↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/70

70話 リミットブレイク②


『――力が欲しいか?』


ドクンッ――。


陽の胸が大きく脈打った。右腕から滲み出した黒い影が、黄金の光を喰らうように這い上がっていく。ウルニス迷宮で一度、陽の意識を呑み込んだものと同じ力だった。


「……っ」


陽の瞳から少しずつ光が失われていく。


『望め。そうすれば――目の前の敵など、消してやる』


頭の中に響く声。それと同時に、身体の奥から今まで感じたことのないほどの力が溢れてくる。


これなら届く。これならゼルファーを倒せる。


そんな確信すら、陽の中に生まれ始めていた。


「陽!」


リーナの声が聞こえる。だが、遠い。まるで深い水の底から聞いているようだった。


黒い影が肩へと達する。その瞬間、地下水路にカイの怒声が響いた。


「陽ッ!! そいつに耳を貸すんじゃねぇ!!」


「……カイ……?」


「力に自分を渡すな! 力を使うのはお前だ! 力に使われるんじゃねぇ!!」


その言葉に陽の身体がピクリと止まった。


自分の右腕を見る。黄金だったはずの光が、黒い何かに塗り潰されようとしている。


『力が欲しいのだろう? ならば受け入れろ』


「…………」


陽は右腕を強く握りしめた。


「……悪いな。俺は、お前の言いなりになるつもりはねぇ!!」


ギュンッ!!


陽の身体から黄金の光が爆発した。右腕、肩、胸元へと広がっていた黒い影が押し返され、黄金の光の中へ消えていく。


ドクンッ――。


最後に一度だけ黒い光が脈打ち、完全に姿を消した。


「はぁ……はぁ……」


陽はその場に膝をつく。


「陽!」


リーナが駆け寄り、その肩を支えた。


「大丈夫!?」


「ああ……なんとかな」


陽は震える右手を見つめる。確かに消えたはずなのに、まだ身体の奥には、あの黒い何かが残っているような感覚があった。


その様子を見つめるカイの表情は険しい。何かを知っている。そんな顔だった。


だが、それを問いただす暇はなかった。


ズズズズズズ――!!


突如、地下水路全体が低く唸り始める。


「話は終わったか?」


ゼルファーがゆっくりと立ち上がった。先ほど陽の拳を受けた腹部を軽く払うと、何事もなかったかのようにこちらを見据える。


「なら――続きを始めよう」


ドォォォォン!!


凄まじい重圧が降りかかり、陽たち全員の身体が地面へ叩きつけられた。


「ぐあっ!?」


「くっ……!」


リーナは剣を地面へ突き立て、どうにか身体を支える。


さっきまでとは違う。明らかに重い。


ゼルファーは、まだ本気ではなかったのだ。


「どうした? 仲間がいるのだろう?」


「……ああ」


陽は震える足に力を込めて立ち上がった。その横にリーナが並び、カイも前へ出る。


「いるさ。だから――全員でぶっ飛ばす!!」


リーナは剣を構え、静かに息を吸った。


「タリア――力を貸して!」


その声に応えるように、リーナの背後で風が巻き起こる。


ゴォォォォォ――!!


地下水路を吹き抜けた風が渦を巻き、ひとつの巨大な姿を形作っていく。


獅子の身体に鋭い鉤爪。そして背中には、黄金色に輝く巨大な翼。


グリフォン――タリア。


「クルルルルル――!!」


タリアが翼を大きく羽ばたかせると、ゼルファーの重力に押し潰されていた空気を切り裂くように、激しい風が地下水路を駆け抜けた。


リーナは剣を構えたまま、その隣に立つタリアを見る。


「行くよ、タリア」


タリアは短く鳴き、ゼルファーへ鋭い視線を向けた。


「へぇ……だったら俺も、寝てるわけにはいかねぇな」


カイが首を鳴らし、一歩前へ出る。


「来い――ネレア!!」


ドンッ――!!


