石櫃
凛はジリジリと後退った。
狐火が照らし出す小型の山椒魚の不気味な姿が、目の前まで迫っている。
どん!と背中に衝撃があった。
「凛、どうした!」
銀鬼が必死に大山椒魚を押し留めながら、顔だけを半分こちらに向けて問いただす。
「もうダメ!この数とても無理!」
「馬鹿野郎!まだ旅は始まったばかりだぞ、ケンタを無事に兜率天に連れて行くんじゃなかったんのか!」
「そ、そうだけど・・・」
その時、銀鬼と凛の間に挟まれていたケンタが、急に壁際に向かって走り出した。
「ここに穴がある!」
見ると人の背丈ほどの石筍が林立する後の壁に、人一人がやっと通れるような小さな穴があるのが目に入った。
銀鬼は一瞬の躊躇の後叫んだ。
「飛び込め!」
まずケンタが飛び込んだ。
続いて凛が銀鬼の言葉に従った。
銀鬼は一瞬、大山椒魚を突き飛ばすように押しやると、地を蹴って石筍の一本に取り付いた。
「うぉぉぉぉぉ・・・・・!」
両腕を回し全身の力を込めて引っこ抜く。
バキッ!と音を立てて石筍が折れた。
「もっと奥へ!」
銀鬼は折れた石筍を頭上に担ぎ上げると、穴に向かって力一杯投げつけた。
大きな音を立てて、円錐形の石塊がまるで瓶の口に栓をするようにスッポリと嵌まり込んだ。
「おじちゃん!」
「銀鬼!」
二人が必死の形相で叫んでいた。
石筍が穴を塞ぐ瞬間に見えた銀鬼の後には、山椒魚の大群が迫っていた。
銀鬼の塞いだ穴は完璧だった。尖った石筍の頭がこっちを向いていて楔を打ち込んだように隙間が無い。
これでは誰もこちらに来られないだろう。
壁の向こうの音はもう何も聞こえてこなかった。
多分こちらの狐火の光だってあちら側には届かないはずだ。
凛は銀鬼の事が気掛かりだったが、諦めて後を振り返った。そこには学校の教室ほどの四角い空間が広がっていた。
空間の中央には、石で出来た長方形の物体が、蓋が半分ズレた状態で置かれている。
『これって石櫃・・・だよね』
凛が辺りを見回して独りごちていると、ケンタが心配そうに訊いてきた。
「おじちゃん大丈夫だよね・・・」
「わからない・・・でも銀鬼は簡単には死なないよ」
「そうだよね、おじちゃん強いもんね!」無理に笑顔を作ってケンタが頷いて見せる。
「それより、今はここから出る方法を探さなきゃ」
「うん」
『ここは完全に人工的な空間だ、だったら出口もどこかにある筈・・・』
狐火の灯りは部屋の四隅には届かない、そこには不気味な闇が蟠っている。
「ケンちゃん、私の後ろについて来て」
凛は狐火を額の前あたりに掲げて部屋の四隅をみて回る。
「ふう、大丈夫そうね・・」
「でも出口もなかったね」ケンタが言った。
「そうね、もう一度よく調べてみましょう。狐火を部屋の中央に移動させるからケンちゃんはあっちを探してみて」
「わかった!」
凛とケンタは二手に分かれて部屋の捜索を始めた。
壁には扉らしきものの形跡は何も無かった。壁の向こうに空間はないかと落ちている石を拾ってコンコンと叩いてみたが、どこも鈍く重い音が帰って来ただけだ。
なんの収穫も無く一時間ほどが過ぎる。
「おかしいわね、この石櫃を運び込んだ扉が必ずあるはずよ。入り口が銀鬼の塞いだ穴だけだなんてとても信じられない」
「あっ!」ケンタが声を上げた。
「どうしたのケンちゃん、何か分かった?」
「凛姉ちゃんそれだよ!」
「え?それってどれの事?」
凛はキョロキョロと辺りを見回したが、それらしきものは何も見えない。
「違うよ、目の前!」
「目の前って・・・あっ!この石櫃!」
凛は半分ズレた蓋の隙間から中を覗き込んだ。
「暗くて何も見えないわ。ケンちゃんこの蓋を開けるから手伝って」
「分かった!」
凛とケンタは横並びになって、石櫃の蓋に両手をかけて押した。
蓋は少しずつズレて行った。
「ケンちゃん、もう少しよ!最後の力を縁絞って思い切り押すのよ!」
「了解!」
「せ〜の!」
「よいしょ〜!」
蓋は一瞬ぐらっと揺れて、本体の向こう側に落ちていった。そのまま床に激突し、大きな音と共に真っ二つに折れてしまった。
「壊れちゃったね」ケンタが言った。
「この際気にしないの。それよりも中を覗いてみましょう」
凛は狐火を頭上に動かしながら石櫃の中を覗き込んだ。そこには先の見えない、暗闇に続く石の階段があった。
「ケンちゃんビンゴ!見て階段がある!」
ケンタも石櫃の縁に手を掛けて恐る恐る中を覗き込んだ。
「ほんとだ!これで外に出られるかな?」
「これがどこまで続いているか分からないけど、とりあえず一歩前進ね」
「この階段を降りるの?」
「行くっきゃないでしょ!」
ケンタが顔を上げて凛を見る。その顔には期待と不安が入り混じったような、複雑な表情が張り付いていた。
「大丈夫よ、私が必ず守ってあげる、それに銀鬼も助けなくっちゃ」
「そうだね、おじちゃんを助けなくちゃ!」
ケンタは覚悟を決めたように胸を張った。
「よし行くよ、ついて来て!」
「ラジャ!」




