第19話:動き出す時間
時間は、動こうとした瞬間に、音を立てる。
夜は、まだ、夜だった。
けれど、同じ夜では、なかった。
空気の中に、わずかな向きが、生まれている。
前でも、後ろでもない。
流れ、と呼ぶほど、強くもない。
ただ、止まっていない、という感触。
こねずみは、それを、足の裏で、感じていた。
一歩、踏み出す。
床が、ほんの少し、遅れて、応える。
遅れ。
それは、時間の、兆しだ。
以前は、同時だった。
踏み出す前に、床が、そこにあった。
今は、踏み出してから、床が、ついてくる。
こねずみは、立ち止まる。
息を、する。
夜が、すぐには、応えない。
ほんの、わずか。
その、わずかが、胸を、ざわつかせる。
不安、ではない。
期待、とも、違う。
──はじまってる。
なぜか、そう思った。
はじまり、というほど、はっきりしていない。
でも、終わりでは、ない。
夜のともだちが、遠くで、動く。
動く、というより、位置を変える。
集まらない。
散らばらない。
ただ、それぞれが、自分の場所を、探している。
それは、時間が、戻ってきた、証拠だ。
時間が、あるということは、待つ、ということが、意味を持つ。
こねずみは、小さな、段差に、気づく。
今まで、なかった。
いや、あったのに、越えなくて、よかった。
段差は、低い。
でも、確かに、足を、上げなければ、ならない。
こねずみは、一瞬、迷う。
迷いは、もう、怖くない。
足を、上げる。
体が、わずかに、前のめりに、なる。
その、傾きが、心地いい。
落ちそうで、落ちない。
越えられる。
越えた瞬間、胸の奥で、何かが、かちりと、鳴る。
音は、外には、出ない。
内側だけの、音。
時間が、歯車を、ひとつ、噛み合わせた。
夜は、それを、止めない。
止めないどころか、少しだけ、後ろへ、下がる。
夜が、後ろへ、下がる。
それは、道が、前に、できる、ということだ。
こねずみは、振り返る。
来た道は、消えていない。
でも、同じ形では、ない。
少し、遠くなっている。
遠くなる、ということは、切れる、ということではない。
伸びる、ということだ。
時間は、伸びる。
戻ることも、進むことも、できる長さを、持ち始める。
こねずみは、胸の奥の、あたたかさを、思い出す。
すきまの光。
それが、今、拍動している。
小さく。
でも、確かに。
夜のともだちは、もう、こねずみを、囲まない。
並んでいる。
並ぶ、という関係は、時間がなければ、成り立たない。
こねずみは、そのことを、理解する。
理解した瞬間、少し、さびしい。
でも、同時に、少し、誇らしい。
時間は、別れを、含んでいる。
でも、出会いも、含んでいる。
夜は、まだ、続く。
でも、動きだした夜は、留める夜ではない。
こねずみは、歩く。
今度は、確かに、前へ。
時間が、その後ろを、静かに、ついてきていた。




