賽の河原の決闘
銀鬼と熊男、凛とスキンヘッドは互いに死力を尽くして戦った。
結果、辛くも勝ちを得た銀鬼と凛は、新たな指令を受け兜率天へと旅立つ事になった・・・
ガッ!
額と額がぶつかり合って、火花を散らした。
そのまま互いの指を絡めての力比べに移行する。
最初、身長に優る熊男が上から押さえ込み優位に戦いを進めるかに見えた。
しかし銀鬼は手首を返し、下から熊男を持ち上げるように浮かせた。
銀鬼はそのまま足払いで熊男を倒し、手の指が絡み合ったまま、熊男に馬乗りになる。
凛と戦った時の失態を繰り返さないように、膝をすすめて胸の上に乗った。
あとは指さえ外してしまえば上から殴り放題だ。
ところが熊男は指を絡めたまま、強靭な背筋にモノを言わせてブリッジで銀鬼を持ち上げると、躰を捻って銀鬼を放り投げた。
銀鬼は躰を丸めてクルリと受け身を取る。
ウオォォォォォォォ!!!!!!!
立ち上がった熊男が、雄叫びを上げてタックルにきた。
銀鬼は膝を突っ張るようにしてタックルを凌ぐと、肩から回した手を熊男の背中で組み、そのまま抱え上げ、反るようにして後ろへ投げた。
『人間風車』
昔、ビル・ロビンソンというプロレスラーが得意とした大技だ。
熊男は河原の石で強かに腰を打った。
熊男が呻いている間に、銀鬼は熊男の右腕を取る。
両腕に十分に体重をかけてから右足を出し、熊男の顔を跨いで後方へ倒れ込むと、勢いをつけて熊男の腕を引き寄せた。
『腕拉ぎ十字固め』
ミシッ!
熊男の腕が軋み、絶叫が賽の河原に響き渡る。
「どうする、このまま力を入れればお前の腕は確実に折れるが?」
「ググッ!勝手にしろ・・・」
「俺はやりたくない」
「銀狼、お前そこまで腑抜けになったのか、昔のお前なら躊躇なく折った筈だ」
「だから、俺は悟ったんだよ。そんな事をしたって虚しいだけだ・・・と」
「折らなきゃ後悔するぜ」
「なぜだ?」
「折らなきゃ俺は何度でも石塔を破壊しにここへ来る。お前がその考えを改めるまでな」
「そうか、ならば仕方ない」
銀鬼は腕に満身の力を込めた。
スキンヘッドは、いきなりパンチを繰り出してきた。
どうやら打撃系が得意らしい。
凛は上体を反らしてパンチを避けた。
その瞬間膝に痛みが走る。
スキンヘッドの蹴りで凛は体勢を崩した。どうやらパンチは見せ技だったらしい。
そこに強烈な左アッパーが飛んでくる。
両肘を合わせてブロックしたが、凛は数メートル飛ばされて転倒した。
スキンヘッドが宙に舞う。
「死ねっ!」
両足が凛を踏み潰すように落ちてきた。
凛は咄嗟に転がって危機を脱した。
「なんだ、弱ぇじゃねえか。銀狼がお前に負けたなんて信じらんねぇな」
スキンヘッドが凛を嘲笑うように言った。
凛は立ち上がりながらスキンヘッドを睨みつける。
「銀狼、いいえ銀鬼はきっとあなたよりやさしかったのね」(そうよ、だから知らずに手加減してくれていたんだわ!)
「甘ぇな、だが俺はそんなに甘かねぇぞ」
「だったら尚更負けるわけにはいかない!」
凛は立ち上がって構え直した。
右足を引いた前傾姿勢で両手をダラリとさげる。現世で平助に教わった、入身の構え。
「なんだ、顔面が隙だらけじゃないか。その可愛い顔がぐちゃぐちゃに潰れっちまうぜ」
「やってみたら?」
「なまいきなアマだ、後悔するぞ」
スキンヘッドは両拳を顔の前まで引き上げた。しかし凛の構えに何かを感じたのか、軽くジャブを放ってくるだけで中々前に出てこない。
凛はジャブに反応する躰をなんとか抑え、スキンヘッドの動きが延びるのを待った。
凛が動かないと見るや、スキンヘッドは左右にステップを踏んで迫ってきた。
(まだだ、もう少し。せめてもう少しだけあいつの動きが大きくなったら・・・そうか、こちらから誘えばいいんだ)
凛は膝に力を込めて、飛び出す仕草をして左拳を浮かせた。
その瞬間スキンヘッドが矢のように踏み込んできた。
(いまだ!)
