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エルドリア国物語 ― 帰れなかった騎士と、託された命 ―  (皇女の帰還ー約束の耳飾りー 外伝)  作者: 鶴見 日向子


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夢の終わり

※心身ともに重い描写を含みます。

本話には、つらい展開が含まれます。

ご注意ください。


※本作は『皇女の帰還―約束の耳飾り―』の前日譚にあたる外伝です。

※本編をお読みになってからの閲覧をおすすめいたします。

※本編よりも重い描写やつらい場面が含まれる場合があります。該当する話には、前書きにて個別に注意書きを記載いたします。

男の子だった。


銀の髪に、濃い紫の瞳。


その赤子は産湯を使うと、すぐにロザーリアの腕に抱かれ、別室へと運ばれた。


カトリーナは、意識が朦朧としていた。


公爵夫人がそっと声をかける。

「……よく、がんばりました」


それだけだった。


「……赤ちゃんは?」

かすれた声で問う。


公爵夫人は、静かに首を振った。

「夢よ」


短く言った。

「あなたは、赤ちゃんを産んだ夢を見ていたの。……もう、忘れなさい」


カトリーナはそのまま、再び意識を手放した。

________________________________________


フェルネスは討伐の帰り道、途中で降ろされ、クラウスと向き合っていた。


「カトリーナ嬢の子は、ロザーリアが産んだことにする」

淡々と告げられる。


「エリアス殿とロザーリアの子として育てる。……そう決まった」

フェルネスは目を見開いた。


「では……カトリーナ嬢は?」


「これまで通りだ。そなたの婚約者として暮らす」


「妊娠は……なかったことにする」


「……思い込ませるのだ」


フェルネスは言葉を失う。


「そんなことが……」


「やるしかない」

クラウスは静かに言った。


「忘れているのなら、そのままの方がいいこともある」


しばらくの沈黙の後、フェルネスは小さくうなずいた。


「……できる限り、努めます」


クラウスは軽く肩を叩いた。


二人はそのまま屋敷へ戻った。

________________________________________


「大変だったそうだな」


フェルネスは、回復したカトリーナの傍らに座り、手を取る。


「……はい。とても、おなかが痛くて……」


フェルネスはそっと額に口づけた。


「留守にしていて、すまなかった」


やさしく微笑む。

「よくなったら、また散歩に行こう。遠くへも行けるぞ」


カトリーナは安心したように微笑んだ。

「……赤ちゃんを産んだ気がするのです」


ぽつりと言う。

「でも、皆が夢だと……」


フェルネスは軽く笑った。

「壮大な夢だな」

「医師に聞いたが、“想像妊娠”というものがあるそうだ」

「そういうものかもしれない」


カトリーナは少し考えてから、うなずいた。

「……そうですね。夢だったのかもしれません」

「ずっと、夢を見ていたような……」

「痛みで、目が覚めたような気がします」


「そうか。もう休め」


フェルネスは立ち上がる。


「また明日来る」

去り際、軽く触れるように唇を重ねた。


カトリーナは、その背中を見送る。


――その目に、かすかな光が戻っていた。

________________________________________


二週間後。


カトリーナは何とか歩けるまでに回復していた。


「無理をなさらないでください」

侍女が付き添う。


だがカトリーナは、ゆっくりと、ある方向へ向かっていた。


階段を上り始める。


「戻りましょう」

侍女が止める。


「ロザーリアお姉さまの部屋に……」

カトリーナは静かに言った。


侍女は腕を掴む。


だが――

振り払われた。


「いけません!誰か――」

叫ぼうとした、その瞬間。


鈍い音。


侍女はその場に崩れ落ちた。

________________________________________


カトリーナは、痛む体を引きずるようにして進む。


二階。


廊下。


――そして。


かすかに聞こえる、赤子の泣き声。


「……やっぱり」


小さくつぶやく。


迷いなく扉を開けた。

________________________________________


部屋の中には、赤子を抱いた侍女がいた。


「……どちら様で――」


言葉が止まる。


カトリーナは、まっすぐに歩み寄る。


そして、赤子の顔を覗き込んだ。


「……あはは」

力の抜けた笑いがこぼれる。


「……やっぱり、夢じゃなかったんだ」

その場に、崩れ落ちた。

________________________________________


侍女は慌てて赤子をベッドに戻そうとする。


赤子は激しく泣き出した。


「……やめて」


カトリーナが言う。

「かわいそう」

「私は大丈夫だから……そのまま飲ませてあげて」


侍女は戸惑いながらも、再び授乳を続けた。


カトリーナは、ただそれを見つめていた。


長い時間だった。


やがて赤子が静かになる。


カトリーナは、ゆっくりと立ち上がった。


「……少し、外の空気を」


窓を開け、バルコニーへ出る。

________________________________________


侍女が不安になり、後を追う。


だが――


そこには、もう誰もいなかった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


この選択が、どれほどの意味を持っていたのか――

それは、後の物語で描かれていきます。

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