14. 追憶⑭
朝が来ると、エテルナは早速妊娠していた事を皆に告げる。出会ったばかりだというのに、キャラバンの人達は大層喜んでくれた。特にジルマとリオの末の娘ミリーが、自分より年下ができると随分はしゃいでいる。
だがやはり、ここにはいつまでもいられないだろう。余所者の自分を受け入れてくれた上に、妊婦の世話までさせるのは申し訳なくてとてもできない。
その気持ちを正直に言うが、当然キャラバンの人々は引き止める。むしろずっとここに居ればいいとも言ってくれる。
出て行くの行かないの押し問答を繰り返していると、ミリーが涙をいっぱい溜めてエテルナに抱き着いた。
「ねえたん……ミリのこときらい?とうたんとかあたんもきらいなった?」
エテルナはビックリしてミリーを抱き締め返した。その瞬間、ミリーがわんわんと泣き始めたのでエテルナもつられて涙が流れてくる。
それは周りの大人達も同じだったようだ。リオは目を拭いつつエテルナに近付くと、そっと肩に手を添えて言った。
「エテルナさん、そんなすぐに決めなくてもいいンじゃないかい?ミリーもそうだけど皆あんたを気に入ってる。あと……これはババ様に言われた事でもあるんだよ」
エテルナは驚いた。
子どもの誕生を反対しているはずのババ様が、どうして自分を引き留めようとするのだろうか。
目をうるうるさせているジルマまでこちらに近付いてきて言うには、ババ様はエテルナをひと目見た瞬間、ただならぬ力を感じたとの事。
そして、エテルナが選んだ結果がどうであれ、自分達は最後までエテルナの側にいるべきだと言われたそうだ。
「あんたといると、俺達にも良いことがあるからババ様はそう言ってんだ。ババ様の予言は当たる。
どうか俺達を助けると思って、ここは素直に甘えてはくれねぇかな?」
そう言って頭を下げるので、エテルナは慌てる。
頼まれてしまっては流石に無下にはできない。エテルナはジルマ達に甘える事にした。
「ババ様……なんだか凄い方ですね」
「ああ、あれ程の実力なら街で楽な暮らしもできるはずなのによ、俺達と一緒に来てくれてるのが不思議なくらいさ」
それからエテルナ達は、数日かけて荒野を出た。
地面には少しずつ緑が増えていき、やがて鬱蒼とした森林地帯へ突入した。
その頃には、エテルナのお腹はかなり目立つようになっていた。
穏やかな流れの川の側に拓けた場所を見付けたので、今日はここでキャンプを始める事にした。
馬の世話をし、水や保存食の補給をしつつ、夕飯の準備をしていると、何かに気付いたリオが周りで遊ぶ子ども達に声をかける。
「ねえお前達、ミリーはどこだい?」
「え?その辺で……あれ、いない」
リオの顔から血の気が引いた。急いでババ様の元へ行く。
だがミリーはまだ幼く魔力の流れが未熟で、周囲の魔力に簡単にかき消されしまい、魔法での捜索ができないらしい。
大人達は作業を一時中断し、直接ミリーの捜索が始められた。
近くを探すが見当たらない。まさかと思い、川の中も探すがそれも見当たらない。
深さもミリーの足が着く程度な上、流れも早くない為、遠くまで流されたとはとても考えられなかった。
森の奥に迷い混んだと見て間違い無いだろう。
だがもう日暮れだ。あまり遠くまで探すとなると、今度はこちら迄はぐれてしまうリスクがある。
捜索を一時中断するしかなかった。苦渋の決断にリオは不安で泣き崩れる。
その時だった。
子ども達と一緒にいたエテルナが、突然無言で立ち上がると、そのままつかつかと茂みの中へ突っ込んでいった。
「エテルナさん!?」
「危ねえから戻ってこい!」
ジルマとリオの言葉は届いていないのか、エテルナは返事をしない。ババ様に子ども達を任せ、急いで大人達も灯りの魔法を使いつつエテルナの後に続いた。
妊婦とは思えないスピードで進むので、ジルマ達は見失わないようにするのがやっとだ。
するとエテルナから少し離れた場所に、狼の姿をした巨大な魔物を見付けた。
魔物は狩りの姿勢をとったまま息を殺し、遠くを凝視している。
一瞬ぎょっとするが、視線を辿り目を凝らすと、暗闇の中に小さな塊が微かに見えた。
それが何か気付いた瞬間だった。
魔物の動きを感じ取ったエテルナは、大きなお腹をものともしない身のこなしで、塊に向かって飛び出した。
「ミリー!!」
間に合わないと咄嗟に判断したエテルナは、光の魔法を魔物へと放つ。
木が幹からへし折れてしまいそうな程の勢いで叩きつけられた魔物は、当たりどころが悪かったのか、そのままぐったりして動かなくなった。
「気絶してる……」
今の内にと男性陣が魔物にトドメを刺す。
「倒し切るつもりだっけど……やっぱりダメだった……」
エテルナは肩で息をしながら呟いた。
リオは安心から涙が止まらない。
ミリーを叱りつつ抱き締めながら、エテルナに何度もお礼を言った。
ミリーは何が起きたか分かっていないようで、ぽかんと口を開けたままだった。でもどうしてこんな所に一人で来てしまったのだろうか。
「ねえたん見てたの。ねえたんの赤ちゃんにお花さがしてたらあったの」
幼い子の言う事に皆頭を抱えるが、ミリーが暗闇を必死に指差すので、ミリーの叔母二人が灯りの魔法でその方向を照らす。
「こ、これは……!?」
そこには、あのエテルナの石像が映し出されていた。
石像の美しさにもだが、皆その石像の姿形がエテルナにあまりにも似ている事に驚いた。
「エ、エテルナさん……、さっきの動きといいこの石像のコトといい、あんたは一体……」
恐る恐るリオが訪ねる。
「わ、私は……」
エテルナは本当の事を話すべきか迷う。
「うっ!!」
突然エテルナは腹を押さえてうずくまる。
皆で急いでキャンプまでエテルナを運ぶが、そのまま本格的に陣痛が始まり、石像どころではなくなってしまった。
そして空が白みはじめた頃、元気な男の子が誕生した。
その大きな産声は森中に響き渡り、空の様子も相まってキャラバンの者たちに希望を予感させた。