凛は膝に入れた力を一気に抜いた。躰が引かれるように前に出る。
同時に凛の右拳が槍のように伸びていく。
スキンヘッドの放った右ストレートと凛の直突きが空中で交差した。
凛の左頬が剃刀で切られたようにパックリと破れたが、スキンヘッドの顎には凛の拳が突き刺さっていた。
スローモーションのようにスキンヘッドが倒れていく。
凛は伸びた拳を胸元に引きつけ残心の構えをとった。
スキンヘッドは河原に倒れ込んだまま、ピクピクと体を痙攣させていた。
獄卒の救護隊が到着して、熊男とスキンヘッドをタンカに乗せて運んで行った。
「おじちゃん、ありがとう」
石を積んでいた子供が銀鬼に礼を言った。
「ん?なぜ俺に礼を言う?」
「だって、おじちゃんは僕の石塔を守ってくれたもの」
「そうか、だったらこれで安心して石が積めるな。さあ、とっとと最後の石を積んじまって父ちゃん母ちゃんを安心させてやりな」
「うん・・・」子供は訝しげに銀鬼を見つめて訊いた。「おじちゃんは鬼なの、それとも人間?」
銀鬼は困った顔をした。
「鬼でもあり人間でもある。俺にもよくわからないんだ」
「ふ〜ん、でもおじちゃんはさっきの人達よりずっと優しい」
「優しい?俺が・・・か?」
「そうだよ、何度も言うけど僕の石塔を守ってくれたもの」
「そうか・・・」
「じゃあ、僕行くね、本当にありがとう」
子供はペコリと頭を下げた。
「ああ、達者でな」
子供は一つ石を拾うと、積みかけていた石塔の方に走り去った。
銀鬼は、ただじっと子供の背中を見ていた。
「良いことしたわね銀鬼」
凛が銀鬼のそばに寄って言った。
「あんなこと言われたのは初めてだ」
「黒鬼教官長があなたをスカウトした理由がわかるような気がする」
「俺は・・・」
「あなたが鬼でも人間でも、あの子には関係ない事なのよ。あなたの優しさがあの子を救ったんだわ」
「そう・・・なのか?」
銀鬼は戸惑いながら凛を見返した。
「二人ともよくやった」
声に振り向くと黒鬼が立っていた。
「教官長!」
「そんなに驚く事はないだろう、救護班を連れてきたのはこの俺だ」
「そうか、気が付かなかった」銀鬼が言った。
「でも、なんで教官長がわざわざ・・・」
「そこなんだが・・・」黒鬼が言いにくそうに口篭る。
「なんだ、ハッキリ言え」
「実は局長からもう一つ指令が来ててな」
「指令?」凛が怪訝な表情で首を傾げる。
「ああ、さっきお前達が助けた子供な、あの子はもうすぐ地蔵菩薩が迎えにきて兜率天に連れて行く事になっている」
「どう言う事?」
「兜率天で弥勒菩薩の説法を聴いて現世に生まれ変わる、これはとても珍しい事なんだが、あいにく地蔵菩薩が忙しくてな、すぐには無理だと言うんだな」
「いつになっちゃうの?」
「そうだな、早くて百年後という事だ」
「ええっ!そんなの可哀想じゃない、せっかく石塔を積み上げたのに、百年先までここで待たされるなんて」
「そこでだ!」黒鬼は背筋を伸ばして胸を張った。「是非ともお前達にあの子供を兜率天まで連れて行ってもらいたい」
「なぜ私達が?なぜ他の人じゃいけないの?」
「それがな、兜率天までの道のりは平坦では無いんだよ」
「・・・?」
「色々と邪魔が入るという事だ。だから、強いやつじゃないと無事兜率天まで辿り着くことは出来ん」
「じゃあ、私達は護衛というわけね?」
「そうだ、さっきのお前たちの働きを見て、閻魔大王が決めたんだ」
「閻魔さまが?どこから見てたのよ?」
「ほれ、そこ・・・」
黒鬼が指差した先の枯れ木の上に黒く光るものが見えた。
「監視カメラだ」
「えっ、ここにはあんなものまであんの!」
「そうだ、地界で起こる事は閻魔大王には全てお見通しだ」
「ええっ悪趣味!」
「しっ!閻魔大王に聞こえるぞ!」
黒鬼は人差し指を立て、周りを見回してから凛を見据えた。
「どうだ、行ってくれるか?」
「それはお願い?それとも・・・」
「嫌なら断ってもいい、ただその場合お前の死神局復帰は・・・」
「ああ、もう、わかったわ、やればいいんでしょう、やれば!」
「そうか、やってくれるか」
「やるわよ、あの子と私のためだもの」
「銀鬼はどうだ?」
「俺は構わないぜ、どうせ乗り掛かった舟だ」
「きまりだな、では早速出発してくれ」
「いますぐにか?嫌に急かすじゃないか」
「夜になると強い敵が出てくるからな。安全に行くなら明るいうちのほうがいい」
「俺は強い奴の方がいいんだが」
「だめよ、あの子も一緒なのよ。あの子を危険な目に合わすことは出来ないわ」
「ああそうか、そうだったな・・・」
「では、まず三途の川の渡場まで行け。そこに奪衣婆がいる、その後の道は奪衣婆に聞け」
「そこまではどうやって行けばいいの?」
「その川を上流に何処までも遡って行けば着ける」
「わかった、じゃあ行ってくる」
「子供は河原の上流で待たせてる。では頼んだぞ」
そう言うと黒鬼は下流の方に歩いて行った。
「なんだか楽しくなりそうな気配じゃないか」
銀鬼が嬉しそうに言った。
「そう?私はなんだか釈然としない」
「もう引き受けちまったんだ、考えたって仕方がないぞ」
「そうね、これをやらなきゃ死神局に戻れないんじゃやるしかないわね」
凛は深く息を吸い込んで河原の上流を見据えた。
「よし、それじゃ出発だ!」
凛と銀鬼は三途の川の河岸を上流に向かって歩き始めた。




