13. 追憶⑬
城塞都市を出たエテルナは、荒野を出るまでキャラバンと共に行動する事にした。
本当は街を出た瞬間に別れるつもりだったが、キャラバンのリーダーが「今にも死にそうな顔をした奴を放っといて行くのは目覚めが悪い」と言う事で無理矢理仲間に入れてくれたのだった。
この周辺は、かつて魔界の扉が出現した影響で不毛の大地が広大に広がっている。
人々は土地を捨てて逃げ出しており、この近くで休んだり補給ができるのは城塞都市くらいしかない為、今の体調で一人で突き進むのは正直言って危険だった。
キャラバンのメンバーはリーダーのジルマ、その妻リオ、ジルマの妹家族とリオの弟家族で構成されており、行商しながらも定住できる土地を探して旅をしているのだという。
そのうち夜が来て、荒野のど真ん中でキャンプをする。キャラバンには幼い子供も何人かいて、とても賑やかだ。
レイヤカースとの戦いを御伽話風にして子ども達に話すと、エテルナはたちまち子ども達の人気者になり、それを見た大人達ともすぐに打ち解けたのだった。
子ども達やキャラバンのメンバー達と焚き火を囲んで食事をとるが、エテルナは食事を終えた直後に嘔吐してしまった。
「ご、ごめんなさいジルマさん……貴重な食料を……」
「なあに、そんくらい気にする事はねぇ。それよりも大丈夫か?」
胃の中をすっかり空にして体調が落ち着いたエテルナは、この症状が呪いかもしれないと打ち明けた。
「色々な回復魔法を試したんですけど……ご覧の通りなんです」
「それならババ様に見てもらえばいい」
聞けば、ババ様とはリーダー、ジルマの遠い親戚で、大変優れた魔法使いだと言う。
数年前に流行り病が猛威を振るった時も、ババ様のお陰で何人もの命が救われたそうだ。
自分の魔法が効かなかったのは、きっと封印で自分の魔力が下がってしまったからだろう、とエテルナは思った。
そう考えると、早く診てもらいたくて居ても立っても居られなくなる。
「あ、ありがとうございます!」
エテルナは急いで荷物を革袋に詰め、ギュッと縛るとすっくと立ち上がった。
「それで、その方は一体どこに!?」
「ああ、そこだよ。来な」
ジルマはエテルナの手を引いて、自身のすぐ後ろにあるパオへ案内した。
なんと、上手い話があるだろうか。それに入って間違っていたらどうしよう、気まずいし恥ずかしい。
そう思うと身体が動かない。
「何ボサッとしてんだ?さあ入りな」
上手い話があったようだ。今にも旅立つ気満々だったエテルナは、一気に肩の力が抜ける。
しかし助かった。早速ジルマの妻、リオに連れられて中に入る。
子どもくらいの背丈のしわくちゃな老婆がいた。時折カシャカシャと金属音が聞こえる為、たくさんの貴金属を纏っていると思われる。
パオの中は香が充満していて、独特な香りが漂っている。
たまらずエテルナの吐き気がぶり返す。
「うっ!」
「大丈夫か!?
……ババ様いきなりすまねぇ、この子を診てやってくれねぇか?」
エテルナを見た瞬間。老いの為すっかり垂れ下がった目元が、それを忘れたかのようにめいいっぱい開く。そして、口を開けないエテルナの替わりに、リオが症状を説明する。
「ん……」
ババ様はリオに、指でエテルナを目の前に座らせるように指示する。やっとの思いでエテルナが目の前に座ると、ババ様はエテルナの目の前に両手をかざし、全身を探るように動かす。
時折ババ様の腕にはめられた金属のブレスレットがシャンと小さく鳴る。
少しすると、終わったのかババ様は緊張が解けたようにふーっと長い溜息を吐く。
だがエテルナは吐き気どころか怠さもとれていない。
「ババ様……この子……」
様子が変わらないエテルナを心配してリオが口を開くが、ババ様が手を上げて静止させた。
「ぁんた……」
久しぶりに声を発するのだろうか。ババ様の声は随分と掠れている。こちらが心配になるほどの大きな咳払いを何度かして、再び口を開く。
「妊娠しとるよ」
「……え」
思いもよらない答えにエテルナは思考が停止する。リオも喜んでいいのか分からず、複雑な表情で見守る。
だが少しして冷静さが戻ると、納得がいった。気分が悪かったのも、回復魔法が効かなかったのも、全ては悪阻が原因だったのだ。
「予定日は早くて7ヶ月後ってとこだ」
「お腹に……ロウの……」
エテルナはペンダントをギュッと握り締めた。同時に頭の中で、ロウと過ごした幸せな日々が一気に駆け巡った。次から次へと勝手に目から涙が溢れるので、エテルナは子どもができた事がショックなのでは無いと慌てて取り繕う。
しかしそんな事はお構い無しにババ様は話を続ける。先程の様子からは考えられない程、ハッキリ喋るようになっている。
「だが不思議な子だ。この状態で既に強力な魔法をかけられとる。
あんたに魔法がかかる際、この子が腹の中にいたせいで、本来の力が変質して呪いのようになっとる。
あんたも、本来とは違う効果が出ていると気付いているんじゃないかい」
エテルナはハッとする。もしかすると、いや確実に加護の封印だ。
あの時、既にエテルナのお腹には新しい命が宿っていたのだ。そして、エテルナと一緒に加護の封印をうけた事が原因で、今までのような事が起きているらしい。
正直妊娠していたのは想定外の事で、嬉しい気持ちよりも戸惑いの気持ちの方が大きい。だが、エテルナは既に答えを決めていた。
エテルナは優しくお腹に手を当てる。
「あの……この子は無事に産まれてくるんでしょうか……」
「魔法の力がどういう形で出てくるかは分からん。もしかしたら人の姿をしとらんかもしれん。
……堕ろすなら、今の内だ」
エテルナの状況を考え、諦めさせようとしているのだろう、ババ様は冷たく言い放つ。だがエテルナは考えを変える気は無い。
「子どもを育てるというのは大変な事だ。それが女手一つとなりゃ尚更だ。腹の立つ事もあるだろう。こんな状況で産んで、あんたは今後子どもを憎まずいられるかな」
ババ様は尋問のように問いかける。その様子をリオは不安そうに見つめていたが、エテルナの目はしっかりと前を向いていた。
「今回の事は私が招いた事なのです。この子のせいではありません。
それに、この子を諦めると今後一生後悔する事はハッキリ分かります」
「……そうかい。まあよく考えな」
今は何を言っても頑なになるだけだと判断したのだろう。ババ様はもう説得を続けなかった。
エテルナはパオを出る前に、子どもにかかった魔法の解き方について尋ねた。
「かけた奴に頼むか、そいつを殺すかだね。どちらにしようが、腹の中から出るまではできない」
「分かりました、ババ様ありがとう」
パオから出ると、夜が更けているようで皆寝静まっていた。体調不良の原因が分かり、新たな目的ができたエテルナの気持ちは、それまでの陰鬱さは無くなり随分と晴れやかになっていた。
頬を撫でる風が冷たくも澄み渡って感じられた。




