第5話:印の無い道
道はなかったが、進めてしまった。
ふくろうは、先を歩かない。
前に立って、手を引くこともしない。
ただ、夜の重さを、少しだけ整えている。
だから、進んでいるのが、自分なのかどうか、よくわからない。
足を出す。
落ち葉の音が、遅れて届く。
踏んだはずなのに、踏んだ感触が、半拍、あとから来る。
──ここは、そういう場所だ。
胸のつぶが、ころりと、動いた。
指さすように、でも、指はない。
「……こっち?」
声は、夜に吸われる。
返事は、ない。
けれど、胸のつぶが、また、あたたかくなる。
それで、進めてしまう。
木々の間を抜けると、森の匂いが、少し変わる。
土よりも、紙に近い。
古い本を開いたときの、あの匂い。
見覚えは、ないはずなのに、体だけが、知っている。
振り返る。
さっきまで立っていた場所は、もう、わからない。
怖くない。
でも、戻れない、という感覚だけが、静かに残る。
それは、閉じられた感じではなく、薄くなった、という感じ。
前を見る。
前、という言葉も、少し怪しい。
明るさの向きに、進んでいるだけだ。
明るい、といっても、昼の光ではない。
夜が、自分の中を通って、外へにじんだみたいな、淡い光。
足元に、また、小さな輪ができる。
輪は、消えたり、現れたりする。
数えると、消える。
見ていないと、増える。
──しるしは、ない。
ないから、間違えた、という感覚もない。
それでも、進んだ分だけ、胸の奥が、少しずつ重くなる。
重い、というより、増えていく。
記憶でも、言葉でもない何かが、少しずつ、積もっていく。
遠くで、水の音がする。
池かもしれない。
鏡かもしれない。
近づくと、水面は、空を映している。
星はない。
代わりに、自分の影が、揺れている。
影は、遅れて動く。
一拍、ずれて。
それを見て、胸が、また、きゅっとする。
影は、追いつけない。
でも、置いていかれてもいない。
ふくろうの気配が、背後にある。
振り向いても、姿はない。
いる、というだけ。
それで、十分だった。
道は、最後まで、現れない。
でも、進んだ分だけ、夜が、こちらを覚えていく。
そのことだけは、はっきりと、わかった。
しるしのない道は、迷わせない。
ただ、選ばせない。
そして、それが、少しだけ、やさしかった。




