0:9 孤児院にて
時鍾の塔からの羨望を見終えた二人は、塔から降り、サーラが待つ孤児院へと向かった。
孤児院は居住区の端にあり、城壁の近くにある。孤児院に着き、入り口をくぐり抜けると、孤児たちがわらわらと蟻の様にユーグ達の元に集まって来た。彼らの多くは泥だらけで、入り口から見える泥場で遊んでいたのが分かる。
「こら、引っ付くな、登るな。今は仕事中なんだぞ」
「ねぇ、遊んで、遊んでよ、ユーグ」
「そうだよ、遊んでよユーグ兄」
そう言って、ユーグに抱き着いてくるのは全身が泥だらけになった子供たちである。そして、クレアを見つけるとクレアにも群がり、ユーグとの関係などを聞いたりしていた。いよいよ事態の収取が付かなくなり始めた頃、院内に鋭い声が上がった。その声を発したのはユーグより3、4歳年下の12歳ぐらいの少女だった。水色の髪を短くまとめ、腰に手を当て怒っている。
「みんな、落ち着いて。久しぶりにユーグ兄が帰ってきてくれてうれしくなるのは分かるけど、ユーグ兄もお客さんも困ってるじゃない!」
「で、でも⋯⋯」
「でもじゃない。それにもうすぐごはんだよ。そんな泥だらけでいたらお母さんーー孤児院の子ども達はサーラの事をお母さんと呼んでいるーーが怒るよ。だから、着替えておいで」
そう少女が言うと、子供たちは顔を青くし、ワァーと、集まって来た時と同じ様に孤児院の中に消えていった。その様子から察するに、どこの母親も怒ると怖いらしい。
「あんなに、顔を青くする程、サーラさんは怒ると怖いのですか?とてもそのようには見えないのですが⋯⋯」
「はい、母さーーサーラさんは、普段が優しい分、余計に怒ると怖いですよ」
そうユーグがクレアと話してるとそれまで無言だった少女が不機嫌そうにユーグに言った。
「ほら⋯⋯ユーグ兄も着替えてきて。泥だらけになってる。⋯⋯お客さんは、適当にくつろいでいて」
「こら、セリナ。客人に対してそんな言い方は無いだろう」
「⋯⋯」
「セリナ、聞いているのか」
そんなユーグの問いにセリナと呼ばれた少女は、消えそうな声で
「⋯⋯ユーグ兄のバカ⋯⋯」
と言い、孤児院へと入っていってしまった。
「⋯⋯ったく⋯⋯セリナの奴。⋯⋯申し訳ありませんクレア様、セリナがご無礼を働いてしまい。後で、言って聞かせますので、どうか許してやってください。お願いします」
「許しても何も、セリナさんは特別変な事は言ってませんよ。それに、セリナちゃんとは仲良くなりたいですし、どちらかと言えば、私は、堅苦しい言い方より砕けた言い方の方が好きですよ」
「そう言っていただいて安心しました」
「それよりも、私たちも中に入りませんか? 私、少し疲れてしまって⋯⋯」
「あっ、気付かずにいて申し訳ありません。さぁ、こちらです」
そう言って二人は孤児院の中に入っていきました。