地下水路を流れていた水が、一斉に逆巻いた。大量の水がカイの背後へ集まり、巨大な渦を作り上げていく。


「なっ……!?」


陽が目を見開く。


渦巻く水の中から巨大な影が浮かび上がり、やがて一柱の神獣がその姿を現した。


「ネレア。久しぶりに暴れるぞ」


カイがニッと笑う。


ネレアが咆哮した瞬間、周囲の水がまるで意思を持ったかのように浮かび上がった。地下水路そのものが、ネレアの支配下へ置かれていく。


その姿を見たゼルファーが僅かに目を細める。


「ポセイドンの神獣か」


「そういうこった」


カイはネレアの前に立ち、拳を構えた。


「悪いが、こっからはちょいと面倒になるぜ」


そして、二人の視線が陽へ向く。


「陽!」


「わかってる!」


陽は拳を握りしめ、目を閉じた。意識を自分の内側へ向け、今度は黒い力ではなく、ずっと共に戦ってきた相棒の存在を探す。


「ヘリオス……力を貸してくれ」


ドクンッ――。


心臓が強く脈打った。


次の瞬間、陽の身体から黄金の光が溢れ出す。


ゴォォォォォォ!!


「うっ……おおおおお!!」


筋肉が大きく隆起し、全身の骨格が獣の力に適応するように変化していく。手足には獣の特徴が現れ、指先から鋭い爪が伸びる。瞳は鋭く変わり、全身から放たれる黄金の魔力が地下水路を照らした。


ヘリオスの力を自らの肉体へ宿す――獣化。


「ふぅぅぅ……」


陽はゆっくりと息を吐き、拳を握る。


先ほどまで身体を押し潰していた重力の中で、一歩前へ踏み出した。


「よし……行ける」


右にはリーナとタリア。左にはカイとネレア。そして中央には、獣化した陽。


三人が同時にゼルファーを見据える。


「行くぞ!!」


陽が地面を蹴った。


ドンッ!!


獣化によって爆発的に高められた脚力で、一気にゼルファーとの距離を詰める。


「タリア!」


リーナが剣を振り抜くと、タリアが翼を大きく広げた。巻き起こった風が陽の背中を押し、その速度をさらに引き上げる。


「ネレア!」


カイの声に応え、ネレアが水を操る。地下水路を流れていた大量の水が左右からゼルファーへ襲いかかった。


風と水。


そして、その中央を黄金の光が駆け抜ける。


「うおおおおおお!!」


獣化した陽が正面から拳を振り抜いた。


三方向からの同時攻撃。逃げ場はない。


――はずだった。


「…………」


ゼルファーは静かに片手を上げた。


「重力とは――ただ押し潰すだけの力ではない」


グンッ!!


「ッ!?」


陽の身体が空中で停止した。


全身を見えない何かに掴まれ、どれだけ力を込めても前へ進めない。


「な……んだ、これ……!」


次の瞬間――。


ドォンッ!!


「がはっ!!」


陽は凄まじい勢いで地面へ叩き落とされた。


「陽!! タリア!」


リーナの声に応え、タリアが風を纏ってゼルファーへ襲いかかる。


しかし、ゼルファーはそちらを見ることすらしなかった。


「落ちろ」


ズドォォォン!!


「クァァッ!!」


タリアの巨体が地面へ叩きつけられる。


「タリア!!」


続いてネレアが大量の水を纏い、ゼルファーへ迫った。


だが、ゼルファーは指をわずかに曲げる。


ギギギギギ――!!


空間が歪んだ。


ネレアの巨体が強制的に軌道を変えられ、そのまま壁へ叩きつけられる。


ドガァァァン!!


「ネレア!」


カイが叫ぶ。


陽は地面に手をつき、再び立ち上がろうとする。


だが、顔を上げた時には――ゼルファーは目の前にいた。


「遅い」


「――ッ!」


ズンッ!!


腹部に強烈な衝撃が走る。


「がっ……!」


陽の身体が吹き飛び、水路の床を何度も転がった。


「陽!!」


リーナが振り返る。


その一瞬だった。


「君もだ」


ゼルファーが手を向ける。


ドォン!!


「きゃあっ!!」


リーナの身体が弾き飛ばされ、握っていた剣が床を滑っていく。


「よそ見してんじゃねぇ!!」


カイが一気に距離を詰め、ゼルファーへ拳を振り抜く。


ガシッ――。


「なっ……!」


その拳を、ゼルファーは片手で受け止めていた。


「君は少し違うな」


ゼルファーが初めてカイをじっと見つめる。


「だが――それだけだ」


ドォンッ!!


