夢の終わり
※心身ともに重い描写を含みます。
本話には、つらい展開が含まれます。
ご注意ください。
※本作は『皇女の帰還―約束の耳飾り―』の前日譚にあたる外伝です。
※本編をお読みになってからの閲覧をおすすめいたします。
※本編よりも重い描写やつらい場面が含まれる場合があります。該当する話には、前書きにて個別に注意書きを記載いたします。
男の子だった。
銀の髪に、濃い紫の瞳。
その赤子は産湯を使うと、すぐにロザーリアの腕に抱かれ、別室へと運ばれた。
カトリーナは、意識が朦朧としていた。
公爵夫人がそっと声をかける。
「……よく、がんばりました」
それだけだった。
「……赤ちゃんは?」
かすれた声で問う。
公爵夫人は、静かに首を振った。
「夢よ」
短く言った。
「あなたは、赤ちゃんを産んだ夢を見ていたの。……もう、忘れなさい」
カトリーナはそのまま、再び意識を手放した。
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フェルネスは討伐の帰り道、途中で降ろされ、クラウスと向き合っていた。
「カトリーナ嬢の子は、ロザーリアが産んだことにする」
淡々と告げられる。
「エリアス殿とロザーリアの子として育てる。……そう決まった」
フェルネスは目を見開いた。
「では……カトリーナ嬢は?」
「これまで通りだ。そなたの婚約者として暮らす」
「妊娠は……なかったことにする」
「……思い込ませるのだ」
フェルネスは言葉を失う。
「そんなことが……」
「やるしかない」
クラウスは静かに言った。
「忘れているのなら、そのままの方がいいこともある」
しばらくの沈黙の後、フェルネスは小さくうなずいた。
「……できる限り、努めます」
クラウスは軽く肩を叩いた。
二人はそのまま屋敷へ戻った。
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「大変だったそうだな」
フェルネスは、回復したカトリーナの傍らに座り、手を取る。
「……はい。とても、おなかが痛くて……」
フェルネスはそっと額に口づけた。
「留守にしていて、すまなかった」
やさしく微笑む。
「よくなったら、また散歩に行こう。遠くへも行けるぞ」
カトリーナは安心したように微笑んだ。
「……赤ちゃんを産んだ気がするのです」
ぽつりと言う。
「でも、皆が夢だと……」
フェルネスは軽く笑った。
「壮大な夢だな」
「医師に聞いたが、“想像妊娠”というものがあるそうだ」
「そういうものかもしれない」
カトリーナは少し考えてから、うなずいた。
「……そうですね。夢だったのかもしれません」
「ずっと、夢を見ていたような……」
「痛みで、目が覚めたような気がします」
「そうか。もう休め」
フェルネスは立ち上がる。
「また明日来る」
去り際、軽く触れるように唇を重ねた。
カトリーナは、その背中を見送る。
――その目に、かすかな光が戻っていた。
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二週間後。
カトリーナは何とか歩けるまでに回復していた。
「無理をなさらないでください」
侍女が付き添う。
だがカトリーナは、ゆっくりと、ある方向へ向かっていた。
階段を上り始める。
「戻りましょう」
侍女が止める。
「ロザーリアお姉さまの部屋に……」
カトリーナは静かに言った。
侍女は腕を掴む。
だが――
振り払われた。
「いけません!誰か――」
叫ぼうとした、その瞬間。
鈍い音。
侍女はその場に崩れ落ちた。
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カトリーナは、痛む体を引きずるようにして進む。
二階。
廊下。
――そして。
かすかに聞こえる、赤子の泣き声。
「……やっぱり」
小さくつぶやく。
迷いなく扉を開けた。
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部屋の中には、赤子を抱いた侍女がいた。
「……どちら様で――」
言葉が止まる。
カトリーナは、まっすぐに歩み寄る。
そして、赤子の顔を覗き込んだ。
「……あはは」
力の抜けた笑いがこぼれる。
「……やっぱり、夢じゃなかったんだ」
その場に、崩れ落ちた。
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侍女は慌てて赤子をベッドに戻そうとする。
赤子は激しく泣き出した。
「……やめて」
カトリーナが言う。
「かわいそう」
「私は大丈夫だから……そのまま飲ませてあげて」
侍女は戸惑いながらも、再び授乳を続けた。
カトリーナは、ただそれを見つめていた。
長い時間だった。
やがて赤子が静かになる。
カトリーナは、ゆっくりと立ち上がった。
「……少し、外の空気を」
窓を開け、バルコニーへ出る。
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侍女が不安になり、後を追う。
だが――
そこには、もう誰もいなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この選択が、どれほどの意味を持っていたのか――
それは、後の物語で描かれていきます。




