第20話:朝を知らない窓
窓は、外を見るためにあるとは限らない。
夜の家に、窓があることを、こねずみは、今まで、意識していなかった。
壁と、同じ色。
影と、同じ深さ。
ただ、そこに、開いていない四角が、あった。
近づくと、冷たい。
触れると、少し、硬い。
ガラスだと、わかる。
ガラスは、割れやすい。
割れやすいものは、守られる。
守られるということは、使われない、ということでもある。
こねずみは、窓の前に、立つ。
外は、見えない。
夜が、映っている。
いや、夜が、夜を、見ている。
自分の影が、重なって、二重になる。
どちらが、自分か、わからない。
こねずみは、目を、細める。
すると、ほんの、わずかに、違いが、見える。
一方の影は、動きが、遅れる。
遅れた影は、過去だ。
今の動きに、ついてこられない。
こねずみは、手を、上げる。
影も、上がる。
少し、遅れて。
その遅れが、胸に、小さな、さびしさを、生む。
──置いてきた。
何かを。
でも、取り戻そうとは、思わない。
取り戻すには、窓を、開けなければ、ならない。
この窓は、開かない。
鍵も、取っ手も、ない。
朝を、知らない窓。
外が、朝であるかどうかを、確かめる、術がない。
それでも、窓は、存在している。
存在している、ということは、向こう側が、想定されている、ということだ。
こねずみは、窓に、額を、つける。
冷たさが、伝わる。
冷たいのに、嫌ではない。
体が、少し、目を、覚ます。
ふくろうの気配が、近くにある。
近いけれど、声は、かからない。
ふくろうは、この窓について、何も、教えない。
教えないことが、答えだ。
夜のともだちは、来ない。
窓の前は、ひとりで、立つ場所だ。
こねずみは、息を、整える。
ガラスに、白く、息が、残る。
残って、すぐ、消える。
消えるまでの、短い時間。
それが、今の、自分の、時間だ。
長くは、ない。
でも、確かに、ある。
こねずみは、その白さを、見つめる。
消える、ということは、続かない、ということだ。
続かないものは、動く。
動くものは、どこかへ、行く。
こねずみは、窓から、離れる。
離れた瞬間、夜が、少し、戻ってくる。
守られる感触。
でも、さっきより、軽い。
朝を知らない窓は、朝を、否定しない。
ただ、まだ、ここではないと、言っている。
こねずみは、その言い方が、気に入った。
急かさない。閉め出さない。
ただ、先に、置いてある。
夜は、相変わらず、静かだ。
でも、窓の前を、通り過ぎたこねずみの、背中には、わずかな、向きが、生まれていた。
前か、後ろか、まだ、言えない。
それでも、止まってはいない。
朝を知らない窓は、何も、映さないまま、そこに、残っていた。
次に、振り返るとき。
そこに、何が、映るのかを、夜は、まだ、決めていなかった。




