決めた。今日は記念すべき第一歩になるのだ。

 隣の足音が力強くなったのに、ソニヤはこっそりと笑った。




 王都からニーメラ港までは徒歩でも半日あれば着く。しかし休憩を挟みながらの大所帯の移動は思いのほか時間がかかった。


「何とか、日が暮れる前に着けたわね」

 海が見えてきたのにオーレイリアはほっとした声を出した。輸送隊長のヨーセフの顔にも安堵の色がある。


 荷物を監視する係を残し、輸送部隊はいつでも出港できるようになっていた帆船『オタヴァ号』に乗船した。

 キジーは夕闇に浮かぶ船の大きさに驚いた。


「こんな船で山脈まで行けるんですか?」

 素直な質問に周囲の人々が笑った。

「ああ、嬢ちゃんはクレーモラを知らないんだな」

「あれは海とも川とも違うんだよ」

 そう言われてもなかなか納得できない。キジーが知る水関連は井戸と川と池しかないのだから。


「さあ、部屋はこっち」

 女性と男性の居住空間は仕切られていた。意外そうな顔をするキジーに、年配の女性が教えてくれた。

「こんな狭いとこで男女のいざこざ起こさないためだよ。本当なら男衆だけの部隊なんだけど、今回はお嬢様のために女手を揃えたんだ」


「有り難いわ。みんなには迷惑を掛けてしまうけど」

 苦笑気味にオーレイリアが言うと、即座にキジーとソニヤが勢いよく首を振った。

「とんでもないです!」

 言葉までが揃うのに、他の女たちがどっと笑った。


 就寝の用意が調うと、オーレイリアは一冊の手帳を取り出した。やや大きめで厚みもあるそれには、びっしりと何かが書かれていた。

 日記だろうかと眺めるキジーに彼女は説明してくれた。


「これはお母様の形見なの。辺境領の主な戦闘史よ」

 キジーの記憶にある肖像画の美女と事細かく記された戦史研究がどうにも一致しない。混乱するメイドを見てオーレイリアは笑った。


「お母様はご自分が病弱で国境防衛の力になれないことをとても悔しがっておられて、せめて戦術で役立ちたいとずっと研究されていたの。夜遅くまで熱心に書き込んでおられた姿を思い出すわ」


 キジーの隣のベッドに腰掛けたソニヤも懐かしそうに頷いた。

「トゥーリア様の研究はロイヴァスにも残っていますよ。戦場に立てていたらと当主様が残念がってました」


 手帳には新しいインクの注釈もあった。

「別の字がありますけど」

「私が書き加えたの。国境の状況は刻々と変わるから。それに、侵攻する側もね」

 オーレイリアは船窓に顔を向けた。港町ニーメラの灯りが見えるその向こうには、遙か北に国境を接する大帝国があった。




 ザハリアス帝国北西辺境領。

 重たげな雲が低く垂れ込める陰鬱な天気の中、将校服の男性が天幕の間を歩いていた。

 最も大きな天幕の前に来ると彼は立ち止まった。警備兵に氏名階級を名乗る。


「帝国陸軍北方遊撃隊少佐、ニキアス・ゼファー」

 警備兵が弾かれるように敬礼するのに応え、青年将校は天幕に入っていった。テーブルに大きなサモバールが置かれた天幕内で彼を迎えたのは将官服の男性だった。


「ゼファー少佐、出頭しました」

 青年の敬礼に鷹揚に答礼すると、彼は無造作にテーブルに地図を広げた。

「半島の原住民どもが懲りずになにやら策動しているらしい」

「主力をラウダ峡谷で殲滅されても抵抗する気ですか」


 意外そうな様子の青年に、この地に長く駐屯している老将軍は含み笑いをした。

「奴らはそのくらいではくじけんよ。このザハリアスと国境を接し、幾度も侵攻されては押し返してきたのだぞ。いわば負け慣れている連中だ。一度の敗戦など挽回して帳尻を合わせれば良いとでも思ってるだろう」


 弱小国の強がりと切り捨てるのは簡単だ。だがニキアスは事態がそれほど単純でないことを知っている。

「死に物狂いで抵抗する相手は厄介です。南西部ではロウィニアが粘り強く戦線を維持していますから」

「いくら強大なる我が帝国といえど、二正面作戦など正気の沙汰とは思えん。陛下の周囲で煽り立てる連中は、一度まとめて前線に送り込んでやりたいよ」


 将軍の怒りは東部へ、皇帝が座する煌宮へと向けられた。

「それで、私の部隊は何を探ればよろしいのでしょうか」

 冷静に指摘され、老将軍は苦々しく告げた。


「ロイヴァスの奴らは守備軍を再編し攻勢に備え始めたと報告があった。更に首都から増援物資が送られるとの情報もある」

「立て直す前に完膚なきまで叩く。ですか」

「正規軍の侵攻前の道馴らしだ」

「了解」


 青年将校は敬礼し、上官の前から辞した。彼が去った後、残念そうな声が天幕に流れた。

「『風の七候』……、帝国開闢以来の名門の家系が、こんな僻地に飛ばされるとはな」


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