「ぐああっ!!」


カイまで吹き飛ばされた。


三人が倒れる。


タリアも、ネレアも地に伏している。


そして獣化した陽さえも、ゼルファーには届かなかった。


「……嘘だろ」


陽が呟く。


ゼルファーは息一つ乱していない。


「終わりだ」


その一言とともに、周囲の重力がさらに増していく。


ミシッ――。


床に亀裂が走り、陽の身体がさらに地面へ押しつけられる。


「ぐ……っ……!」


腕に力を込めても身体が持ち上がらない。


リーナも剣へ手を伸ばすことすらできず、タリアとネレアも重力に押さえつけられている。


このままじゃ――本当に負ける。


「……チッ」


カイが舌打ちした。


「やっぱ……こうなるか」


「カイ……?」


カイは両腕を地面につき、強引に身体を起こしていく。


「陽。よく聞け」


その声に、いつもの軽さはなかった。


「リミットブレイクなんてもんはな――使うもんじゃねぇ。俺だって使いたくねぇよ」


「…………!」


「こんなもんに頼るくらいなら、自分の力だけでぶん殴って終わらせてぇ」


カイは重力に抗いながら、ゆっくりと立ち上がった。


ゼルファーが初めて僅かに目を細める。


「だが、このままじゃ勝てねぇ」


カイの身体から、少しずつ光が漏れ始めた。


「だから――俺も少しだけ使う」


ドクンッ――!!


カイの身体から凄まじい力が噴き上がった。同時に、地面へ押さえつけられていたネレアが顔を上げる。


「――リミットブレイク」


ズドォォォォォォン!!


「ッ!?」


陽は目を見開いた。


さっきまでとはまるで違う。カイから溢れ出す力に呼応するように、ネレアの気配まで膨れ上がっている。


「これが……リミットブレイク……」


「陽!!」


カイが叫ぶ。


「お前も来い!!」


「……!」


「ただし、飲まれるなよ!」


その言葉を聞いた瞬間、陽の脳裏に先ほどの黒い影が蘇る。


『――力が欲しいか?』


「どれだけ力が溢れても、自分の意思を保て! 力の主人はお前だ。それだけは絶対に忘れんな!!」


陽は自分の拳を見つめ、ゆっくりと握りしめた。


「……ああ!」


その時だった。


「だったら私も!」


リーナが剣を地面へ突き立て、重力に抗いながら立ち上がった。


「私もリミットブレイクを使う!」


「ダメだ」


カイが即座に止める。


「なんで!? 二人だけで戦ったら――」


「嬢ちゃんのは今使うべきじゃねぇ」


「でも!」


「ダメだ」


いつになく強い声だった。


リーナが言葉を失う。


「あんたのは――本当の最後の切り札だからな。ここで切る札じゃねぇよ」


カイはゼルファーから視線を逸らさない。


「ここは俺と陽に任せな。嬢ちゃんはタリアと援護を頼む」


リーナは何かを言い返そうとした。だが、カイの横顔を見て言葉を呑み込む。


本気だった。


「……絶対に戻ってきて」


「ああ。誰に言ってんだ」


カイがニッと笑う。


その隣で、陽もゆっくりと立ち上がった。


「当たり前だろ」


二人が並ぶ。


その先には、本気のゼルファー。


陽は目を閉じ、自分の奥底にある力へ意識を向けた。


すぐに、あの声が聞こえる。


『――力が欲しいか?』


「…………」


『我を受け入れろ』


陽は静かに目を開いた。


「違う。お前に貰うんじゃない」


拳を強く握りしめる。


「俺が――俺の意思で使うんだ!!」


ドクンッ!!


黄金の光が溢れる。


その奥底から、黒い光が滲み出した。黒い光は陽の右腕へ集まり、黄金のオーラを塗り替えるように広がっていく。さらに、右目の周囲にも黒いオーラが灯り、右目だけが闇を宿したように鋭く輝いた。


右腕と右目を黒いオーラに包まれながら、陽の全身から黄金の力が噴き上がる。黄金と黒、二つの力が混ざり合うように獣化した身体を包み込み、地下水路を激しく震わせた。


「……これが、俺のリミットブレイクだ」


カイはそれを横目で確認すると、僅かに笑った。


「そうだ。それでいい」


カイも拳を構える。


「来い、陽!!」


「おう!!」


二人は同時に地面を蹴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。